表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/24

第八章 会議

  蝉の鳴き声が聞こえる。


  セレナはゆっくりと腕を持ち上げた。


  痺れている。


  どうやら腕を枕にしたまま寝てしまっていたらしい。


  そして気付く。


  本来ならまだ眠っているはずの銀髪の少女が、

  すぐ傍で自分をじっと見つめていた。


  ----------------


  「……」


  「……」


  数秒間。


  二人は無言のまま見つめ合った。


  先に口を開いたのはセレナだった。


  「ようやく起きましたか」


  「うん」


  「起きたよ」


  リコは頷く。


  「丸一日寝ていたんですよ」


  「じゃあセレナちゃんも丸一日ここにいたの?」


  セレナはさっと視線を逸らした。


  「そんなわけないでしょう」


  「管理局の仕事だってあるんですから」


  「へぇ~?」


  リコがわざとらしく声を伸ばす。


  「つまりぃ~」


  「仕事してない時はずっとここにいたんだ?」


  「違います」


  即答だった。


  そして強引に話題を変える。


  「というか、なんでずっと私を見ていたんですか?」


  「だってさ」


  リコは少しだけ視線を落とした。


  「嫌な夢を見ちゃったから」


  「……は?」


  セレナは再びリコを見る。


  冗談を言っている顔ではなかった。


  「どんな夢ですか?」


  「んー」


  リコは少し考える。


  「好きな人がいなくなっちゃう夢かな」


  その瞬間。


  セレナの動きが止まった。


  完全に固まった。


  数秒後。


  リコは何事もなかったように笑う。


  「ま、そんなことより」


  「おはよう、セレナちゃん」


  「あ……」


  「……おはようございます」


  返事は妙にぎこちなかった。


  ----------------


  白い天井。

  広い部屋。

  薄い青色の毛布。


  そして自分が着ている、

  青と白の縞模様の病衣。


  何より、

  どこを見ても書類らしいものが存在しない。


  周囲を観察していたリコが、

  ふと思い出したように尋ねた。


  「そういえば」


  「ここどこ?」


  「医療部です」


  セレナは簡潔に答える。


  「結局、医療官の出番はありませんでしたけどね」


  「まあ僕は吸血鬼だしね」


  リコはそう言った。


  その言葉だけ、

  少し寂しそうに聞こえた。


  「それで?」


  セレナは話を戻す。


  「もう大丈夫なんですか?」


  「もちろん!」


  リコは勢いよくベッドから飛び降りた。


  そのままセレナへ抱きつく。


  「見ての通り!」


  「ちょっ――」


  「離してください!」


  突然の襲撃にセレナは慌てて抵抗する。


  「というかあなた」


  「なんだか急に距離感おかしくなってません?」


  「だから言ったじゃん」


  リコは当然のように答えた。


  「嫌な夢見たんだって」


  「それぜんぜん理由になってないでしょう!」


  その時だった。


  ガラッ。


  病室の扉が開く。


  「隊長――」


  そこまで言って、

  ユウトは固まった。


  数秒。


  静かに扉を閉める。


  そして。


  コンコン。


  「隊長」


  「報告です」


  ようやくリコを引き剥がしたセレナが咳払いする。


  「こほん」


  「どうぞ」


  扉が開いた。


  「部長からの伝言です」


  「もし真祖が目を覚ましたら――」


  ユウトは言いかけて、

  ちらりとリコを見る。


  そして視線を逸らした。


  「……いえ」


  「どうやら、もう起きているようですね」


  「真祖を連れて評議室へ来るようにとのことです」


  「真祖およびアルカード事件に関する事情聴取のためです」


  「分かりました」


  セレナは頷く。


  だがリコは首を傾げた。


  「え?」


  「僕も行くの?」


  「むしろリコさんがメインでしょう」


  ユウトは思わず即答した。


  ----------------


  管理局最上階。


  同じ金属張りの通路だった。


  だが医療部の階よりもずっと広い。


  そして上へ行くほど、

  人の姿は少なくなっていく。


  やがて。


  二人は巨大な両開きの扉の前へ辿り着いた。


  そこにはもう誰もいない。


  通行人も。

  向けられる視線も。

  遠くで聞こえていた囁き声さえも。

  完全に消えていた。


  本来なら、

  セレナが足を踏み入れる機会などない場所。


  評議室。


  ――その向かい側の階段ホールで、

  セレナは銀髪の少女へ言い聞かせていた。


  「いいですか」


  「中に入ったら敬語を使ってください」


  「えぇー……」


  露骨に嫌そうな顔。


  「できれば、その『僕』もやめてください」


  「なんでさ」


  今度は頬を膨らませる。


  「あと、人間の血は美味しいとか絶対に言わないでください」


  「はーい……」


  全然納得していない返事だった。


  「何か不満があるなら」


  「会議が終わってから私へ言ってください」


  「むぅ……」


  セレナは少し考える。


  他に何か言い忘れていただろうか。


  特に思い当たらなかったので、

  評議室へ向かおうとした。


  その時。


  「分かってるって」


  リコが口を開く。


  「セレナちゃんに迷惑かけたりしないから」


  それはそうなのだが。


  本当に面倒になるのは、

  どちらかと言えば本人の方である。


  だがセレナは説明しなかった。


  「そうですか」


  短く答える。


  そして扉の前へ立った。


  すると。


  「まあ」


  リコが独り言みたいに続ける。


  「美味しそうな匂いがするの、

  セレナちゃんだけなんだけどね」


  セレナの動きが止まった。


  一瞬だけ。


  「余計な情報です」


  本人はそう評価した。


  そして少しだけ慌てた動作で扉をノックした。


  ----------------


  「第三隊隊長、セレナ・ヴェイン」


  名乗る。


  そして一拍置いてから続けた。


  「ならびに真祖リコです」


  「入りなさい」


  返ってきたのは女性の声だった。


  年齢は感じさせる。


  だが威厳も決断力も失われていない声だった。


  扉が開く。


  広い会議室。


  そして室内の大半を占める、

  巨大な大理石の長机。


  セレナは平然と敬礼する。


  そのまま机の末席へ移動し、

  背筋を伸ばして立った。


  その後ろで。


  リコも見よう見まねの敬礼をする。


  少し形は怪しかったが、

  一応それらしくは見えた。


  そしてセレナの後ろへ立つ。


  その間もずっと。


  視線を感じていた。


  品定めするような視線。


  おそらく全員から向けられている。


  中でも最も圧迫感があったのは――

  長机の最奥に座る女性だった。


  六十代後半だろうか。


  短く切り揃えられた白髪。


  鋭い眼光。


  そして。


  魔力。


  リコはほとんど一瞬で察した。


  この人、

  たぶん僕と同じくらい強い。


  悟られないように視線を落とす。


  机の名札。


  そこにはこう書かれていた。


  『局長 ミレイア・クロフォード』


  ----------------


  最初に口を開いたのは局長ではなかった。


  局長の右隣に座る老人だった。


  名札には監察部長とある。


  「第三隊隊長、セレナ・ヴェイン君だったな」


  老人は手元の資料を確認する。


  「まずは先日の教団掃討作戦における功績へ感謝を述べておこう」


  そこで言葉が変わった。


  「だが——」


  「真祖覚醒の隠蔽」


  「その後の独断保護、及び独断同行」


  「これらについて何か弁明はあるかね?」


  「はい」


  セレナは即答した。


  一歩前へ出る。


  「真祖リコを発見した当日、

  教団の襲撃が発生しました」


  「彼女は市民を救助する過程で負傷しています」


  「そのため私は、」


  「彼女の保護を優先すべき――」


  「君の判断でかね?」


  老人が途中で遮った。


  「つまり、」


  「一介の隊長に過ぎない君が」


  「真祖の処遇を」


  「独断で決めたということだろう?」


  その時。


  反対側に座る男が口を挟んだ。


  ペンをタバコみたいに指で挟みながら。


  「現場判断を尊重する」


  「それが当部の一貫した方針です。」


  行動部長。


  グラント・レイヴン。


  名札にはそう書かれていた。


  監察部長は不満そうに机を二度叩く。


  「では翌日はどうだ?」


  「それも現場判断かね?」


  「なぜ直ちに報告しなかった?」


  セレナは落ち着いたまま答える。


  「報告書は作成中でした」


  「同日に発生したアルカード事件への対応で提出が遅れただけです」


  「提出自体は翌朝には完了しています」


  アルカード。


  その名が出た瞬間だった。


  会議室の空気が、

  わずかに変わった。


  「もういいでしょう」


  ついに局長が口を開いた。


  「ルールの話はここまで」


  そして視線をリコへ向ける。


  「では真祖さん本人に聞きましょう」


  その一言で、

  評議室中の視線が一斉に集まった。


  「君は人類に対して敵意を持っていない」


  「我々はそう理解しても構いませんか?」


  「人類に対して敵意?」


  リコはぱちぱちと瞬きをした。


  「どうしてそんな風にまとめるんですか?」


  沈黙。


  「どの種族にも良い人と悪い人がいる…います」


  そう口にした瞬間、

  脳裏を過ったのは六百年の歳月ではなかった。


  夢の中にしか存在しない、

  あの小さな村だった。


  「その全員と友達になるか」


  「その全員を敵にするか」


  「僕には、それは極端過ぎると思います」


  頭の中に浮かんだ光景を振り払いながら、

  リコは続ける。


  再び沈黙が落ちた。


  セレナもまた、

  皆と一緒に黙っていた。


  相変わらず『僕』は直っていない。


  敬語も少し怪しい。


  それでも。


  あいつ、

  本当にちゃんと聞いていたんですね。


  ――いや。


  感心している場合ではない。


  今の発言、

  普通に危険すぎませんか?


  しかしミレイアはまるで気にした様子もなかった。


  「では質問を変えましょう」


  「この国にとって」


  「管理局にとって」


  「あなたは味方になれますか?」


  リコは少し考えた。


  「正直なところ」


  「この国のことも」


  「管理局のことも」


  「僕はまだよく知りません」


  そこで言葉を選ぶように一瞬止まる。


  「無理に言うなら――」


  「僕はセレナ隊長の味方だ…す」


  セレナは周囲の誰よりも黙った。


  いや。


  それ普通に問題発言では?


  だがミレイアは頷くだけだった。


  「それでも構いません」


  そして次の質問を投げる。


  「ではアルカードについて」


  「何か心当たりがありますか?」


  リコは長く考え込んだ。


  そしてゆっくり口を開く。


  「あの人はたぶん悪い人じゃ——」


  途中で言葉を止めた。


  敬語を思い出したらしい。


  「悪人ではないと思います」


  少し間を置いて続ける。


  「ただ、少し馬鹿なだけです」


  沈黙。


  そして。


  評議室が一気に騒がしくなった。


  「どういう評価だ!?」


  「今回の事件で何人死んだと思っている!」


  「本当にこいつを信用して大丈夫なのか!?」


  ミレイアが手を上げる。


  それだけで場は静まった。


  「つまり」


  「君はアルカードの側には立たない」


  「そう理解していいですね?」


  彼女は確認するように言った。


  「もちろんだ」


  リコは反射的に答えた。


  敬語であることすら忘れていた。


  ミレイアは満足そうに頷く。


  「では聞きます」


  「アルカードの拘束に協力する意思はありますか?」


  「また、対抗策となり得る情報は?」


  「情報は特にありません」


  リコは即答した。


  「あの人は、本当に強かったです」


  その言葉だけは少し重かった。


  先日の戦闘を思い出したのだろう。


  だが。


  次に顔を上げた時には、

  目も声も真っ直ぐだった。


  「でも」


  「個人的にも、

  あの人は止めたいと思っています」


  「よろしい」


  ミレイアは即座に答えた。


  「ならば特別戦力として行動部へ配属しましょう」


  「待遇はレイヴン部長と同格」


  「それで問題ありませんね?」


  「いえ、それより……」


  リコは手を挙げた。


  「できればセレナ隊長の副官がいいです」


  評議室が静まり返る。


  リコは気にせず続けた。


  「その代わり」


  「セレナちゃ……隊長の命令なら全部聞きます」


  ミレイアの視線が順番に動く。


  リコ。

  グラント。

  そしてセレナ。


  リコは期待したように瞬きをしている。


  グラントは局長と目が合うと、

  小さく頷いた。


  セレナは――

  完全に固まっていた。


  思考停止そのものだった。


  「いいでしょう」


  ミレイアは立ち上がる。


  「許可します」


  そして評議室全体を見渡した。


  「これより管理局特級優先任務を発令します」


  「対象――アルカード」


  「拘束せよ」


  「はい!」


  声が揃う。


  「はーい」


  緊張感の欠片もない返事が混ざる。


  「…………」


  そして一人だけ、

  最後まで状況を理解できていない者もいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ