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亀山探偵事務所ーー亀、空を飛ぶ。  作者: もちむぎ


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第二十章 最悪の筋書き

第二十章 最悪の筋書き


 給水所から弟へ連絡を送ると、亀山は携帯を握ったまま、返事を待った。


 ベンチには羊山明が横たわっている。


 係員たちも、呼び掛けに応じなかった。


 獅子音が一人ずつ呼吸を確かめ、身体が傾いている者を支えていた。


「皆、息はしてる。でも、このままにはできないね」


「人を手配してもらっています」


 亀山は答え、兎月を見た。


 兎月はベンチの端に座り、両手を膝へ置いていた。


 意識は戻っている。


 ただ、立ち上がった時のふらつきは、まだ残っていた。


「兎月さん。お母様に言われたことで、ほかに思い出せることはありますか」


 兎月が顔を上げた。


「薬を飲んだ後のことでも、構いません」


「……今朝、何か言っていました」


 兎月は眉を寄せた。


「夢の中の話みたいで、はっきりしないんですけど」


 亀山は、続きを待った。


「お前と彼女を、どこかの国で一緒にしてやる。向こうで仲良く暮らせって」


 獅子音が振り向いた。


「どこかの国?」


「その言葉が、よく聞き取れなくて……。でも、母は、そんな言い方をしません」


 兎月は膝の上の手を握った。


「声も、違いました。低くて、男の人みたいな……」


 亀山は、息をゆっくり吐いた。


 母ではない何か。


 愛する者を見つけた時、黄泉の国から引き戻される魂。


 百五十年前の事件。


 考えたくない筋書きが、形を取り始めていた。


「……黄泉の国、ではありませんか」


 兎月が亀山を見た。


 獅子音も、足を止めた。


「黄泉って、あの世?」


 亀山は頷いた。


「そう聞こえた可能性は、ありませんか」


 兎月は目を閉じた。


 しばらくして、ゆっくり開く。


「……そうかもしれません」


 亀山の携帯が鳴った。


 弟からだった。


 医師と調査員が、こちらへ向かっている。


 亀山はその返事を読み、続けて質問を送った。


 百五十年前、兎束家が娯楽の四方になった時の当主。


 その人物と、喜美子の血縁関係。


 調べられる範囲で、急いで確認してほしかった。


「亀山」


 獅子音が呼んだ。


「何を考えてる?」


 亀山は携帯を下ろした。


「これからお話しすることは、確認できた事実ではありません」


 二人の顔を見た。


「今、考えられる最悪の筋書きです。違っていてほしいと思っています。ですが、もしそうなら、止める必要がある」


 獅子音が頷いた。


 兎月も、亀山を見ていた。


「百五十年前、龍王様がかけた呪いがあります」


「猿木さんの事件の?」


 獅子音が尋ねた。


「ええ。関わった者の子孫が愛する者を見つけた時、その魂が蘇るというものです」


 兎月が、小さく息をのんだ。


「子供の頃……家の話を聞いた時に、そんな話が出た覚えがあります」


「もし、あの事件に関わった者が、兎束家にいたとしたら」


 亀山は続けた。


「兎月さんが友香さんを愛するようになった。それを知る者は、君の中にその魂が蘇ったと考えるかもしれません」


「ボクの中に?」


「はい。君は今、見た目も、話し方も、普段とは違う。何かを尋ねられても、上手く答えられなかった」


 兎月は、自分の手へ目を落とした。


「そこへ、お母様が、息子が別人のようになったと話せば」


 獅子音が口を開いた。


「母親の言葉なら、信じる人はいるだろうね」


「ええ。ですが、本当に別の者がいるのは、喜美子さんの方かもしれない」


 亀山は兎月を見た。


「君を薬で動けなくし、自分の代わりに見せようとしているのではないか。僕は、それを疑っています」


 兎月は黙っていた。


 獅子音が腕を組む。


「でも、その呪いは、愛する人を見つけた時なんだろう。奥様は、ずっと前から息子を愛していたはずだ」


「愛する相手は、恋人に限りません」


 亀山が答えた。


「もし、兎月さんが生まれた時に、喜美子さんの中へ宿っていたなら」


「生まれた時から……」


 兎月が呟いた。


「けれど、それなら何故、今になって身体を奪えたのか。それは、まだ分かりません」


 亀山は言った。


「友香さんとの交際に反対するようになった頃、何かが変わったのかもしれない。今は、その程度しか言えません」


 獅子音が、給水所の向こうへ目を向けた。


「仮に、そうだとして。兎月を身代わりにした後、どうするつもりなんだ?」


「友香さんと、黄泉の国で一緒にする」


 亀山は、兎月が思い出した言葉を繰り返した。


「大会で負ければ、結婚は認められない。そのことを苦に、二人で命を絶ったように見せるつもりではないでしょうか」


 兎月が立ち上がりかけた。


 獅子音が肩へ手を置く。


「待って。まだ、彼の考えだ」


 亀山も頷いた。


「はい。だから、友香さんを探してもらっています。君にも、もう薬を飲ませない」


 兎月は座り直した。


 呼吸が速くなっていた。


「……母は、どうなるんですか」


「もし、本当に身体を奪われているなら、喜美子さんも助けなければなりません」


 亀山が答えた。


「君のお母様を、犯人と同じように扱うつもりはありません」


 兎月は、しばらく地面を見ていた。


 それから、顔を上げる。


「ボク、まだ薬が効いているふりをします」


「兎月さん」


「母の姿をした誰かは、ボクが何も分からないと思っています。今朝も、ボクの前で平気で話していました」


 兎月の声は震えていた。


 それでも、亀山から目を逸らさなかった。


「元に戻ったと知られたら、何をするか分からない。だったら、まだ分かっていないと思わせたまま、何をするつもりなのか、聞きたい」


 亀山は、すぐには答えなかった。


 その間に、獅子音が言った。


「君を一人で行かせるのは、嫌だな」


「……はい」


「やるなら、追えるようにしよう。途中で無理だと思ったら、すぐ知らせる。それは約束して」


 兎月は頷いた。


 亀山は携帯を取り出した。


 蛇森へ、今の状況を送る。


 兎月が意識を取り戻したこと。


 喜美子の中に、別の者がいる可能性。


 友香を見つけたら安全な場所へ移し、犯人が来ても、まず相手を確かめてほしいこと。


 送信してから、二人へ顔を向けた。


「君がゴールする時、僕は会場にいたい」


 兎月の様子を見た喜美子が、途中で動くかもしれない。


 友香の居場所を知っているなら、捜索する蛇森たちより先に、そこへ向かう可能性もあった。


 亀山は弟へも連絡した。


 喜美子を一人にしないこと。


 会場を離れようとしたら、できるだけ引き留めてほしいこと。


「問題は、僕が間に合うかどうかですね」


 亀山は、下り坂の先を見た。


 来た道を、また二十キロ戻る。


 足は、もう重かった。


     *


 マラソンコースとは別の道から、車が上がってきた。


 荷台に人を乗せたトラックと、搬送用の車が停まる。


 白衣姿の犬族が降り、亀山たちへ近づいた。


「医師の犬崎です。意識のない方はこちらですね?」


「はい。ここの飲み物を口にした可能性があります」


 亀山が給水用のテーブルを示した。


 犬崎は頷き、仲間へ指示を出す。


 明と係員たちの診察が始まった。


 亀山は兎月のことも伝えた。


 犬崎が兎月の目や脈を確かめ、いくつか質問する。


「飲まされた物が分からない以上、病院で診た方がよいのですが」


「ボクは、今、戻らないといけないんです」


 兎月が言った。


 亀山も、事情を説明した。


 犬崎は、難しい顔で聞いていた。


「無理はしないでください。気分が悪くなったら、すぐに動くのをやめる。連絡が取れるようにしておいてください」


 亀山は犬崎と連絡先を交換した。


 明たちの診察を終えた隊員が、こちらへ合図する。


 犬崎が一度確認し、戻ってきた。


「今のところ、呼吸と脈は安定しています。飲み物も採取しました。詳しく調べるため、皆さんを搬送します」


「お願いします」


 亀山が頭を下げた。


 その横で、獅子音がテーブルを見ていた。


「結局、ここの水は飲めないんだね……」


 犬崎が、自分たちの車から水を持ってこさせた。


 亀山は礼を言い、受け取る。


 獅子音が、ようやく長く息を吐いた。


「生き返る……」


 その時、亀山の携帯が鳴った。


 蛇森からだった。


『友香さんを保護した。意識は戻っていないが、息と脈はある。これから病院へ運ぶ』


 亀山は画面を二人へ見せた。


 兎月が口元を押さえた。


 獅子音も、肩を下ろした。


「……見つかったね」


「はい」


 亀山は短く返事を送った。


 喜美子が連れていくつもりの場所は、もう分かっているのかもしれない。


 蛇森が送ってきた位置を確かめ、弟にも伝える。


 顔を上げると、獅子音がトラックを見ていた。


「亀山。君を先に戻す方法、あるかもしれない」


「車に乗るのですか?」


「乗る……まあ、乗るけど」


 獅子音はトラックの荷台へ近づいた。


 積まれていた荷物の間から、平たい鉄の板を引き出す。


「犬崎先生。この車、城へ続く道を走ってもらえますか」


 犬崎が振り向いた。


「こちらのトラックですか? 搬送に使う車とは別ですが……何のために?」


「少し、借りたいんだ」


 獅子音が、板とロープを見比べた。


 亀山は、その手元を見ていた。


 何故、車の座席ではなく、地面の鉄板を見ているのか。


 嫌な予感がした。


 獅子音が振り返り、にっこり笑った。


「はい、亀山。ここに座って」

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