第15話:無へと還る世界と、静かなる終着点
第15話をお読みいただき、ありがとうございます!
押し寄せるアンデッド軍団の濁流の中、偽勇者の圧倒的な力によって世界が急速に無へと還されていきます。
人間たちが欲望のままに争い、騙し合い、築き上げてきた歴史のすべてが音を立てて消え去っていく中、セレスティアが心に抱く思いとは――?
それでは、第15話をお楽しみください。
地平線を埋め尽くしたアンデッドの群れは、もはや一つの生物の濁流のように、あらゆるものを飲み込みながら進んでいた。
かつては美しく広がり、人々が富を競い合い、国の存亡をかけて争い続けた大地は、今や死者たちの足音と腐臭に支配されている。国境線も、法律も、宗教の教えも、すべては意味を失った。人間が作り上げた文明の痕跡は、その身勝手なエゴの重みに耐え切れず、音を立てて風化していく。
しかし、その圧倒的な死の軍勢ですら、目の前の男の前では無力だった。
丘の上に立つ漆黒の偽勇者が右手を軽く一振りするだけで、空間が激しく歪み、数万のアンデッドを一瞬にして焼き尽くす黒い業火の奔流が吹き荒れる。
死者たちが群がり、生者を求めようとも、この男の放つ圧倒的な破滅の魔力の前にあっては、ただ塵となって消え去るよりほかなかった。
その光景を、セレスティアは穏やかな瞳で見つめていた。
彼女の手を引く幼い少女ルリエルは、最初こそその凄まじい光景に身を縮こまらせていたが、今はもう怯えることはなかった。セレスティアの温かい掌が、少女の心に静かな安心を与えていたからだ。
「ねえ……」
セレスティアは小さく呟いた。その声は、轟音を立てる呪いの炎のなかでも、不思議にはっきりと周囲に響いた。
「人間って、本当に愚かな生き物ね」
――そうだ
偽勇者の低い声が、脳内に優しく――あるいは冷徹に響く。
――幾度過ちを重ねようとも、目の前の欲に目が眩み、弱者を犠牲にすることでしか生きられない。だからこそ、その歴史に幕を引く必要がある
「ええ、本当にそうよ」
セレスティアは遠くの空を見つめた。その眼差しの先には、かつてダマシテ王国に騙され、家族や故郷を奪われたあの日の景色が蘇っていた。
「あの時は、世界中が敵に思えた。どうして自分たちだけがこんな目に遭わなければならないのかって、絶望して、恨んで……すべてが憎らしかった」
だが、今、そのすべての因果が自分たちの手で綺麗に清算された。
他国を裏切り、生贄を強要したダマシテ王国は跡形もなく消え去り、その罪を隠蔽しようとした帝国も、神の名を騙って搾取を続けた聖教会も、すべては過去の塵となった。人間が築き上げた欺瞞のエゴは、結果として自分たちが作り出した厄災によって完全に自壊したのだ。
「恨みも、悲しみも……こうしてすべてが消えていくのね」
セレスティアは自分の胸元に手を当てた。そこにあったはずの重苦しい復讐心や怒りは、長い旅の果てにすっかり溶け去り、あるのは不思議なほどの清々しい静けさだけだった。
「お姉ちゃん、きれい……」
ルリエルがぽつりと呟いた。
少女が指さした先には、呪いの炎が晴れた夜空に、数え切れないほどの星々が静かに瞬いていた。すべてが焼き尽くされ、汚染された文明の明かりが消え去ったからこそ、本来の夜空の美しさがそこには戻っていた。
旅の終着点は、世界の中心に位置する広大な原野だった。
そこは、三百年前、最初の偽勇者がこの世に召喚され、そして人類によって裏切られた因縁の場所でもあった。
すべての歴史が始まり、そしてすべてのエゴが収束するこの地で、二人の旅人は足を止めた。
周囲にはもはや生き残る人間の姿などない。あるのは、風の音と、静かに瞬く星々だけだった。
偽勇者はゆっくりと振り返り、その黒い瞳でセレスティアとルリエルを見据えた。
――お前たちの旅は、ここで終わりだ。ここから先は、私が一人ですべてを終わらせる
その言葉の意味を、セレスティアは痛いほどよく理解していた。
この世界に最後のトドメを刺し、残された呪いのすべてを一身に背負って、この男は完全に消え去るつもりなのだ。
「……そうね」
セレスティアは静かにおじぎをした。その表情には、偽りのない感謝と、同じ痛みを分かち合った者同士の深い絆が込められていた。
「ありがとう。私をあの祭壇から連れ出してくれて。この世界がどうやって終わるのかを、最後まで見せてくれて」
ルリエルもまた、セレスティアの真似をして小さな頭を下げた。
「おじさん、ありがとう……!」
偽勇者は何も言わなかった。ただ、その漆黒の鎧の奥で、わずかに光の揺らめきがあったような気がした。
男は再び背を向け、星の光すらを飲み込むような圧倒的な闇のオーラを纏いながら、荒野の奥へと歩き出した。
その一歩ごとに大地が静かに沈み、世界が本来の「無」へと還っていく。
人間の身勝手なエゴと裏切りが招いた終焉の物語は、いよいよ最後の幕引きへと向かっていこうとしていた。
第15話までお読みいただき、ありがとうございます!
アンデッドの群れや世界そのものが静かに無へと還っていく中、偽勇者とセレスティアたちが旅の終着点で交わす温かくも切ないやり取りを描かせていただきました。
物語はいよいよ残すところあとわずか……すべての因果の結末が描かれる終幕へ向けて、最後まで全力で執筆してまいります!
それでは、第16話でお会いしましょう!




