(貧)NEW GENERATION 第34話 前玉うおるの愉悦
二つが合わさり、ひとつの部になった。
その名も、胸囲充実部である。
部室として提示されたのは101という部屋番号の小さな部室だった。
もっとも貧乳な部屋番号であるからだという。
表部長の板橋まなまから、裏部長の大平野カクシコにこの決定を告げると、「わかってない」と不快感を示された。
「101とか小さすぎるでしょ。小さければいいってわけじゃない。本当にわかってない。なんて役立たずかしらね」
「そこまで言う事ないでしょう。だいたい、そんなん言うなら、あんたが表の部長になればよかったじゃないの」
「そうは言っても、私の胸囲って、すでに充実してるのよ」
「偽物でな」
「だから、まなまが表の部長にふさわしいんでしょ。お胸を充実させようっていうモチベーションとしては、まなまのほうが強いんじゃないかしら」
「そうかなあ」
「だって、まなまは、壁と名のつくものなら何でも愛でることのできる、部長にふさわしい平たい心の持ち主だものね」
そこで、横から話に入ってきたのは、ギャルの比入ひのでだった。
「あー、たしかに、部長は壁を見るのが好きで、壁画像コレクションしてるんすよね。お城の石垣とかを集めたフォルダが部室のパソコンに入ってたり。それって、つまり、自分と似てるものを見て、安心するタイプってところっすかね」
「ひので?」
普段よりも強烈な殺気を感じて、ひのではわずかに後ずさった。
「やっ、でも、デコボコした壁もありますよね」
「何のフォローにもなってないんだけど?」
「でも部長、良いと思いますよ。カベ。てなわけで、何かカベにまつわる面白い話があれば、お願いします」
ひのでの無茶ぶりだったが、しかし、まなまはまじめに答える。
「そうねぇ……。こないだ、電車の中で、女子中学生が二人で話してたんだけど、そのとき『いいカベ見つけたの』って声がきこえてきたの。わたしは勢いよく振り返りながら、おお同志よ! って思ったんだけど、次に中学生から出てきた言葉は何だったと思う?」
「先輩の推し壁じゃない、やわらかくって、ふくよかな壁の話題とかっすか?」
「違う。『コーヒーが美味しいの』って言ってたんだよね」
「なにそれ」
「カフェをカベと空耳したわけよ」
「…………あっ、でも、カフェの壁って、おしゃれなところ多いっすよね」
「今そんな話してないでしょ」
「わっと、すみません。そのままするっと流せばよかった。するっと」
「そうそうそうそう。わたしの上半身、引っかかるところ無いからねっ、するするすっとーん、ってね――ってふざけんな!」
「自分で言って怒らんでよ板長」
「部長でしょーが! なんだ板長って。まな板あつかいすんな」
「や、まなま部長、誤解っす。板長ってのは、料理人ってことっしょ? これまで、うち&うおるっていう、二大まな板を上手に扱ってきたっていうのは、最高の板長の証っす」
「えっと……なんだろ。いい意味なの?」
「もちろんっす。われわれを使いこなせるのは、最高のまな板。すなわちまな板の王。板の中の板である板長だけなんすよ!」
「おい、一瞬だまされかけたけど、やっぱ煽ってんじゃないの! 料理人どこいったのよ!」
「よっ、板長!」
「ひのでぇ!」
「ひい」
ひのでが新しい部室を飛び出し、逃げていく。板橋まなまが、それを追いかけて行った。
声が遠ざかっていった。
大平野カクシコは、言う。
「あなたも、追いかけなくていいの?」
部室には、もう一人の人間がいた。彼女はカクシコの問いかけに、ゆっくりと頷いた。
「以前のあたしだったら、追いかけていたと思う。でも、一つの部になったのだから、いつまでも、まなま部長やひのでだけと絡んでいるわけにはいかないと思う」
「そんなに無理して、身構える必要なんてないと思うけどね」
「カクシコ姉さんは、あたしと一緒にいるのは嫌?」
前玉うおるは、不安そうにたずねた。
「そんなこと聞いてくる妹は、けっこう嫌かしらね」
「そっか」
★
うおるは、きらきらと輝く廊下を鼻歌まじりに歩いていた。
しばらくの間、カクシコとの話に花を咲かせていたのだが、空腹をおぼえたので、食堂に向かうことにした。その途中で、歩いてくる天海ミユルと目が合った。
互いに足を止めて、挨拶を交わした。
天海ミユルは、ほんわかと笑いながら問いかける。
「うおるちゃん。新刊まだ?」
「少しまえに許可を出したから、そろそろ出るはずだけど」
「作者に余計な口出ししてないでしょうね。変に萎縮させたりしたら、黙ってないから」
「大丈夫。あたしも、この際、楽しむことにしたから」
「ふーん。人間、かわるものだねぇ」
「そうね。ミユル先輩と、こんなふうにくだけた口調で話せるようになるとは、思わなかった」
「そのわりには、呼び方がよそよそしいみたいだけど? 先輩とかついてるのは、どうなの、後輩」
「じゃあ、ミユミユとか呼びますか?」
「……うっ、なんか鳥肌たつわ。ミユルはミユルでいいでしょう? 変な呼び方はしないで」
「じゃあ、ミユル」
「それでいいよ、うおる」
なんだか互いに照れくさくなって、二人はしばらく黙り込んだ。
沈黙を破ったのは、ミユルのゆるい声だった。
「ところでさあ、まなま先輩みなかった?」
「さっき、ひので先輩を追いかけて、どこかへ行ったけど」
「どこかって、どこよ――って、うおるなら、わかってたら言ってくれるもんね。どっかの後輩なら、もったいぶるけど」
そのとき、携帯が震える音が、何度も響いた。
ミユルは携帯端末を取り出して画面に目を落とし、「だるっ」と呟いた。
「どうかした?」
「いやあ、呼び出しだよ。えかぷんから」
えかぷん。篠原栄華のことである。
「まさにどっかの後輩からというわけね」
「そういうこと。もちろん逃げるけども。んじゃね」
ミユルは挨拶をして、素早くその場を離れた。
うおるが新しい部室に向かって歩き出してすぐに、走って来た篠原から、声をかけられた。
「うおる先輩。ミユル先輩を見ませんでしたか? メールも電話もつながらなくて」
「さあ、逃げてるんじゃない?」
「なるほどです。逃がしませんけども。私の情報網を甘く見てもらっては困りますね。彼女には、今日もやってもらわないといけない仕事があるんですから」
「よくわからないのだけれど、ミユルは弱みを握られているの?」
という、うおるの言葉に、篠原はしらじらしく言い放った。
「ええっ、弱みにつけこむような卑怯な人間に見えますか、私が」
「残念だけどね、ちょっと見えるわね」
「でも、じゃあ、私が握っているミユル先輩の弱みって、何だと思います? データベースを駆使していいので、考えてみてくださいよ」
うおるは即答する。
「たとえば、隠しカメラであられもない姿を盗み撮りして、それをバラまかれたくなかったら従えって脅したとか?」
「はい?」
篠原の表情は不快感でいっぱいになった。
うおるは、気にせず続けて言う。
「トイレや更衣室、お風呂場や机の下などに映像記録装置を仕掛けることで、弱みを握りしめることが可能」
「いや、あの、それ、ひどい侮辱だと思います。育ち悪すぎませんか? 急に人間味のないこと言い出すのやめてもらっていいです?」
「違ったみたいね。じゃあ、何なの?」
「そんな簡単に秘密をバラしたら、情報マウントとれなくなるじゃないですか」
「もしかして、胸を盛っているようにみえて、実は本当に胸が大きいとか?」
「ちゃんと本物の貧乳ですよ。ミユル先輩も。なんたって、私たちの部には貧乳しかいませんからね」
「他には……そうね、本当はひのでと仲良しとか」
「それは普通にそうでしょ。部長同士が争ってたから対立を演じてただけで、二つの部が平和的に合わさったことを一番喜んでるのは、あの二人ですよ」
「んー、わかんない」
「ミユル先輩の秘密を知りたければ、ご自分で調べてみることです。ま、いくら高性能貧乳ドールだからって、ミユル先輩の正体を知るのは容易ではないと思いますがね。とにかく、情報戦は、また私の勝ちのようですね」
愉悦を隠せない篠原栄華であった。
しかしながら、前玉うおるは、情報戦に敗北してはいない。
なぜなら、ミユルが魔法少女であることなど、とっくに把握済みだからだ。
篠原栄華は、前玉うおるが、ミユルの秘密を掴んでいることを知らない。
真の愉悦とはこういうものなのかもしれない、などと、うおるは思った。人並みの演技を身に着けた瞬間であったかもしれない。




