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第十五章 誕生日

  部長室へ移ったあとも。


  リコは相変わらず三番隊へ入り浸っていた。


  本人曰く、

  「部長視察」とのことだった。


  もちろん。


  最初に異議を唱えたのはユウトだった。


  「いやいや」


  「部長は隊長であって、

  リコじゃないよね?」


  するとリコは得意げに人差し指を立てる。


  「ユウト君」


  「僕は部長補佐なんだよ?」


  「つまりセレナちゃんの代わりに来てるの」


  「だから部長視察」


  「いや」


  フィナが即座に突っ込んだ。


  「自分の上司を『ちゃん付け』する部長補佐なんていないでしょ」


  「じゃあフィナちゃんは僕のこと何て呼んでるの?」


  「リコちゃん」


  フィナは即答した。


  たぶん。


  そう呼ぶのは管理局でも彼女だけだ。


  「ほら」


  リコは満足そうに頷く。


  「フィナちゃんも部長代理の僕を

  『ちゃん付け』してる」


  「つまり部長を『ちゃん付け』してる」


  「だから問題なし!」


  「いや」


  フィナは呆れたように言った。


  「全然違うでしょ……」


  ----------------


  最近。


  セレナには少し困っていることがあった。


  いや。


  困っているというほどでもないのだが。


  とにかく。


  リコが三番隊から戻ってくるたび、

  妙なことをするのだ。


  原因は考えるまでもない。


  十中八九フィナである。


  セレナの視線が机の花瓶へ向く。


  そこには白い百合が飾られていた。


  そして。


  自然と先月の出来事を思い出す。


  ----------------


  夕食後。


  セレナはいつものように書類仕事を続けていた。


  その時だった。


  「セレナちゃん」


  リコが机の横からひょこっと顔を出す。


  「それ最後の一枚?」


  「はい」


  セレナは頷いた。


  すると。


  「じゃあちょっと行ってくるね」


  そう言い残して、

  銀髪の少女は駆け出していった。


  セレナは小さく息を吐く。


  それから少しだけ笑った。


  自分も随分慣れたものだ。


  以前なら絶対に振り回されていた。


  だが今では。


  「また何か始めたんですね」


  くらいにしか思わない。


  そして再び書類へ向き直った。


  ----------------


  書類を書き終えた頃には。


  リコはまだ戻っていなかった。


  セレナは伸びをする。


  もう終電も近い。


  そろそろ帰らなければならない時間だった。


  「どこへ行ったんですか……」


  仕方なく探しに出る。


  部屋を出た瞬間だった。


  銀色の頭が、

  階段の角から引っ込むのが見えた。


  セレナは思わず笑いそうになる。


  慌てて真顔へ戻した。


  そしてそのまま階段へ向かう。


  ----------------


  角を曲がった瞬間。


  「じゃーん!」


  リコが飛び出してきた。


  両手には百合の花束。


  満面の笑み。


  「セレナちゃん!

  はい、これ!」


  「……は?」


  セレナは固まった。


  「……これは?」


  「花だよ」


  リコは首を傾げた。


  「いや、それ見れば分かりますけど……」


  とりあえず花束を受け取る。


  それから聞いた。


  「それで?」


  「どうして急に花なんですか?」


  「え?」


  今度はリコが固まった。


  そして。


  ちらりと廊下の奥を見る。


  その瞬間。


  どこかで誰かが慌てて隠れる音がした。


  どう考えてもフィナだった。


  リコは顎へ手を当てる。


  「えっと……」


  「何だったっけ?」


  しばらく考える。


  真剣に。


  本当に真剣に。


  そして。


  「えっと」


  「花を贈る日……?」


  「説明になってません」


  即答だった。


  リコはさらに考える。


  数秒後。


  「あ」


  「バランタイン!」


  「それはウイスキーです」


  でも、セレナは全てを理解した。


  そして。


  花束を抱えたまま踵を返す。


  「セレナちゃん?」


  後ろから困惑した声。


  セレナは振り返らない。


  ただ。


  肩が少し震えていた。


  「今後は」

  「フィナの言うことを真に受けないでください」


  「え?」

  「なんで?」


  「なんでもありません」


  そう答えた声には。


  わずかに笑いが混じっていた。


  ----------------


  そして。


  今日もまた。


  扉が開く音がした。


  セレナは顔を上げる。


  戻ってきたのはリコだった。


  自然と目で追ってしまう。


  今度は何をするつもりなんだろう。


  困る。


  たぶん困る。


  でも。


  少しだけ気になってしまう。


  そんな自分に気付いて、

  セレナは小さく息を吐いた。


  すると。


  席へ向かっていたリコが、

  不意に立ち止まる。


  「セレナちゃん」


  「好きな色って何?」


  「え?」


  あまりにも唐突だった。


  「……青、ですかね」


  反射的に答えてしまう。


  「青かぁ」


  リコは満足そうに頷いた。


  「分かったー!」


  そして。


  そのまま自分の席へ戻る。


  嫌な予感しかしない。


  「一応聞きますけど」


  セレナは眉をひそめた。


  「どうしてそんなことを?」


  「フィナちゃんがね」


  リコは楽しそうに答える。


  「好きな人の好みに合わせて、

  一回くらい髪を染めたりするんだって」


  数秒。


  セレナは固まった。


  それから静かに告げる。


  「却下です」


  「はーい」


  聞いていない返事だった。


  声だけで分かる。


  「だから」


  セレナは額を押さえる。


  「フィナの言うことを

  真に受けないでください」


  「うんうん」


  やっぱり聞いていない。


  「…………」


  沈黙。


  そのまま。


  仕事が終わるまで続いた。


  そして。


  最後の書類へ署名を終えたあと。


  セレナがぽつりと呟く。


  「……もし染めるなら」


  声は小さかった。


  「赤の方が似合うと思います」


  リコの目が輝く。


  「えっ」


  「それってセレナちゃん好み?」


  「…………」


  セレナは視線を逸らした。


  「たぶん」


  今度はさらに小さい声だった。


  ----------------



  翌日。


  赤髪になったリコが三番隊執務室へ現れた瞬間。


  ユウトとフィナが飛び付いた。


  ノエルも手を止める。


  隊長室の扉も少しだけ開いた。


  真面目に仕事をしているのは、

  たぶんガレスだけだった。


  「どうだった!?」


  ユウトが真っ先に聞く。


  「隊長なんて言った?」


  フィナも身を乗り出した。


  リコは得意げに髪をかき上げる。


  「ふっふーん」


  「すごく可愛いって!」


  「絶対言ってないでしょ」


  フィナが即座に否定した。


  「いや」


  ユウトは咳払いする。


  そして床を見ながら、

  わざと無表情を作った。


  「……まあ」


  「悪くないんじゃないですか」


  指を一本立てる。


  「たぶんこんな感じ」


  「絶対それだ!」


  フィナが机を叩いた。


  その時。


  廊下から咳払いが聞こえた。


  隊長室の扉が勢いよく開く。


  「君たち」


  ルシアだった。


  「報告書は終わったの?」


  一瞬で全員が散った。


  そして一分後。


  何事もなかったような顔で、

  セレナが入ってくる。


  「部長、おはようございます!」


  見事な唱和だった。


  ただし。


  二人ほど笑いを堪え切れていなかった。


  ----------------


  そして。


  その日もまた。


  リコがこそこそと部長室を抜け出していった。


  セレナはいつものように小さく笑う。


  どうせまた。


  フィナあたりに何か吹き込まれたのだろう。


  まあいい。


  書類を片付ければ分かることだ。


  そう思っていた。


  だから。


  数分後にリコが戻ってきた時も、

  特に気にしなかった。


  だが。


  二度目。


  三度目。


  四度目。


  そして五度目。


  さすがにペンが止まる。


  「リコ」


  セレナは顔を上げた。


  「今日は一体何をしているんですか?」


  「べ、別に?」


  リコは露骨に視線を逸らした。


  「その……」


  「セレナちゃんが、

  いつ仕事終わるかなーって」


  「なら」


  セレナは溜息を吐く。


  「そこに座って待っていてください」


  少しだけ考えた。


  それから。


  「あと二十分くらいです」


  「ほんと!?」


  リコの顔がぱっと明るくなる。


  そして本当に。


  二十分間。


  大人しく椅子へ座っていた。


  ----------------


  二十分後。


  最後の書類へ署名を終えたセレナは、

  ようやくペンを置いた。


  視線を上げる。


  二十分間ちゃんと待っていた赤髪の少女と目が合った。


  「それで――」


  言いかけた瞬間。


  リコが飛び上がる。


  「セレナちゃん!」


  「早く早く!」


  「こっち!」


  腕を引かれる。


  「はいはい」


  セレナは苦笑した。


  そのまま連れて行かれる。


  向かった先は。


  三番隊執務室だった。


  扉の前で。


  リコが横へ避ける。


  そして。


  どうぞ、と言わんばかりに手を差し出した。


  セレナは呆れたように彼女を見る。


  それでも。


  扉へ手を掛けた。


  少しだけ。


  期待していたのかもしれない。


  もちろん。


  本人は絶対に認めないだろうけれど。


  扉を開いた瞬間。


  真っ暗だった執務室に灯りが点いた。


  「隊長!」


  「お誕生日おめでとうございます!」


  一斉に声が上がる。


  隊長。


  誰も部長とは呼ばなかった。


  これは行動部長への祝いではなく。


  第三隊の隊長だった人への祝いだから。


  フィナはケーキを抱えている。


  ルシア。


  ガレス。


  ノエル。


  ユウト。


  それぞれ紙を掲げていた。


  『誕生』


  『日お』


  『めで』


  『とう』


  少し不格好だった。


  その時。


  後ろからリコも入ってくる。


  「隊長ちゃん!」


  「お誕生日おめでとー!」


  やっぱり。


  今はもう違う肩書きなのに。


  その呼び方だった。


  セレナは口を開く。


  だが。


  言葉が出てこない。


  しばらくして。


  ようやく視線を逸らした。


  「…………」


  そして。


  小さく呟く。


  「本当に……」


  「馬鹿ばっかりですね」


  ----------------


  「隊長、明日休みですよね?」


  ユウトがフォークを振る。


  「内部情報は入手済みです!」


  フィナが胸を張った。


  その瞬間。


  リコがさっと視線を逸らす。


  「休みですけど……」


  セレナは首を傾げようとして。


  頭上のものを思い出す。


  リコに無理やり載せられた誕生日用の飾りだ。


  動けない。


  そして。


  あることを思い出した。


  今日承認した休暇申請。


  「まさか……」


  ルシアが頷く。


  「そのまさかです」


  「全員ちゃんと休み取ってます」


  ノエルも笑った。


  「隊長が自分で承認したやつですよ」


  「せっかくですし!」


  フィナがセレナの手を掴む。


  「みんなでキャンプ行きましょう!」


  セレナはある人物を見る。


  容疑者のリコだった。


  だが。


  その容疑者は。


  期待で目を輝かせていた。


  「……分かりました」


  セレナは観念した。


  「行きましょう」


  「やったー!!」


  歓声が響いた。


  ----------------


  ケーキを食べ終えても。


  家へ帰っても。


  灯りを消しても。


  セレナは気付いていなかった。


  ずっと笑っていたことに。


  いや。


  気付いていたなら。


  きっといつもの真顔へ戻っていたでしょう。


  「おやすみなさい」


  セレナは隣へ声を掛けた。


  少しだけ笑いながら。


  「うん」


  「おやすみ、セレナちゃん」


  返ってきた声は。


  もっと嬉しそうだった。

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