第9話 所長、その鈍感は許せません
【七海・愛を注ぐ】
私の名前は、神代 七海。
神代の血を引く歴史ある魔法使い。
勤務先の研究所長を守護して、早いもので2年が経とうとしていた。
その間、私は所長へのアピールに愛と魔力を注ぎ込み続けてきたのだ。
例えば先日は、
「所長、疲れが溜まってるみたいだから」
と特製栄養ドリンクを差し出した。
グラスのフチにはハート型にカットしたストロベリーを飾り、ピンクのハート型ストローを添えて。
「……ん? これ、なんだい?」
所長は不思議そうに眉をひそめながらも、私の優しさに感謝するようにハートのストローで飲み干した。
また別の日には、
「たまたま2個買うと安かったから」
と所長にマグカップを1個プレゼントした。
色違いのペア仕様で、2つ並べると柄が繋がって1つの大きなハートマークになるデザイン。
「ずいぶんと可愛らしいデザインだね。ありがたく使わせてもらうよ」
所長は嬉しそうにほうじ茶を注いでいた。
またある日の夕方。
所長と一緒に書類の確認していた時。
私は事前に徹底リサーチした所長好みの甘い香水をまとわせ、明らかにそこまで近づかなくてもいいだろうという距離まで顔を寄せてみた。
「あ、すまない。見えにくかったかい?」
所長は誠実な顔で恐縮し、わざわざ私に見やすいよう書類を差し出してきたのだった。
そして先週の昼下がり。
「作りすぎただけだから」と渡した手作りのお弁当。
フタを開ければ、かわいいハートのおにぎり。
「……これは、すごいな。わざわざ私の分まで作ってくれたのか。人の温かいおもてなしの心、ありがたくいただくよ」
所長は真剣な眼差しでそう言うと、感謝を噛み締めるように一口一口大切に口へ運んでいた。
――そして今日。
「いやあ神代さん、私の胃腸って本当に強いみたいでさ。昨日も賞味期限が切れたお豆腐食べたんだけど、ケロっとしてるんだよね」
爽やかな笑顔で缶コーヒーを飲む所長を見つめながら、私は心の底から冷め切った目を向けていた。
ちがう。
この2年間、私の! 神代の血を引く歴史ある魔法使いの! 常時展開型の回復プロテクトがあなたの身体を死守していたから!
「――回復魔法、本日をもって全行程を終了いたします。お疲れ様でした」
自分のデスクで、私はそっと胸の前で印を結び、長らく維持していた魔力供給のラインをパツンと切断した。
これまで露骨にアピールを重ねたのに、私の健気な愛の存在に一ミリも気づかないなんて……
(……もういい。バカみたい)
私はすっかり呆れ果て、所長への「愛のオートヒーリング」を完全に解約したのだった。
◇◇◇
【所長・独白】
私――所長は、今朝飲んだ牛乳の賞味期限が5日前に切れていたことに気づいていた。
失敗した。
と思ったが、何事もなく今日を乗り切った。
我ながらけっこう丈夫に出来ているものだと思い、風呂上がりにアイスを食べた。
いまちょっと、調子が悪いかもしれない。
……なーんてね。
そんなことがあるわけない。
なぜなら、私は未来からやってきたアバターロボットだから。
いま、2050年から遠隔臨場しているのだ。




