第十三章 虚偽の報告
第十三章 虚偽の報告
事務所へ戻ると、蛇森はまず友香へ連絡を入れた。
姉弟は、無事に社員寮へ着いていた。必要な物も運び込まれ、二人とも部屋で落ち着いているという。
蛇森は返事を送り、携帯をテーブルへ置いた。
「二人とも、着いたって」
「よかった」
亀山は上着を脱ぎ、自分の机へ向かった。
蛇森も向かいのソファへ腰を下ろす。
「それで、ほかに何が分かった?」
「弟から、いくつか連絡が来ています」
亀山がパソコンを開いた。
「建設会社の件は、まだ書類を調べているところです。それとは別に、獅子音から情報が回ってきました」
「ああ。食材が届かないとか、食中毒とかで忙しいんだろ?」
「それが、報告された店を調べても、該当する出来事が確認できなかったそうです」
蛇森は眉を寄せた。
「どういうことだ?」
「食材は届いていた。食中毒を起こしたという店も、そんな事実はないと言っている。仕入れ先や来店客への確認も進めた結果、報告の多くが虚偽だったと分かってきたようです」
「わざわざ、嘘を知らせた奴がいるってことか?」
「ええ」
亀山は画面を操作した。
「こちらを見てください」
蛇森は立ち上がり、机の横へ回った。
画面には、一つの動画が開かれていた。
『四方の調査員に店長が連れていかれたんだけど』
題名の末尾には、笑いを表す文字がいくつも並んでいた。
亀山が再生する。
最初に映ったのは、飲食店の事務室らしき場所だった。
店のロゴが入った用紙を、誰かがファクスへ差し込む。画面が寄ると、食事をした客数名が食中毒の症状を訴えている、という文面が読めた。
店側の対応まで、細かく書かれている。
送信の操作をすると、画面に文字が出た。
『準備完了』
場面が切り替わった。
数日後、と表示される。
今度は営業中の厨房だった。
スーツ姿の調査員が数人、店長らしき男へ話しかけている。
「うちでは、そんな報告はしていません」
男の声が聞こえた。
調査員が用紙を見せる。男はそれを読み、首を振った。
「いや、だから、知らないんです。何かの間違いでしょう」
画面に、また文字が重なった。
『この店、終了のお知らせ』
『店長、泣きそう』
やがて男が調査員とともに事務室へ入ったところで、動画は終わった。
蛇森は、画面を見たまま動かなかった。
「……何だよ、これ」
「虚偽の報告を送り、調査員が来たところを撮影したようですね」
「これを撮った奴が、報告したのか?」
「その店の従業員だと確認されたそうです。店の用紙を使い、内部から送信していたので、獅子音側も店からの正式な報告として受け取った」
蛇森は、動画の題名を見た。
「自分の働いてる店だろ。こんなことしたら、客が来なくなるじゃないか」
「そこまで考えたのかは分かりません。ただ、この動画は随分再生されています」
再生回数の数字は、桁が多かった。
評価の数は、それほどでもない。
「再生されれば、配信者には収益が入ります」
「それで、店を潰しかけてんのかよ」
「同じような動画が、ほかにも上がっています。衣料品の店や、建築関係の会社でも」
亀山が一覧を表示した。
従業員が上司に何かを仕掛け、困った姿を撮影する。調査員が来た場面を切り取り、面白がるような文字を添える。
蛇森は一つずつ題名を読んだ。
「全部、別の奴?」
「今のところ、配信者はそれぞれ違います」
「店の悪事を知らせるため、とかじゃないんだな」
「少なくとも、この動画では自分で虚偽の報告を送っています。問題を知らせるのではなく、問題を作っている」
蛇森は腕を組んだ。
「これ、消せないのか?」
「店側が削除を求めているそうです。ただ、その間にも保存されたり、別の場所へ転載されたりしている」
亀山は別の画面を開いた。
同じ厨房の映像が、違う題名で投稿されていた。
「元の動画を消しても、広まったものを全て回収するのは難しいでしょうね」
「……面倒なもん作ったな」
「ちなみに、この配信サービスは、どの四方の管轄だと思いますか?」
蛇森は亀山を見た。
「娯楽……兎束か」
「ええ。運営しているのも、兎束の傘下にある会社です」
蛇森は、椅子の背へ手を置いた。
「また、兎束?」
「そうなりますね」
「友香さんのことを調べても、流兎の解雇を調べても、こっちを調べても出てくるじゃないか」
「だからこそ、分けて考えなければなりません」
亀山は動画を閉じた。
「友香さんと流兎さんを狙った件と、各地から四方へ届いている虚偽の報告。今は、一つの事件だと決めない方がいい」
「確かに、やり方は違うな」
蛇森は、机の端へ腰を預けた。
「姉弟の方は、暮らしていけなくするような嫌がらせだ。動画の方は、再生されりゃ金になる」
「ええ。ただ、四方へ届いた報告は、動画になっているものより、はるかに多いそうです」
蛇森が顔を上げた。
「動画を撮ってないのもある?」
「あるいは、まだ見つかっていないだけかもしれません。ですが、再生回数が目的なら、撮影も投稿もせず、虚偽の報告だけを繰り返す理由がありません」
「じゃあ、何のためだよ」
「調査をする側は、どうなるでしょう」
蛇森は、狸野亭で聞いた話を思い出した。
落書きの報告をしたのに、忙しくて手が回らないと断られた。
「……四方の仕事を、増やすためか?」
「弟のところも、同じです。一件ずつ確認し、会社へ出向き、関係者の話を聞く。嘘だったとしても、それを確かめるまで、人と時間を使います」
「本当に困ってる店へ、行けなくなる」
「ええ。狸野亭でも、そうなりました」
蛇森は椅子から手を離した。
あの落書きがなかなか消えなかったことも、友香が泣いていたことも、思い出した。
嘘の報告を調べる間に、本当の被害が後回しになる。
「弟は、連日、あまり眠れていなかったようです」
亀山が言った。
「階段で足を踏み外したのも、疲れが原因ではないかと」
「ああ……それで怪我したのか」
朝は、その話を聞いて笑った。
亀山が走ることになった方ばかり、面白がっていた。
蛇森は、口を閉じた。
「獅子音と羊山にも、確認したいことがあります。どの時期から報告が増え、誰がどれほど対応に追われているのか」
「四方を疲れさせるのが、目的だと思ってる?」
「その可能性を考えています」
亀山は、机に重ねた新聞を引き寄せた。
龍王祭の記事が載っている紙だった。
蛇森は、その見出しを見た。
「……大会?」
「まだ、分かりません」
亀山は答えた。
「ですが、もし出場する者が対応に追われ、休むこともできなかったら」
「走る前から、へとへとだ」
「実際、弟は出場できなくなりました」
蛇森は新聞から、パソコンへ目を戻した。
「兎束だけは、その虚偽の報告に追われてないんだよな?」
「少なくとも、今、聞いている範囲では」
「ますます怪しいじゃないか」
「怪しいことと、誰が指示したか分かることは、別です」
亀山は新聞を置いた。
「サービスを運営しているからといって、そこで起きた全てのことを、兎束家の当主が命じたとは限りません。報告した者を調べ、どこにつながるのか確かめる必要があります」
「簡単には、口を割らないかもな」
「そうでしょうね」
その時、亀山の携帯が鳴った。
画面を見た亀山の顔つきが変わる。
「蛇森くん。狸野亭へ戻りましょう」
「今から?」
「ええ」
亀山は携帯をしまい、上着を取った。
「落書きをした者が、見つかったそうです」
蛇森はすぐに携帯をポケットへ入れた。
さっきまで見ていた動画のことも、大会の記事のことも、頭に残っていた。
けれど今は、狸野亭へ急ぐ。
亀山が開けた扉を押さえ、その後を追った。




