85.転移者
ドワーフの国 ウルツァイト 首都
火の魔石を使用した蒸気機構が発展し、蒸気ポンプや蒸気エンジンがそこら中に設置されている。順当に技術的進歩しているようで、転移者の影響を受けている様子は見えない。
「メアリ。 悪いけど少し、酒場と宿屋で休んでいてくれ」
10万フリスだけお金を渡す。相変わらず機嫌が悪そうだが、受け取るとその足で酒場に向っていった。
メアリは時折文句は言うが、問題は起こさないだけ良い。本当に性格に難がある奴隷は、死ぬまで奴隷として生きるしか無いが、この程度ならオーディン王国に戻った後、数年で奴隷解放に至るかもしれない。
分かれた後、まずはブレーカーガントレットの製造者である転移者を探す為、役場に赴く。他国から来た者に工房を紹介する課があり、そこで話を聞くことが出来る。
機構士の話ではウルツァイトに行ったと言っていた。それならここでも何かしらの制作活動をしているはず。
役場の一階総合受付窓口にて問い合わせる。
「基礎設計者を探しています。 どこに行けばいいでしょうか」
「それなら技術局です。 上の階に上がって2番窓口に行って下さい」
受付の女性ドワーフに案内され、二階に上がると山積みにされた多くの蒸気機械が置かれている。用途こそ不明だが、技術が発展していく片鱗が窺える。
「すみません」
受付窓口に赴く。
「何か御用ですかな」
ドワーフにしては珍しく、小奇麗な服を着てメガネを掛けたドワーフが出てきた。
「これの基礎設計者を探しています」
ブレーカーガントレットをカウンターテーブルの上におくと、メガネをずらしてじっとみている。
「ふむ」
役場のドワーフもじっくり調べているようで、本を何冊か取り出しては内容と見比べ、ページをめくっている。
15分程して本を閉じた。
「カルサイトが作ったものに似ておる。 15番街に店を出しとるよ」
「お手数をおかけしました」
ブレーカーガントレットを片付け、役場から出ると教えられた15番街に向う。道中蒸気機構から排出される蒸気で蒸し暑ささえ感じるのだが、どこも蒸気機構を扱った道具が多く店先に置かれている。
15番街にある少し小さめの店に入る。
「いらっしゃい。 何かお探しかね」
「これの基礎設計に関わっていると」
ブレーカーガントレットをカウンターテーブルに上に置く。
驚いたように目を開くと、小さな本を取り出して見比べている。
「……本当にニホン国から人が来るとは思わんかった。 ちょっとまっとれ」
日本国、元々暮していた国の名だ。間違いなく転移者ではあるが、どうやら遥か見知らぬ遠方の土地とでもいっていたのだろうか。
「待ってくれ。 日本国とはどういうことですか」
「いいから、黙ってまっとれ」
ドワーフのカルサイトは店を閉めると、店の置くから一冊の本を持ってきた。
「こいつをあずかっとる。 ニホン国人が来たら見せてくれと言っておった」
日記のような本。そこに書かれていたのは懐かしい日本語だった。この世界の住人には全く読めない謎の系統の文字に見えるので、暗号とも言えるだろうか。
【
始まりの日
久しぶりの休暇を楽しむため、山に登ろうとしたところ、突然見知らぬ世界に飛ばされてしまった。
着のみ着のままではあったが、数日キャンプをする予定だったので、食料や装備は充実している。
二日目
この世界はファンタジーそのものだ。そして私も良くある優れた能力が与えられ、そこらへんに居る魔物らしき生物は相手にならない。
】
そこから自らと世界を冷静に観察する様子が書かれていた。どうやらこの男は元々研究者のようだ。
【
73日目
王都と呼ばれる場所で描いた絵を売っていると、絵に描いてあった機構について詳しく尋ねてくる男が居た。話を聞けば機構士と呼ばれる一種の技術者であり
】
どうやらこの時ブレーカーガントレットを作った機構術士と出会ったようだ。それから技術的考察や、この世界の技術レベルを図る様子が書かれていた。
【
ドワーフの国に来て一ヶ月、魔法と蒸気機構を組み合わせ、魔導蒸気機関車の完成に至る。本来であれば石炭による公害が問題だが、火の魔石によるクリーンな燃焼は実に
】
魔導蒸気機関車まで。それにしても、かなり世界と関わっているようだが、それにしてはそれらしい蒸気機構を街中でみていない。
【
ドワーフの王様の依頼にあった機械仕掛けの竜を作り上げる事ができた。だが、私はとんでもないモノを作ってしまった。
技術の完成に陶酔し、世界の影響をまったく考えなかった。このまま兵器に傾倒し、蒸気工学が発展すれば、きっととんでもない事になる。科学とは人々を便利に幸せにするものであって、命を奪うために発展するのは間違っている。
私は王に私の世界の問題を訴え、全ての知識と罪を償って命を絶つ。
もし私と同じ転移者なら、その知識を決してひけらかしてはならない。アインシュタインやノーベルが科学と世界の為に産み出した技術が戦争に使われ、多くの人々が死んだように、我々の知識そのものがダイナマイトや原子力と同じなのだ。一歩間違えれば多数の命を奪い、世界を滅ぼしてしまう。決してその知識や技術を異なる世界に広めてはならない。
帝国工科大学理工学部 助教授 白瀬 大樹 43歳
】
本を閉じるとドワーフのカルサイトに返す。しかし転移者はすでにこの世にはいないようだ。




