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師匠と一緒に森から出るとウィルさんとアインズさんが出迎えてくれた。彼女らの傍らには、二頭の黒い馬と黒い箱が鎮座している。形をよく見ると馬車に似ているが、その雰囲気はまるで違う。落ち着いていながら華美で、なんというかとても高級そうだ。
物珍しそうに眺めていると、馬車と目があった。
「辻馬車は初めてにございますか? 御嬢さん」
違った、箱に座った男の人だ。にこりと笑ったその人は、肌も髪も、服装までもが黒に染まっていて、もはや完全に馬車――辻馬車と同化していた。
男の人の問いに小さく頷くと、男の人はひらりと馬車から降りて、私と目線を合わせるように腰を曲げた。
「お初お目にかかります。私めは今回御嬢さん方を乗せる辻馬車の御者を務めさせていただきます、サインと申します。この度はお嬢様方のご旅行の一助となることを喜ばしく思います」
「……!?」
「こらサイン! 嬢ちゃんが困ってるだろうが!」
言葉の三分の一くらいが理解できなくて硬直していると、アインズさんが飛んできた。それを見てサインさんは、ふわりと笑って「申し訳ございません」と浅く会釈をする。
「皆様とは長くお付き合いをさせていただいておりますが、こういった可愛らしいお客様とご同伴されていることは初めてなものですから、どのようなお客様かと思いまして」
「嬢ちゃんは良い子だぞ!」
「リリィ、良い子」
「この子は良い子だ」
サインさんの言葉を受けて私以外の三人が一斉に声をあげる。やめてください恥ずかしいです穴に埋まりたくなります。
また別の意味で硬直していたら、サインさんの笑みが深まる。
「これは失礼しました。お嬢様、お名前をお聞かせ願えませんか」
「あ、はい。リリティアといいます」
「リリティア様、この度のご旅行が貴女にとって良いものであらんことを」
サインさんが深々とお辞儀をしたので、思わず私もお辞儀をして返した。
*
師匠に見送られて出発した辻馬車はのんびりと平原の道を走っている。窓からは陽射しを反射して波打ち煌めく草原が見えていた。
馬車の中はとても居心地がいい。暗褐色の組木はつやつやに磨かれているし、ワインレッドの座席はふかふか。見た目の割に中は広々していてウィルさんぐらいの背丈の人なら足を伸ばせる。私に至っては座席に横たわったとしてもあまりある広さだ。
ふかふかの座席に身を程よく沈ませて、顕現した月瑞月を膝に乗せて話しかけた。
「ねえ、月瑞月。……外って、師匠が言うみたいに怖いのだろうか」
思い返すのはあの師匠のいつにない程真剣な顔。しかし、月瑞月はそれを一笑に付した。
「笑止。あれは主を警戒させるための詭弁であろう。余程主のことが心配であるらしい」
月瑞月は顕現していない刀の状態でも意識があるらしく、部屋で旅行の準備をしていたときの会話を聞いていた。さらに顕現する以前の記憶―――要は、私が月瑞月を授けられてから以前、つまり師匠に使用されていた頃の記憶も所持しているとのことで、師匠に対してはかなり遠慮がなかった。
「外が危険であることは然り。されど主が脅威を感じるほどではあるまい」
「そうなの?」
「あの男の基準は割とずれておるからな」
それはウリベルさんから多少聞いてはいるが、どれほどなものなのか、実はそれほど理解していない。実力がある人は他人に対する評価基準も多少高くなるという話はデータさんから聞いているから、師匠のずれた基準とはそういうことなのだろう。
「月瑞月は、どんな魔物がでるか知ってる?」
「それは千差万別というものだ。されど、あの森ほど凶悪にはあらず」
「ええ……?」
実はあの森、結構危険なところだったりするの……?
すると私たちの会話に興味が湧いたのか、アインズさんが窓から外に向けて伸ばしていた首をこちらへ傾けた。
「なんだァ嬢ちゃん、魔物見たことねェのか?」
「ええと、師匠の家に裏にずっと広がってる森の中でなら」
あそこが基準かァ……、と何故かアインズさんは遠い目をした――平たいボタンの目だけどそんな気がした――が、「まァマグニの弟子だし」と気を取り直すように頭を振った。
「この辺に出るのはガルムとシープ系統だな。ラウンドガルムとシードシープが主なもんか。そんなに大したことねェぜ」
ガルムとシープ。データさんの知識と照らし合わせると、狼と羊。中型の四足魔物だ。
ガルム系統は獰猛で、頻繁に人や家畜を襲うので迷惑がられているらしい。シープ系統はガルムに比べればおとなしいものだが、その行動範囲は広く縄張りに入ってきたものを無差別に襲う習性がある。その為生息地域では大抵足を踏み入れてしまうことになり、高確率で捕捉されてしまうという。
以上、『魔物図鑑 ~初心者冒険者のススメ~』より。
「ま、そんなに怖がらんでもオイラとぐーちゃんがちゃちゃっと倒してきてやるからよ! 安心しな!」
「な!」
きりりとした表情で意気込むウィルさんとアインズさんだったが、ふっかふかの座席に体を沈み込ませているのでこじんまりとした印象の姿となっており、台詞に反して大変可愛らしい光景となっていた。
しかしその宣言は確かなもので、道中襲ってくる魔物はすべて二人が撃退していた。もはや処理と言っても過言ではない状況である。
というのも襲ってくる魔物はガルム系とシープ系で先程アインズさんの言った通り、私の目からも大した魔物とは映らなかったのだが、それにしてもウィルさんたちは片手間に処理していたのである。主にアインズさんが。
例えば馬車の中でお話をしていたとき、外から唸り声が聞こえてきたかと思ったら、「ちっと行ってくらァ」とアインズさんが窓から飛び出していった。が、ものの数秒で帰ってきて、様子を見ようと窓から振り返ってみると首がバッサリ斬り落とされたガルムが数体転がっているのである。あまりに呆気なく、そして無慈悲であった。
思わず沈黙し、アインズさんに何で仕留めたのかと聞いてみれば、
「これ」
と、突然大振りの鎌を取り出して見せたのだ。その鎌は私の目が曇っていなければ、元々は服の掛けボタンのように連なっていた鉛色の飾りボタンであったはずだ。つまりなんの殺傷力を持たないただのボタンが魔物の首を一振りで落とせる凶器に変形したのである。
「……、あ、アインズさんは、ボタンを武器に変えられるのですか」
「厳密にはオイラの体そのものが武器だな。腹のボタンもそうだが、耳は槍みてェにできるし背中から棘を出すこともできるぜ!」
このときアインズさんに頼んで実際に背中の棘を出してもらったが、そこは本来少し太めの飾り縫いが施された箇所だった。それがギャリンと金属質な音を震わせて、もはや棘と形容するのが可愛らしく感じるほどに禍々しい突起物群に変貌したのである。月瑞月がまじまじと見て、「業物である」と呟いたのでかなりの切れ味を誇っているのではないだろうか。元は被服製品なのに。
オイラ中々やるだろ? と、アインズさんは鎌と棘を仕舞い誇らしげに胸を張る。その胸あたりから腹にかけて縫い飾られたボタンがすべて武器にわかると思うと、世の中可愛いだけじゃ生きていけないんだなと感じた。いや、むしろ。
『可愛いからこそ棘を持つのかな』
うん、そうだねデータさん。この様子だとウィルさんも凄まじいことになりそうだ。
……と、思っていたら。
「それでなんの話だっけ? 町の話?」
「これから向かうラウンズベリーについてです」
「ああそうだったなァ、どこまで話したっけぐーちゃん?」
「【火球】、【火球】、【火球】、【火球】、……町の場所と様子」
「あーじゃあ次は産業かァ?」
「そうだね。――【雷撃】」
ガッシャァン
「……」
「ん? どした嬢ちゃん」
どうやらウィルさんは会話の最中であっても魔術を練り上げ遠隔で魔物を仕留めるほど魔力の制御に長けていらっしゃるようだ。私の『レーダー』から次々と魔力反応が消えている。この馬車の中にあっても音が響いてくるぐらいの威力も保持しているらしい。
しかしウィルさんの魔術は少し様子が違う。魔力の込められ方が、私の教わっている魔術と違う気がするのだ。
魔術は練り込んだ魔力を放出する際に想像力を働かせることで初めて発動することが出来る。例えば『水球』ならば水の魔力に〈丸〉のイメージを与えることで発動される。つまり魔術とは魔力を原動力にした想像の塊なのだ。〈丸〉に加えて〈停止〉と〈清純〉を与えれば飲み水としてしようすることもできる。原質的に決まった型などはない。しかし基礎などはなるべくスムーズに技術のステップアップができるようにお手本として『水球』『水槍』『水爆流』などが用意されている。
そしてこういった魔術を発動させるときには多少なり魔力を選別し練る必要があるので、多少なり魔力の溜めが生じる。熟練であればあるほどこの溜めは短くできるそうだが――師匠の場合は瞬きで終わる――、ウィルさんのはそういった風には感じなかった。溜めて打つのではなく、打ってから魔力が発露したような―――言葉を発すると同時に魔力が発生したように感じたのだ。
首をひねっていると、口元にウィルさんのぬいぐるみが押し付けられた。そのままもぞもぞとぬいぐるみの口が開く。
「また、教えるよ」
「え」
「不思議そうにしてた。リリィは勘がいいね」
ウィルさんの目元が困ったように細められていた。膝にいた月瑞月がウィルさんを見上げる仕草をする。
「主と同種の魔法か?」
「推測は自由。秘密、ね」
細められた目の奥に茶目っ気が輝いていた。
*
それからの道中、私が戦闘を行うことはなかった。ラウンズベリーにたどり着くまでの野営でも魔物除けの魔道具を設置していたため襲われることはなかったし、例え襲われたとしてもアインズさんを筆頭にウィルさんたちが相手をし、それでも零れてきた場合はなんとサインさんが対峙していた。「お客様をお守りするのも御者の勤めにございます」とほほ笑んだサインさんが、一般的な御者として正しいのかどうかは私の知るところではない。が、淡々と確実に魔物を仕留めていく中で返り血を全く浴びていなかったその立ち姿を見て、私はまだまだこの世にはすごい人がいるものだという痛感すると共に自分の実力不足も感じた。まだ私はあれほど華麗に舞うことはできないだろう。
旅路は順調そのものだった。そして旅立って三日たち、私たちはラウンズベリーにたどり着く。
「それでは一七時にお迎えにあがります」
町の街門を抜けたところでサインさんとは別れることになった。ラウンズベリーの滞在時間は半日。今が昼の一一時で、その六時間後に迎えにきてもらうそうだ。車窓から煉瓦造りの門を見上げる。
街門には関所が設けられていた。アインズさん曰くそこそこ商業が発展した町で、ならず者が入り込んだ場合のリスクが大きいのだそうだ。窃盗、暴動など治安の悪化が懸念される町はある程度裕福で大きい傾向があるらしい。ラウンズベリーも例に漏れず、しかし「そこそこ」と形容したことからそれほど厳格なチェックはされなかった。
チェックは持ち物の確認と身分証の確認のみ。月瑞月は刀に戻したものの、私は身分証を作った覚えがなくて慌てたが、いつのまにかウィルさんがチェックを終えていた。
「リリィの鞄、入ってた」
「……」
きっと師匠の仕業だろう。私の身の回りすべてを整えてもらっているようで若干居たたまれない。あと知らないところで自分のプライバシーが形作られていたことに複雑な気持ちになった。
馬車が門を抜けるかというところで、関所の門番らしき男性と目が合う。
「ようこそ、ラウンズベリーへ」
人好きのする笑みを浮かべたその男性へ、きっと同じくらいの笑顔は返せないだろうから会釈だけに留めた。
町の中は街門と同じ煉瓦造りの建物が多く見られた。その建物は村のよりも大きく高く、そしてしっかりしているように見える。村の建物は木造がほとんどだから当然だろうか。馬車の走る街道の脇には多くのテントが軒を連ねており、そこから香る匂いと活気の良さに思わず目を光らせる。
「ウィルさん、アインズさん! あれがそうですか!」
「そうさ、あれが出店ってやつだ。大抵がお手軽に食えるもンばっかだが中々いけるようだぜェ」
「ん」
そう、出店。数多の料理を並べて通行人にその芳香を漂わせて待ち構える、町の特産品を多く使用した料理を提供する簡易店舗。
ラウンズベリーの特産品はこの土地で豊富にとれるベリー各種だ。非食用から食用まで約二百種が確認されているそうだが、この多種多様なベリーは食用のみならず染色にまでその活躍をみせている。そのためこのラウンズベリーの商業は食品と被服が頭一つ抜けて発達しており、この発展ぶりは国の五指に数えられるほどであるという。
ウィルさんたちがこの町に訪れた理由は被服関連にあるらしいが、私は専ら食品に心惹かれてしまう。アインズさん曰くベリー系は甘味が定番だが、甘味に適さないベリーの種類があるらしく、そういったベリーは肉の熟成に一役買ったり、添え物、和え物など、ベリーの種類に対応するが如き数々の手法で料理されているとのことだ。
正直よだれがとまらない。
「食いしん坊だなァ」
「流石、マグニの弟子」
「あいつも食道楽だからなァ」
「リリィ、……出てる」
「っ、じゅる」
後々、「あのときのリリィは無表情のままなのに目だけキラキラしてて、半開きの口からもキラキラしたのが零れてた」と聞かされ、穴に埋まりたくなった。




