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サインさんとは街門から町の中心に延びた街道を少し行ったところで別れ、私たちは町の中心部にある大広場に来ていた。アインズさん曰く広場の中心に建てられた銅像はこの町の象徴であり、デートスポットや待ち合わせの場所として利用されている―――そうなのだが、今はその一端をも垣間見ることができない。
なぜなら広場全体が人の波で埋まっているからである。
「なんじゃこりゃ」
「……しまった、今日、お祭りだ」
「お、お祭り?」
村では決して見ること出来ないごった返した人の群れを前に若干引き気味でいると、ウィルさんがちょっとうんざりしたように目を細めてあるものを見据える。視線を追ってみるとそこには高々と旗が掲げられており、北方言語の文字が。
文字の形一つ一つを視線でなぞるように見て、言葉を口に乗せる。
「―――ファス、フルール?」
「!? じょ、嬢ちゃん北方言語読めんのか!?」
「? はい、この間教えてもらいました」
「マグニの野郎ォ!!」
なぜかアインズさんがあさっての方向へ叫んだ。ウィルさんもなぜか呼応するように同じ方向を遠い目で見ていたが、何かを諦めるように首を振った。
北方言語はこの大陸を渡り歩く遊牧民族のご先祖が作ったとされる言語だ。形はデータさんが言うには象形文字という表意文字の一種――文字そのものが意味を持つ――もので、文字そのものに意味があり発音は後付けでそれっぽいものを当てはめたものであるらしい。
師匠から教わるきっかけはこの遊牧民族について学んだ際に北方言語という言葉があると聞いたことだった。ちなみに私たちが使っている言語は大陸共通言語で、表意文字と表音文字――音により言葉を発し文字そのものに意味を持たない――を組み合わせて使用されている。その仕組みはまだ勉強中だが、このように二種類の言語体系が組み合わさっているのは、この国が元々異種族の統合により成り立ったことに由来し、扱う言語が違ってもある程度読むことができるようにと配慮された結果であるらしい。
閑話休題。
北方言語は現在もその生活様式を先祖代々受け継いでいる遊牧民族の主言語であると聞いている。自然に寄り添い、自然を渡り歩き、自然を敬愛し同時に慈しむその遊牧民族の精神を反映するかのように、北方言語は動植物をモチーフとし成立しており、旗には「鹿」「朝露の葉」「果実」が描かれていた。旗にはそれぞれ左を向いた茶色い鹿、水色の一枚の葉、赤い実が刺繍されている。
北方言語は意味が先に立ち音がついてくる。つまりそれぞれの文字を連想ゲームのようにして繋げて初めて言葉として成立するのだ。
「ウィルさん、これ、収穫祭ですか?」
「……!?」
「嬢ちゃん!? 祭りのこと知ってたのか……!?」
びっくりさせようとしてたのにそりゃねェよ! とアインズさんがその体をうねらせて呻くが、私は祭りの存在を知らなかった。首を小さく振ってみせると、ウィルさんがさも不思議そうに首を傾げる。その仕草が私の言葉を促しているように見えたので、そのまま言葉を続けた。
「北の遊牧民族は冬から春にかけて各地を渡り歩くときサーカスやパレードを率いて生活費を稼ぎ、生産品は備蓄することは、本で読みました。それは北の冬越えが厳しいからで、冬を越せば再び生産品を立ち寄った町々で売っていくそうです。……ここからは推測ですけど、この年初めの生産品出荷って、遊牧民族にとっては祝い事なんじゃないかと思いまして」
風で翻る旗に刺繍された文字の意味―――「鹿」は〈遊牧民族〉、「朝露の葉」は〈始まり〉、「果実」は〈豊穣〉を指す。北方言語に直訳はなく、必ず意味を転じさせる必要があるので、この文字列も転じさせなければならない。「朝露の葉」には対義語として〈終わり〉の「月見草の霜」があり、加えてどちらも瑞兆としての意味合いも含んでいる。さらに「果実」で描かれた赤い実は北では発見されにくい貴重なもので、この赤い実は遊牧民族の間では主に年末年始など祝杯のつまみとして重宝されている。
このように転じていくことで得る意味と本来の意味を含め考えてみると、この文字列は自然と「暦における祝い事」の意味合いを帯びてくるのだ。
「―――以上のことより、収穫祭という言葉に辿りついたんです。それにサーカスなど大道芸を生業の一つとしているなら、こういった祭りごとではもってこいの催し物ではないかと思います」
と言葉を締めくくり見上げると、呆然とするウィルさんとアインズさんの脇に人が増えていた。びくりとしてさらに視線を上げた先にいたのは筋骨隆々なピエロと黒の礼装姿をした仮面の人だった。その装いのせいで全く表情を窺うことができないが、脇の二人は私のことをまじまじと観察しているように見える。
「あ、あの……?」
「いやあレディ! すごいねえ、まだこんなに小さいのに随分物知りだ! 我らが祝祭のことを知らなかったのだろう?」
「申し訳ないレディ、その的を射たロジックについ言葉を失ってしまったよ。ようこそ我らが祝祭へ。ぜひとも楽しんでいくと良い」
すると二人――ピエロの方は朗らかに笑い、仮面の方は恭しく礼をして口々に歓迎の言葉を乗せる。仮面の方はシルクハットの鍔を直しつつ、指し示すようにその白手袋の平を広場の中心部に向けた。
「よろしければメインステージの方にも足を運んでほしい。我ら渾身の芸術をお見せしよう。そこの御仁と共に御三方で楽しんでいただければと思う」
「は、はい」
ぽかんとしたままの返事だったが、仮面の人は目元を小さく綻ばせる。ピエロの人は原色カラーで彩られた袖口から掌を伸ばして、ぽんぽんと私の頭を撫でた。
「ではまた会えることを楽しみにしているよ!」
そう言って、ピエロの人と仮面の人は広場の奥、人の波の向こうに踵を返して行った。
半ば呆然としたままその背中を見送り、振り返ってウィルさんとアインズさんに心のままの気持ちで問おうにもあまりの急展開で言葉を無くし、指先で彼らの歩いて行った方向を指し示すしかできない。
「ああうん、あいつらはこの祭り―――ファス・フルールの主催関係者だな。そして嬢ちゃんの言ったことは大体合ってる。あいつらは遊牧民族だ」
この言葉を聞いて絶句した私は、広場の方とアインズさんの方を交互に見やる事しかできなかった。というのも、既に私はデータさんから遊牧民族の典型的な様子を伝えてもらっていたからである。いくら大道芸を生業としているといってもイメージとの乖離が激しすぎて困惑が止まらない。
『もはや詐欺だわあれ』
データさんの零すような感想に全面同意するほかなかった。
*
せっかく誘われたのだから、ということでまずはグラン・フェスタを廻って見ることになった。ウィルさんは出発前、今回の旅行は私の社会見学ということだったが、こんな遊びまわるようなので良いのかと聞いてみたところ、
「良い。むしろこれこそ、社会見学」
その目は非常に煌めいていた。確かに村とは違う催し物で勉強になることはあるだろうが、半分ウィルさんの私利私欲が入っているような気がしてならない。ウィルさんは自ら悪戯をしかけるのが大好きだが、同じくらい驚かされることが好きなのだ。むしろ仕返しの悪戯を狙って悪戯をしかけている節すらある。
ファス・フルールは町の中心部である大広場を中心に広がっていた。その多くは出店が中心だったが、展開している娯楽は食品だけにとどまらず雑貨や装飾品、果てには書物まで取り扱っている出店もある。特に食品と書物を重点的に回りたい。
そこかしこから漂う香ばしい匂いと目移りする商品に心惹かれながら、私の腰元に巻きついたアインズさんの話に耳を傾ける。
「遊牧民族は初夏から晩秋にかけて、自分の部族を率いて国全域を廻り盛大な催し物を行う。遊牧民族には色んな種族入り乱れているし全国ばらばらに住んでるが、奴らの催しは共通してグラン・フェスタと呼ばれているな。これは大本の祖先が同一であるかららしいが、さらにその年初めてのグラン・フェスタは特別なものとしてどの部族も一際大きな催しとするらしい。だから年初めだけファス・フルールと呼ばれてるんだ。これは冬越えが大変だった時代にあった、無事に春を迎えられたことを祝うファス・フルールっつー祝祭が、現在では冬越えがそんなに大変じゃなくなったために廃れて統合された結果らしい。色々と諸事情が言い伝えになったりして形式化してるみたいだが、本来の祭りの本義である『春を祝い夏を歓迎し豊穣を願う』っつー精神はしっかり根付いてる。つまりグラン・フェスタは開催側にとっちゃ大きな暦の一節であり、大切な行事ってわけだ」
「なるほど。それでこんなに賑やかなんですね」
「まあ奴らはお祭り騒ぎが好きっていう民族性もあるからな。それに祭りは開催される町側もありがたい話なんだぜ。集客が見込めて経済が発達するからな。活気も出るってもんだ」
「街道にあった出店も祭りだから出てたんでしょうか」
「半分は便乗だろうなァ。だが元々の奴らも少なからずいると思うぜ」
メニューは変えてきてるかもしれんがなァ。そう言ってアインズさんはカラカラと笑い、体をうねらせた。すると視界の端から結構な勢いで布の塊が迫ってくる。
ウィルさんだ。
「ったく、また迷ってんじゃねェよぐーちゃん! 嬢ちゃんがはぐれないようにしてんのにどうしてぐーちゃんが先にはぐれるんだ!」
「ふがふが」
「あーッ! また食い物買ってきてー! まだ食ってないのあんだろォがよ!!」
「ふが」
「あ、どうも」
「おいこら自由人!!」
ウィルさんから貰った焼き菓子を頬張りつつ、周囲の喧騒と負けず劣らず声を張り上げるアインズさんと飄々とするウィルさんを眺める。マフラーに隠れたウィルさんの口元には茶色いソースが、拭き損ねたように薄く張りついていた。これはもう一品別なのを食べていそうだ。
ファス・フルールの賑わいは凄まじい熱気と密度で、私みたいな子供が紛れては数分ではぐれるレベルだった。それほどに人が押し押されかきわけて進むような状況なのである。そのためアインズさんの長い体躯をいかして、私とウィルさんがはぐれないようにくっついてあるいていたのだが、最初の目的はどこへやら早々にウィルさんがどこかへ消えたのである。
熱気あふれる祭りの際には、多少の体のぶつかり合いは気にならない。ということでアインズさんがその体を蛇のようにうねらせて引き寄せてみると、両手に出店の料理を携えたウィルさんが現れたのである。「匂い、つられた」とはウィルさんの言だが、まったく悪びれた様子はなかった。むしろおいしそうな匂いを漂わせる出店、ひいては祭りが悪いとでも言いだしそうな雰囲気だった。
アインズさんはふかふかした小さい両掌で顔を覆った。
「わりィ嬢ちゃん……ぐーちゃんを縛る方が先だった……」
ウィルさんに対するぞんざいな扱いと、あまりにも悲壮感あふれるそのぬいぐるみの横顔を見たときは、なんて声を掛ければいいのかわからなくなった。
しかし、と焼き菓子を頬張りながら思う。ウィルさんがこうしてあっちこっち出店の料理を買って回るのもわかる気がするのだ。私も自分のお金があって自由に動き回るほどの度胸がついていたら、丸一日かけて出店を巡回する自信がある。
始めに食べた出店の料理はホットドックだった。切れ目を入れたパンにスタンダードなソーセージと千切りにしたキャベツを挟み込んで、マスタードとケチャップをたっぷりと掛けた一品だ。師匠がたまに買ってくる香辛料がきいたピリ辛のソーセージもいいが、こういう程よい塩味のみのソーセージも良い。その分ケチャップなどと合わせがよくて、味にまとまりが出ているような気がするのだ。
大きく口を開けて頬張れば、パンの表面はカリッと削れて中のふわふわの白い生地に歯が沈み込み、少し遅れてソーセージに歯が食い込むと香ばしい香りと共に肉汁が溢れだした。噛めば滲み出る肉汁は口内を至福で満たし、同時にパンの切れ込みに敷かれたキャベツにもしみ込んで、次の一口はまた違った味わいとなる。私にとってはかなり大きめのサイズだったのだが飽きることなく完食できた。トッピングの特性ケチャップとマスタードが一役買っていたのもあるだろう。その味は親しみがあるようで奥深く、おそらくこのホットドックに合うよう改良を加えてあるのではないだろうか。
次に食したのは綿あめだ。ウィルさんは目に付いた先から買っていってしまうのでメニューにまったく統合性がない。だがウィルさんはこれこそ祭りの醍醐味と言わんばかりに片っ端から出店の人に声を掛けていた。ちなみにこのとき私の手にはまだ口にしていない海鮮の串焼きを持たされていた。この旅行の始まりのことといい、ウィルさんはせっかちさんなのかもしれない。
見た目は空に浮かぶ雲のようだった。正直綿あめが突き刺さった木の棒ぐらいの重さしか感じないし、端の方は透けて見えるほどきめ細かい。しかしほんのり漂ってくる香りは甘く、「私は食べ物なのだ」と堂々と主張しているように思えた。
はふりと優しく口に含むと、綿あめは一瞬で溶けてしまう。手でちぎってみれば繊維が引き攣れ、まさしく綿のような様相だ。指で摘まむと密度が増して若干の粘着性を持つが、そうして張り付いた部分も甘かった。ふわふわでもいいし固くして食べてもいい。手がそこまで汚れることもない、出店らしいおやつだと思う。見た目も雲のようにファンシーで可愛らしい一品だった。
そして今私が食している焼き菓子はカステラというらしい。ケーキのスポンジのように見える――師匠はお菓子も良く作る――が、表面は茶色い焼き色がついていて中身が黄色い。甘みもスポンジより強く、これ一品だけでおやつとして食べられるお菓子だ。鈴のように一口サイズになっているのもいい。一口ではそこまでお腹が膨らまないので次々と口に運んで止まらなくなる。甘みがケーキほど強くないのも要因だろう。
一度カステラを仕舞い、また別の料理を口に運ぶ。先程からウィルさんがひっきりなしに料理を持ってくるので食べ損ねていた海鮮物の串焼きだ。見た感じ三種類の素材が食べやすいように小さく切ってあり、ソースを塗って香ばしく焼いてある。
串のてっぺんを食べてみる。こりっとした表面でありながら、強く噛み締めると綺麗に裂け、噛めば噛むほど味が出る。始めは表面のソースが主張していたが、それがだんだんと薄れてくると素材特有の塩気と風味が顔を出し始めた。しかもこれが中々薄れず、硬めの素材を噛んできちんと飲みこむまで味が続く。
次の素材も弾力がきいていた。茶色いベールに包まれた赤い身は噛み締めると塩気に混じって甘い風味が顔を出す。どうやらこの茶色いソースはこの赤い身の甘みとも相性がいいようで、先程の素材とはまた違う、柔らかく優しい味を醸し出していた。
最後の素材は驚きの硬さだった。歯にあたる感触がこれゴムじゃないのかと思うほどだったが、噛んでいくとそれはこの素材特有の感触であることがわかった。むしろ噛んでいくほどに、他のどの素材よりも濃い味が滲みでてくるのである。しかも口内に広がる味と鼻に抜ける香りが、ソースと相まってか最も強い風味となって味覚を刺激した。癖になる味わいとはこのことだろう。
この素材は細長い帯のような形をしていて、中心にある白い球体に巻きつくような様相で串に刺さっていたのだが、この中心にあった白い部分もまた格別であった。繊維は裂けるように解れ、舌先で割れるほどに柔らかい。巻きついていた部分と同じような味を根本に持ちながらも、舌を刺激し鼻孔を擽る香りは、また違う甘みの効いた旨味であった。
そしてこうして料理を食べているこの状況―――出店の並ぶ賑やかな祭りの最中、活気づいた場所特有の外の香りと、出店から漂う様々な食欲をそそる匂い、すれ違いざまに漂う、通りすがりの人が食べたであろう料理の風味。次はあっちへいこうか、こっちへいこうか。迷いながらもその葛藤は楽しく、嬉しさに満ち溢れていた。そんな状況の中、噛み締める美味な味わいは、いつもと違った風味を以て胃袋を刺激する。
ああ、これは楽しい。ウィルさんがあんなにはしゃいでしまうのも無理はない。あっちへこっちへと目移りして、それでも楽しくて仕方がない。時間がとてももったいなく感じてしまう。
これが祭りの醍醐味なのだなあ、としみじみ思っていたら。
『飯テロおおおおお』
データさんの声にならない雄叫びが聞こえてきた。めしてろ?
リリィは賢い子(マグニ基準)です。




