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物繰りの魔女  作者: あずきりこ
第二章 リリティアの魔法と人形遣い
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2

お久しぶりです



 グウィングルさんがいうには、師匠の恋人は三人。内二人がウリベルさんとグウィングルさんで、どうやらもう一人いるらしい。そしてこの三人は皆仲が良く、皆が師匠の恋人であることに異論ないとのことである。しかし一般的に一夫多妻的な関係性はあまり許容されるものではないので、よっぽど深い関係でなければ師匠たちの関係は告げられないとのこと。

 それもそうかと一人納得した。それで師匠は隠そうとしたのだろう。まさか私がこんな変な倫理観を持っていたとは思うまい。実際師匠はとっても困惑した表情をしていた。

 そして今回グウィングルさんが師匠を訪ねた理由と云えば。


「リリィを見に来た」


 まさかの私であった。困惑して変な声しか出ない。


「え、な、なんで……?」

「マグニ、ああ見えて友達少ない。人とそんなに関わらない。だから、リリィを弟子にしたこと、すごく珍しい」

「正直アイツが嬢ちゃんを弟子にとったなんざ、オイラたちにとっちゃ晴天の霹靂だ。こりゃあどんな子か見るっきゃねェと訪ねてきたわけよ」

『パンダが来た動物園か何かかな』


 データさん、それはつまり珍獣扱いってことでいいのかな?


「流石マグニの弟子。変わってる。良い子」


 グウィングルさん、褒めてるのか貶してるのかよくわからないです。頭撫でて来るからたぶん褒めてるんだろうけど、変わってるって言われて喜んでいいのかよくわからない。師匠は師匠でなんでそんなに深く頷いてるんですか。なんなんですか?


「それで? どうせ君も泊まっていくんだろう?」

「うん。一か月」

「一か月!?」


 そしてかなりの長期間滞在であった。


   *


 グウィングルさん―――通称ウィルさんが師匠の家に泊まり始めてから五日。ウィルさんは驚異の速さで村に馴染んでいた。

 ウィルさんが初めて村に訪れたのは、私が村周辺の案内を師匠から任されていたときだった。私の目から見ても異様な風貌をした彼女の案内を、大人でない私がしても大丈夫なのかと不安に思っていたら、師匠はとってもいい笑顔になった。その笑顔の意味を、私はその翌日に知ることになる。

 次の日の青空教室へ向かう途中の道で、ウィルさんとアインズさんが近所の農家のおばあちゃんと一緒に草むしりをしていた。さらに青空教室の最中ふと視線をあげると、教壇に立っている師匠の向こう側のあぜ道で、村のおばさまたちと会話して歩くウィルさんとアインズさんの姿が見えてわが目を疑った。そして青空教室が終わるとテナが近くまで来ていたウィルさんとアインズさんのもとに駆け寄りにこにこと会話していた。とどめに半ば混乱したまま帰宅したら、早くに帰宅していた師匠に生暖かく微笑まれた。

 わけがわからない速度だが、ウィルさんたちは初対面の人と打ち解けるのが大変早いらしい。「あんな見た目だが人に好かれやすい」とは師匠の言葉である。師匠も始めはすごく驚いたらしく、その体験もあってあたふたするであろう私のことを面白く思っていてあんな笑顔になったんじゃないだろうか。ちくしょうめ。

 日が経つほどにウィルさんは村の人気者になっていった。昨日なんか、おばさま方に引っ張りだこになっていたところを見かけたぐらいである。私の感覚がおかしいだけなのか、それとも村の外にはウィルさんたちのような人がいっぱいいるからみんな違和感を抱かないだけなのか。


「あのねーちゃん、変だよな」

「変だけど面白いよね」

「アインズちゃん可愛いよね!」

「おねーちゃんもアインズちゃんももこもこでふわふわなのー」


 結論。見かけのヘンテコ具合を凌駕するぐらいには、魅力あふれる人であるらしい。ちょっと度が過ぎるほどのホイホイ具合だが。

 でもみんながウィルさんを好きになるのもわかる気がする。口数は少ないが、そこはほとんどアインズさんが代弁してくれるのでコミュニケーションは成り立つし、会話があまりなくても一緒にいるだけで心がほっとする人だ。別に話が途切れても気にならないというのもある。また気配りがきいていて、いつのまにかお茶が出ていたり、洗濯物が取り込んであったり、お皿が洗ってあったりする。

 逆にウリベルさんは、一緒にいて暖かい人だ。彼女といると、話が途切れるどころか、色々と話したいという気持ちが湧いてくるため会話が途切れることがない。それはそれで、あの人の魅力なんだと思う。ちなみにウリベルさんは家事を一緒にやりたがり、彼女が家に滞在していたときは大抵私と一緒に家事をしていた。

 閑話休題。

 つまり、ウィルさんはとてもいい人だってことなんだが、たまに何を考えているかよくわからなかったりする。あまりしゃべらないというのもあるが、あの人はちょっと悪戯好きというか、ことあるごとに人を驚かせようとするのだ。


「……、ごめんウィル、何を言ってるのかよくわからないんだけど?」

「リリィ、つれてく」


 この現在の状況も、ウィルさんの悪戯の一環なんだろうか。


   *


 事の発端は良く覚えていない。ただ、とても唐突だったという印象だけが残っていた。

 私は朝起きて、身支度をして、今日のご飯はなんだろなと思っていたら、廊下で鉢合わせたウィルさんに突然拉致られた。正確には、アインズさんに巻きつかれて抱えられたのである。

 だがこのとき、私はそれほど驚かなかった。というのもウィルさんたちが滞在してからのこの数日、数々の悪戯――膝かっくん、ブーブークッション、ビックリ箱、背後からの脅かし等々――を受けてきたため、早々に耐性が付いたためである。「嬢ちゃん肝据わってんなァ」とはアインズさんの弁だが、正直言って二時間に一回の頻度で脅かされたらそりゃあ慣れるもんでしょう。それに驚かしてすぐに「ばあー! びっくりした? なあ、びっくりした?」というテンションで姿を現すものだから中々憎めない。こういうところが人に好かれる所以なんだろうか。

 だがこのときは少し様子が違って、二人とも私に話しかけることなく足早にリビングへ向かっていった。「あれ?」と思う間もなく二人が向かったのは、リビングで朝食の準備をしていた師匠のところ。師匠は私たちを見てきょとんとした。

 そして。


「今日、リリィ、つれてく」


 この発言を以て、冒頭の場面に戻るわけである。

 師匠は眉間を揉んで、難しそうな表情をした。


「……言葉が足りない。どのくらいの時間、どこへ、何の目的で?」

「一週間。ラウンズベリー。社会見学」

「は?」

「あ、もちろん嬢ちゃんの、だぜ?」

「へっ?」


 私?


「何でまたそんな突然……、行動が読めないのはいつものことだけど、今回ばかりは背筋が冷えたんだが」

「それは良い」


 ウィルさんのたれ目が弓形に細まる。師匠を驚かすことが出来てとても楽しそうだ。今回のこれは、私ではなく師匠へのドッキリが主であったらしい。

 しかし私の、社会見学とはどういうことだろうか。しかも一週間の外出。それにラウンズベリーとはどこだろう?

 楽しそうにするだけのウィルさんを見かねてか、アインズさんが私を抱えたままその鎌首を師匠に向けた。


「ここ数日の嬢ちゃんの様子を見て、この村じゃ『狭ェ』と思ったんだよ。足りないわけじゃねェ、むしろこの数年はここでいいだろう。だが外に出ないのはいけねェと、オイラも感じたのさ。嬢ちゃんはもっと色んなものを見て良い」

「……、リリィのことを思って考えてもらったのは嬉しいけど、いくらなんでも突然すぎやしないかい? しかもラウンズベリーって、そんなに遠くなくても……」


 眉をひそめる師匠を、アインズさんは鼻で笑った。


「心配すんなィ、オイラとグーちゃんがいるんだぜ? それに辻馬車も呼んだ、時既に遅し、ってやつなんだよ」

「用意周到な……」

「じゃ、いこ。すぐいこ。ね、リリィ」

「ええ?」


 こちらを見つめるウィルさんの目がとてもきらきらしている。ああ、これを断るなんてとんでもない! 私には無理だ!!

 しかし私がこれから連れて行かれる場所は、師匠によればかなり遠いらしい。つまりはちょっとした旅行ということになるのだろうか。つじばしゃ、というのがよくわからないが、移動する手段であることは確かだ。

 私はこれから見知らぬ土地に向かう。そう知って、胸がどきどきと高鳴り始めた。


「……楽しそうなところ悪いけどね、君はともかくリリィは色々準備しなきゃいけないから降ろしてもらえる?」

「ん? おお、悪い。嬢ちゃん苦しくなかったか?」

「は、はい」


 むしろふっかふかに包まれて大変心地よかったです。

 だが旅行のためには準備が必要なことを忘れていたとは……『ビーストさんとエルフさん』には、新しい街に訪れる度に買い物の光景が描かれていたというのに。ちょっとした失態に少し落ち込む。

 ウィルさんたちは森の外で待っている、と言って家を出て行った。その背中を見送ってから師匠を見上げる。


「あ、の。いいんですか? 町に、行って」


 これまで師匠が私を町につれていくことはなかった。それは私が至らないから、もしくは師匠側に事情があるのだろうと解釈していたのだが、ウィルさんたちの勢いに押されるままだった師匠に事情やらなんやらという理由があるようには思えない。私の考えは外れていたのだろうか?

 すると師匠は珍しく、笑みさえ浮かべずに眉尻を下げて大きなため息をついた。


「あの勢いを見ただろう? ああなったらもう止められないから、とどめようとはしないでできるだけ干渉してその方向性を変えていくのが一番なんだ」

「はあ」


 ウィルさんたちは猪かなにかか?


「本当は私がリリィをつれていきたかったけど……仕方ない、かあ」

 なんだか残念そうにしている師匠に思わず慌てて口を開く。

「師匠が嫌なら行きませんよ! 師匠が私を連れて行かないのは私が至らないからだろうし、」

「ああ、いや違うよリリィ。いいんだよ行っても」


 今度は小さく笑って、師匠はかがんで私と視線を合わせる。


「だって知りたいんだろう? 色々なことを。リリィの望む様にと、約束したのは私だからね。私のできる限り叶えていくよ」

「……!」


 それは私と師匠の一番初めの約束事。それを口にした師匠の蒼い瞳はどこまでも透き通っているように感じて、知らないうちに見入ってしまうほどの煌めきを湛えていた。


「でも町には今度私が連れて行くつもりだったんだけどね、ウィルに先を越されてしまったな」


 そう言って肩を竦める師匠の笑みには少しだけ苦み―――悔しさが混じっているように見えた。

 そのあと師匠の後をついて私の部屋に戻り身支度を始めた、のだが。


「いいかい、いくら私から武術に魔術を習っているからといって油断してはいけないよ。ラウンズベリーってところはここよりももっと人が多いから相対的に悪い人が多くなる。リリィみたいなかわいい子はすぐに悪い人に目をつけられてしまうから、絶対にウィルの傍を離れちゃいけないよ。もし悪い人に出くわしたら速攻で武術や魔術を叩き込んでやるといい。金的でも目つぶしでも喉輪でもなんでも構わないよ。むしろ私がつぶしに行く」

「……」


 師匠はどこからか取り出した黒に茶色のベルトがアクセントなトランクを取り出し、そこに服一式を詰め込むと、途端に真剣な顔をして以上のことを話し始めた。私といえば、もう一つの肩下げ鞄に筆記用具とお財布、暇つぶし用の本を詰めていたところだったのだが、鬼気迫る表情で語り始める師匠の声を聞いて、完全に固まってしまった。地を這うほどに低く鋭いその声音は初めて聞いたものだった。


「それに道中は魔物がでる道もあるからね、もし見かけたら『ウィンドアロー』でもなんでも遠隔でぶつければリリィなら一発だから。決して近づいちゃだめだよ。相手は魔物なんだ、一瞬の油断が命取りになる。集られて怪我でもしたら血の匂いに誘われていっぱい出て来るよ」

「……」


 あの、師匠、村の外ってそんなに怖いんですか。


「も、森の魔物より、怖いんですか」

「同じくらい怖いよ」


 まじですか。真剣な表情で答えた師匠の言葉に戦慄を覚え怖気が走る。あの森で息をひそめやり過ごした、あのでかい熊やトカゲ、サソリと同じようなのがうろちょろしてるっていうんですか!

 あれは本当に怖かった。森の中を魔物に見つからないよう、ひたすら逃げ続ける修行は今も続いていて、現在は魔物の姿を確認することなく逃げ回ることが可能になったが、最初の頃はそうじゃなかった。上手く魔物のテリトリーや察知範囲を避けることが出来ず、襲いかかられたことが何度もあったのだ。私なんてそこらに転がる木の実に見えるレベルの体格を持つ魔物が殺気を滾らせて猛然と迫ってくる様は今でも思い出せる。師匠がこの修行に移る直前に、『レグアクセル』――足元に風を纏い移動速度を上げる魔術。練習中私は何度も吹っ飛んだ――をマスターさせたのはこのためだったのだろう。

 森の中は木が入り組んでいて、すばやく蛇行することで逃げ切れた。しかし村の外にも森が広がっているとは限らない。これは、気合をいれていかなければ……!

 師匠は意気込む私を見て満足げに頷き、私に薄手の外套を一枚羽織らせる。そして枕元に置いてあった月瑞月を私の手に乗せ、しかと握らせた。


「なにかわからないことがあったら月瑞月に聞くと良い。いいかい? 外は怖いところだ。いいね?」

「は、はい」


 でも師匠、なんか若干洗脳じみてやいませんか。



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