(貧)NEW GENERATION 第33話 貧乳の勝利
プール内には、すでに「ないちち賞賛部」の面々がいて、三人はすでに水に浸かっていた。
いつもと違い、全員見た目が貧乳である。
大平野カクシコは、今日ばかりは貧乳を隠さなかった。上に胸隠しの装備を羽織ることはできたが、その道は選択しなかった。
天海ミユルも、能力を使って変身することはできたが、当然、その道は選択できない。なぜなら、魔法少女であることは秘密だからである。少々だらしないボディに、水着をくいこませている。
今山ハルヒメも、ときどきは胸を盛ったふりをして巨乳のままでいるのだが、今日は貧乳の見た目を選択していた。
プールで何かやるからといって、ポロリなどない。
あるはずがない。ポロリするもとがないからである。
ない乳はポロれないのである。
唯一ポロリの可能性があるとしたら、それは……。
今山ハルヒメである。
ハルヒメにとって幸いだったのは、フード付きラッシュガードの着用が許されたことだ。胸を隠すことができなければ、ハルヒメは理由をつけて逃げようと考えていた。
水着の下は、特注の帯できつく縛りつけて、貧乳に見せかけてある。
「ハルヒメ、大丈夫そう? なんだか辛そうだけど、体調悪いなら休んでもいいのよ」
「大丈夫です」
「本当に?」
「いえ、これは冗談なんすけど、戦いを目前に、興奮して胸が大きくなってしまいそうなんすよ」
「ふふっ、そうなるといいわね」
カクシコは嘲笑するように笑いをもらした。そしてミユルも、
「というか、そんなプール用の上着なんか着ちゃって、そこまで貧乳を恥ずかしがることなんてないのよ?」
自分のことを棚に上げて言ったのだが、ハルヒメは怒ったり悲しんだりすることもなく、
「あ、はい、そっすね。すみません」
「あやまらなくても大丈夫よ。ハルヒメは気にしすぎかしらね」
カクシコは、柔らかく言ってハルヒメの右肩に、そっと手を添える。
「そうだよぉ、ハルキくんは、今のままで誰よりもイケてるんだからねえ」
ミユルは、ゆるい口調で言って、カクシコが置いている手の反対側の肩に、そっと手を置いた。
この光景というのは、つまり、ないちち賞賛部の先輩二人が、本当は巨乳な後輩を相手に胸マウントをとる様子なのであった。
この場にいる学生で、唯一その秘密を知るのは、胸囲育成部の部長、板橋まなまだけだ。
まなまは、「みてられねーよ」と呟きながら目をそらした。
普段とは違う反応が気になったひのでは、心配を口に出した。
「まなま部長? どうしたん?」
「いや、大丈夫。戦いに集中しよう。胸囲育成部の思想を存続できるか否かは、この一戦にかかってるんだから!」
「もちろんっす。やってやりましょ!」
そう拳を突き上げた比入ひのでは、部長の手を掴み、二人で勢いよくプールに飛び込んで見せた。
水しぶきが上がる。
とても危険な行為である。
突然に参戦することになった篠原栄華も、戦う理由を口にして、自分の士気を上げにかかる。
「私も胸を盛ることには抵抗があるんですよね。だったら、勝つしかないですよ」
ゆっくりとハシゴをつたって、プールに入った。
監視台に座った占い女は、六人がプールに入ったのを確認し、ホイッスルをくわえた。
胸囲育成部は、篠原とひのでを前に出した逆三角形型の陣形を組んだ。
ないちち賞賛部は、三人が横に並ぶ形だった。
プールには、すでに胸パッドが散りばめられている。
占い女は、大きく息を吸い、すぐにホイッスルを鳴らした。
★
ハルヒメは、本来の動きができなかった。
まず、パーカー型のラッシュガードによって動きを制限されて、泳ぎにくい。それに加え、水着の下に巻いている封印の帯がほどけてしまったら、巨乳がばれてしまうことが気に掛かっていたのだ。
対して、胸囲育成部チームは、即席のチームとは思えないほどに、統率のとれた動きを見せる。
胸パッドキャッチの技術に秀でた篠原栄華、空気を読んで敵をブロックするのが上手い比入ひので、水を掛けたり波をつくってパッドを自分のほうへと引き寄せるなど攻防に経験値の高い板橋まなま。
「正直、きびしいかしらね」
カクシコはそうは言ったものの、ないちち賞賛部も負けてはいない。
動きにくい服装をしているとはいえ、今山ハルヒメの能力は非常に高く、的確にパッドを集めていく。天海ミユルは抜け目のない強欲な強奪力を見せる。大平野カクシコは、泳ぎがあまり上手くないため、おろおろしているばかりであったものの、それゆえ他の二人の士気を高める役割を果たしていく。
占い女のホイッスルが鳴り響いた。
目覚めた前玉うおるとともに、両チームのパッドを同時に、一枚ずつ集計していく。
まなまのチームを占い女が担当し、カクシコのチームは復活した前玉うおるが担当した。
最後のパッドが投げ捨てられ、占い女のもとにパッドが無くなった時、ちょうど、うおるの手からもパッドが無くなった。
「これは……互角です!」
引き分けであった。
「でもこれ、実質、私たち『ないちち賞賛部』の勝ちでしょ?」
そう言って、ない胸を張ったのは、大平野カクシコだった
それに対して、板橋まなまも、ない胸を張り返す。
「んなわけあるか。引き分けは引き分けだろ」
「どうかしら。そっちは全員経験者だったわよね。それに、ハルヒメは一人だけ動きにくい着衣水泳で、ハンデがあったわよね」
「そんなの、勝手に上に服を着て、動きにくくしてるのが悪いんだろ」
「ずるい! なんて卑怯かしらね!」
「恥ずかしい言いがかりするなよ。後輩の前で。情けない」
「だって!」
悔しがるカクシコ。
そのおとなげない態度を見て、溜息まじりに板橋まなまは言う。
「じゃあ、いっそ別の競技で戦うか?」
そこで歩み出たのは、基本的には中立的な立場を気取る篠原栄華だった。
「おまちください、新たな戦いを行うまえに、ふたりの部長にきいておきたいんですが、そもそも、ないちち賞賛部は、自分たちが主導して統合された時、どうしたいんですか? どのような部にしていこうと、お考えですか?」
カクシコは待ってましたとばかりに答える。
「もちろん、胸パッドを推奨するわ。巨乳になりたいのなら、まずは形から入る。そうすることで、巨乳のイメージトレーニングができ、身も心も巨乳になっていく」
まなまは、かたく反発する。
「やっぱり、最優先で、その偽乳の思想は潰さなきゃな」
「そっちの胸囲育成部なんて、潰す価値もない……というか、潰しようもないかしらね。現状に甘んじる卑屈さで、一生、心の貧乳をやってなさいよ」
「はあ? わたしたちが貧しいままだとしたら、あんたらは虚しいばかりでしょ。いつか虚乳を恥ずかしく思う時が来る。カクシコも、ミユルも、黒歴史の真っただ中にいることに、いつになったら気付くやら……」
「こんなに分かり合えないなら、いっそ、このまま両方とも消滅したほうが幸せなのかもしれないわね」
「そっちがその気なら、しかたないね」
呆れてみせた板橋まなまだった。
消滅の危機に、後輩たちから待ったが掛かった。
「――部長、それじゃあ、前と何もかわらないっすよ! うちら、まだ貧乳部員でいたいっす!」
ひのでが言い、続いてミユルが、
「そうねえ。ひのでの言う通り。ミユルも、貧乳部が存続してほしいな。貧乳だからって理由で、ひのでがお菓子をくれるし、暴食が許されてるふしがあるから」
それは勘違いであろう。
うおるも続いて、
「貧乳に関わる部がなければ、あたしはそもそも命を吹き込まれなかった。だから、これからも、こういう部が続いてほしい」
さらにハルヒメも、
「まだ入学したばかりで短い間ですが、もうたくさんの思い出があります。カクシコ部長も、まなま部長も優しいし、ダブル部長でいいじゃないっすか。だって、自分たちの胸を見てくださいよ。右胸にも左胸にも貧乳があるでしょ? 二つの方向性が平行してたっていいんですよ」
そして、ついに、板橋まなまは決断する。
「あーわかったよ。じゃあ、これならどうだ? 貧乳を何とかするっていう目的は同じなんだから、胸を盛ろうが盛るまいが、もう関係ない。やり方は問わない」
これまで、まなまは意地を張り続けていた。
そもそも、分断分裂が起きたのは、まなまが胸パッドを一切認めなかったことこそが最も大きな原因だった。
後輩たちに感情をほぐされた結果、歩み寄る余地が生まれたのだった。
驚き、喜び、大平野カクシコは声を弾ませる。
「えっ、まなま、本当に?」
「ああ本当だよ。寄ってたかってあんなこと言われちゃあ、もうなるようになるしかないでしょ」
「でも、いいの? パッドを仕込むの、まなま、ものすごく嫌っていたはずだけれど」
「存続がかかってるんだから仕方ない。それに、どのみち、巨乳になった暁には、パッドなんか捨てるでしょ? パッドのまま一生過ごすのが目標ってんなら絶対に許さないけど、最後にパッドを捨てることを目指すなら、まあ許容してもいいかって思っただけだ」
「成長したわね、まなま」
「あぁ? なんだよ嫌味か? 一ミリも膨らんじゃいないんだけど」
「そっちじゃなくて、優しくなったって意味でしょう? どうしてそう、何でもかんでも貧乳に押し付けて考えるのかしらね」
「何でもかんでも誇張してくるカクシコの言葉なんて、信用ないからだっつーの」
「なんですってぇ!」
「でもさ」
「何よ」
「今の水着姿のカクシコは、胸をでっかく盛り盛りしてねえからな。信じるよ」
「まあ、たまには? 私もあなたを信じてみようと思うけれど?」
勝ちと負けだけがあるのではない。スポーツには、色んな勝利が詰まっているのだ。
★
プールでの戦いが終わり、着替えを済ませた後、『胸囲育成部』の倉庫のような狭い部屋に、部員全員が集まった。
窓のない部屋に、七人が集まっていて、とても狭く感じられた。
「新しい部活の名前を決めるぞ」
そう言い出したのは、板橋まなまだ。
こういうのは、はじめに言い出したほうが、主導権を握れると考えたのだ。
まなまは、続けて言う。
「わたしは、育成部っていうのが、どこかインパクトが弱すぎるなって、ずっと思ってたんだよ。わたしらは、もう『育成』とか甘いこと言ってらんないってね!」
これを聞いたカクシコは、深く頷いた。
「その通りね。育つのを待っていても、どうにもならない。自分たちで掴みとるべきかしらね」
しかし、他の面々を見回すと、あまり反応は良くないようだ。
「部長たち、それ自分で言ってて悲しくならないんすか?」と、ひので。
「三年生になってしまった焦りがでているのね」うおる。
「イタイタしいわね」ミユル。
「さすが名前に『板』とか『平野』とか入ってる人たちは違いますね」ハルヒメ。
まなまとカクシコは、わなわな拳を震わせ、「あんたらぁ!」と声を揃えて怒ってみせた。
篠原栄華は、そんな様子に呆れながらも、「いいから話を進めますよ」と仕切りはじめた。
暗くなるまで議論を繰り返し、やがて新しい名前が決まった。
――胸囲革命部
「革命とはね。大きく出たわね」と、カクシコ。
板橋まなまは、深くうなずく。
「わたしたちはね、貧乳という天命さえも、強い気持ちで、塗り替えていく。わたしたちで、わたしたちの視界を変えていく。そういう願いが込められた部活名よ!」
激論のすえに決まったこの部活名。七人の屈折した愛が込められた部活名を、板橋まなまが意気揚々と教師のもとへと持って行った。
職員室の扉を思い切り開けた。
ずかずかと早歩きで教師の下へ向かい、部活新設の申請用紙を、勢いよく机に叩きつけた。
教師は、紙を取り上げ、見るなり、顔をしかめた。
「認められません。こんなもの」
勢いよく突き返された。
永遠に平たい胸が、ひどく痛んだ。
その後、なんやかんやあって、彼女たちは「胸囲充実部」になった。




