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第2話 プロトリーフ・コロシアム〜ひとつの鉢を巡る、仁義なき植物たちのバトルロイヤル戦記〜

第一章:胎動と神速の潜入者(春・黎明期)




その世界は、直径30センチの円形の境界線によって美しく区切られていた。




土壌を支配するのは、乾湿を白黒はっきりと告げる無菌の人工魔土「プロトリーフ」。




その地下深くには、初期の水分を抱え込む「種まき用の土」が眠り、底面には常に怪しく水を湛たたえる漆黒の底面給水皿が存在する。




ある春の日、この静寂の地に、絶対神(栽培者)の手によって複数の「生命の種」が同時に投下された。




植物たちの、ひとつの鉢の支配権をかけた生存競争――「プロトリーフ・コロシアム」の幕開けである。




沈黙を最初に破ったのは、鉢の東側に潜伏していた神速の暗殺者、ルッコラであった。




まかれてわずか3日。他陣営がまだ暗黒の地中で眠る中、ルッコラは圧倒的な細胞分裂スピードでプロトリーフの隙間をすり抜け、地表へと這い出た。




「ふはは! 地上は我らが制圧した! 栄光の光フォトンはすべて我らのものだ!」




一斉に開いた鮮やかな緑の双葉が、東側の領土をまたたく間に埋め尽くす。ルッコラの電撃作戦は完璧に見えた。




しかし、その翌日。鉢の西側の土壌が、地響きとともに大きく盛り上がった。




現れたのは、タイタン――巨獣ひまわり。ルッコラのか細い芽とは比べ物にならない、肉厚で巨大な双葉が、プロトリーフの粒をバラバラと力任せに跳ね除けて出現したのだ。




その圧倒的な質量の前に、ルッコラの電撃戦は一瞬で霞んだ。




一方、コロシアムの中心センターに鎮座する絶対王者、アボカドは、硬い殻の中でフフフと不敵に笑っていた。




「地上の浅い争いなど、木ツリーたる我が王道には関係ない。最後に笑うのは我だ」




アボカドは地上の初期光レースを完全にシカトし、太い直根を鉢底の給水皿へと真っ直ぐに突き下ろす「内政の構築」に専念し始めていた。




この泥沼のデスゲームを、隣の鉢から恐る恐る、かつ興味津々で覗き込む影があった。




隣国に咲くアサガオである。アサガオは緑の巻きヒゲという名の「触手」をネットに絡ませながら、首を長くしてコロシアムを見つめていた。




「おい見ろよ、あいつらの土、カビが全く生えてないぞ…! なんてクリーンで冷徹な戦場なんだ。俺たちのジメジメした黒土とは大違いだぜ!」




さらにその奥、黒土と有機堆肥という重厚な泥に塗れて育つ巨頭――ナスときゅうりも、自らの足元に時旧湧くコバエに苛立ちながら、プロトリーフの民の洗練された戦いに、羨望と恐怖の眼差しを向けていた。




「ああ、だがな。栽培者が不在の時に来るあの『水やり当番』……あいつの加減を知らねえ散水だけは御免だぜ」












第二章:新緑の暗黒時代と「水やり当番」の洗礼(春・成長期)






種まきから2週間。




のんびり屋のバジルと、さらに発芽の遅いイタリアンパセリがようやく地表へ顔を出したとき、地上はすでに地獄だった。




巨獣ひまわりが巨大な緑のパラソルを広げ、彼らがまかれたエリアは、1日中光が届かない永久日食地帯「ダーク・ゾーン」と化していたのだ。




そこへ、第一の試練が訪れる。栽培者が旅行で家を空け、代理の勢力「水やり当番」が戦場に降臨した。




「……なんか、乾いてる気がするから、たっぷりあげとこ」




無慈悲な一言とともに、戦場に濁流が降り注ぐ。




本来なら、人工魔土「プロトリーフ」の優れた排水性によって水は速やかに抜けるはずだった。




しかし、忘れてはならない。地下深くに眠る「種まき用の土」は、大量の水を前にその本性を現す。




水を含みすぎたピートモスは、まるでコンクリートのように固く締まり、戦場を水抜け穴のない「生き埋めの檻」へと変えてしまったのだ。




「お、溺れる! 排水が追いつかない! 地下のピートモスが完全に目詰まりしているぞ…!」




バジルが泥濁りの水の中で悲鳴をあげる。




イタリアンパセリは、前世の記憶(深植え大成功の経験)を活かしてあえて深めに潜伏していたが、このピートモスの完全密閉によって地上の光合成レースからは完全に脱落。




もやしのように細い茎を伸ばし、必死にひまわりの葉の隙間を探す隠密行動ステルス・ミッションを余責なくされていた。




隣国のきゅうりも「おい見ろ、あいつらの鉢、表面まで水がタプタプだぞ! 根腐れストレート勝ちコースじゃねえか!」と戦慄していた。




だが、この泥沼のディザスターを、北側でひっそりと芽吹いていたミントだけは「好機」と捉えていた。




「この世のすべての水と、お前たちの根の自由は、我が地下帝国が支配する」




ミントは酸素不足など恐れぬタフさで、その「白い悪魔のストロー(地下茎)」を、固く締まったピートモスのわずかな隙間へ爆発的に全方位へと伸ばし始めた。




弱り切ったルッコラの根を締め上げ、水没しかけたバジルと、地中で身動きの取れないイタリアンパセリの根を絡め取っていく。




バジルは最後の力を振り絞り、自慢の丸葉をクネクネと曲げてルッコラの頭上を飛び越える意地を見せ、アボカドに迫る害虫を自らの香りで撃退する騎士道精神バジル・コードを見せたが、地下からの乾渇地獄には抗えなかった。




バジルとイタリアンパセリは、極上の香りを辺りに漂わせながら、誇り高く散っていった。




「バジルたちが逝ったか……。ハーブ界の戦士がまた……」




隣国のナスが、自らの大きな葉を悲しげに揺らした。












第三章:異界からの刺客と、泥沼の利権争い(初夏・動乱期)






初夏。コロシアムを最大の災厄が襲った。




外界の荒野から、葉の生気を吸い尽くす最凶の略奪者――ハダニ&アブラムシ連合軍が飛来したのだ。




標的となったのは、肉厚な葉を持つ巨獣ひまわりと、中心のアボカドである。




「敵襲! 地上の葉が吸い尽くされる!」




地上の植物たちが悲鳴をあげる中、隣国のきゅうりも「おい、こっちにまで飛び火させるなよ!」と葉を震わせて怯えていた。




だが、この危機に栽培者の気まぐれが再び発動する。




神の手によって、直売所という名の修羅場で鍛え上げられたエリート傭兵――ローズマリーの苗が、プロトリーフの土を豪快に掘り返して電撃参戦を果たしたのだ。




最初から木質化した強靭な茎と、鋭い針のような葉を持つ「大人の完成体」。ローズマリーは周囲の青二才どもを見下ろし、冷酷に宣言した。




「我が領土にジメジメした湿気は不要。この鉢を、カラカラの地中海バレンシアに変えてくれる。




……それと、羽虫ども、我が香りの前に平伏せ」




ローズマリーが放つ圧倒的な「シネオール波動(天然の防虫結界)」。




それはハダニ軍団を一瞬で弱体化させ、撤退へと追い込んだ。




ローズマリーの参戦により、外敵の襲来は辛うじて退けられた。




しかし、外敵を退けた直後、コロシアムのルールは完全に崩壊する。




アボカド、ミント、ひまわりは「水が大好物」な水好連合。




対するローズマリーは「乾燥」を至高とする孤高の暗殺者。




ここへ、再びあの不穏な影、「水やり当番」が介入する。




「あ、新しいのが増えてる。これもたっぷりあげなきゃ」




ローズマリーが最も嫌う「追い打ちの過湿」。




「やめろ……我の根を腐らせる気か……!」




ローズマリーは激しく悶絶する。




戦況を打開すべく、ローズマリーは根から他の植物の成長を阻害する化学兵器「アレロパシー成分」を土壌に散布。




これに激怒した地下の覇王ミントの地下茎が、ローズマリーの根を全方位から包囲する。




「乾燥」を望むローズマリーと、「水」を貪るミント、そして独自の水分ラインを確保して「内政」を貫くアボカド。




栽培者のジレンマと水やり当番の無知が、戦場をさらに混沌の泥沼へと叩き落とした。












第四章:巨星落つ、そして墓守の統治(盛夏・終焉)






太陽がジリジリと照りつける盛夏、ついにその時が訪れた。




大食漢の巨獣ひまわりが、大輪の花を咲かせ、全てのエネルギーを使い果たしてドサリと崩れ落ちたのだ。




地上の絶対王座が空いた。




「フハハハ! 待っていたぞ、この時を! 地上の全権を我が手に!」




ひまわりが枯れてできた広大な「ダーク・ゾーン」の跡地へ、地下で莫大な魔力を蓄えていたミントが一斉に噴き出した。




ひまわりの遺骸を栄養の苗床プラント・ベッドにするかのように、ミントの鮮やかな緑が爆発的に鉢全体を覆い尽くしていく。




観客席のアサガオが「ひえっ…ひまわり先輩が乗っ取られた…!」と震え上がり、ナスときゅうりも「やはりミントを同じ鉢に入れるべきではなかったんだ…! あれは植物の皮を被ったエイリアンだ!」と恐怖に目を見開く。




一方、過湿で弱り切っていたローズマリーは、ミントが凄まじいスピードで土の中の水を吸い尽くしてくれたおかげで、皮肉にも理想の乾燥状態ドライ・モードを手に入れていた。




「ふん……図らずも助かったか。礼は言わんぞ、緑の悪魔め」




しかし、その安堵も長くは続かなかった。




鉢の底を100%埋め尽くすミントの圧倒的な根の「物理肉壁」にジワジワと締め上げられ、通路を完全に塞がれたローズマリーの苗は、水を吸うことも拒絶され、立ったまま見事なミイラのように枯れ果てていった。




数ヶ月後。秋の気配が漂う頃、栽培者が鉢を覗き込むと、そこには青々と爽やかに茂る、見事な「ミント単独帝国」が完成していた。




中心の絶対王者アボカドは、周囲のハーブたちの戦争を一切無視して直根を鉢底の受け皿まで突き刺していたため、水分を単独確保して辛うじて生存していた。




しかし、周囲のプロトリーフをミントの根がギチギチのコンクリートのように埋め尽くしたため、それ以上の成長を阻まれ、盆栽のように小さな姿で沈黙を余儀なくされていた。




かつてそこにいたルッコラも、バジルも、イタリアンパセリも、大怪獣ひまわりも、ローズマリーも、すべてはミントの緑の海に飲み込まれて消えた。




後日、久しぶりにやってきた「水やり当番」が、その光景を見てのんきに呟いた。




「わあ、ミントがいっぱい! 大成功だね」




プロトリーフの円形大鉢をひっくり返すと、そこには土の姿は一粒もなく、パズルのように完璧に絡み合って鉢の形に固まった「ミントの白い根の塊」だけが、美しく、そして恐ろしく収まっていたという。




隣の鉢からその光景を見ていたアサガオ、ナス、きゅうりは、静かに自らのツルを縮め、二度とその魔のコロシアムへ近づかないことを誓うのだった。






――プロトリーフ・コロシアム、初代覇王:ミント。




その緑の侵略を止められる者は、栽培者にも、水やり当番にも、もういない。


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