第十一話「憂い」1/12
俺は生きているべきではなかった。
俺が生き残るべきではなかった。
第十一話「憂い」
目目連との戦いから二日が経った月曜の夕方。普段は来客の少ない黒神邸のチャイムが、その日は珍しく音を鳴らした。
家主である勇輝が戸を開けると、何やら不満げな表情の少女が一人。それが誰であるかを認識した途端、勇輝の眉間に皺が寄る。
しかし勇輝がまたお前かと文句を言うより先に、少女――由紀は口を開いた。
「ねえ、大丈夫なの⁉︎」
「開口一番なんなんだ。相変わらずうるさい奴だな」
声を荒げて言い放った由紀に、勇輝が大袈裟にため息を吐く。いつもならそうした一挙一動を見逃さず噛みつく由紀だが、今回はどうにも事情が違うようだった。
「心配したっつってんの! 今日二人とも学校休んでたからどうしたのかと思って、そしたら鳴神さんが色々教えてくれて!……土曜日! 大変だったって!」
今までにない気迫に勇輝は押され気味になったが、それと同時に理解が追いついた。よく見れば、由紀の片手には小綺麗な紙袋が用意されている。けれど、素直に手荷物を受け取るのもなんだか癪で。
「一旦落ち着いて俺にも理解できる言語で話してくれないか。猪の言葉は専門外でな」
「はあ⁉︎」
わざわざ家まで訪れたというのに、本命ですらない相手にこの物言いをされればさすがの彼女も怒るだろうか。少々言い過ぎたかと柄にもなく杞憂したのも束の間、返された由紀の言葉は勇輝にとって意外なものだった。
「余裕ぶっこいてるけどアンタも倒れたんでしょ! チカラの使いすぎとかなんとかでさあ!」
一切予期していなかった、紛れもなく己に投げられたその台詞に、勇輝の紫色の双眸が見開かれる。
由紀の発言に間違いがあったわけではない。正確には気絶まではしていないが、先の"狂化"目目連との戦闘後、波動を酷使しすぎた勇輝がかなりの疲労を溜め込んだのは事実だ。
由紀も由紀で、勇輝がこういう反応をするとは思っていなかったらしく。
「……なにその顔。わかんないんだけど、アンタの感情が」
「いや……お前、シブキの見舞いに来たんじゃないのか」
「そうだけど……?」
「なんだって俺のことまで心配してるんだ、一丁前に」
由紀の眼中にはシブキしかないと、今日まで勇輝はそう考えていた。おまけに今の勇輝には、パッと見てわかるような外傷もない。大層な怪我を負っているならともかく、外見に異常のない勇輝に対して由紀がそんなことを言うとは思ってもみなかったのだ。
吐き捨てるように付け加えられた最後の一言が気に食わなかったのか、或いは全てが気に入らなかったのか、由紀は今にも掴みかからん勢いで勇輝に詰め寄る。
「そりゃ心配にもなるでしょ、知り合いが倒れたって聞いたら! でもそんだけ減らず口叩けるなら平気そうじゃんね、あーもう心配して損した!」
いつも通り、単純明快な返答だ。それを聞いて、ぎゃあぎゃあと喚き散らかす由紀を見下ろしていた勇輝の口角が、ほんの少しだけ緩くなる。
「…………本当に馬鹿な女だな。普通、嫌いな奴にそんなこと言うか?」
「何、本気でわかんないの? バカはそっちでしょ」
相手の思考がわからないのは由紀も同じなようで、訝しげな顔で勇輝を見上げて首を傾げた。




