第1話:生贄の国、裏切りの代償
初めまして、あるいはこんにちは。
今作から新しく連載を開始します。
「生贄を出すのが嫌で隣国を裏切ったら、世界が終わるまでのカウントダウンが始まった」
【あらすじ】
アンデッドの脅威に晒された世界。
ダマシテ王国は自国の血族を守るため、同盟国であるミステ王国を裏切り、陥落させてその王女を生贄として差し出します。
しかし、禁忌の末に降臨したのは、かつて世界を絶望に突き落とした「最初の偽勇者」の成れの果てでした。
王族のエゴと裏切りが招く、救いなき終末ダークファンタジーです。
それでは、第1話をお楽しみください。
灰色の空は、ここ数ヶ月ずっと同じ色をしていた。
世界の端から這い寄る死者の群れ――『アンデッド軍団』の脅威が、人類に残された最後の二国をも着実に追い詰めている。地を揺らす呻き声と、腐臭を含んだ風が、夜な夜な城壁を叩く。防衛線はすでに崩壊寸前であり、もはや王国に残された手札は一つだけだった。
「――『勇者召喚』。神話の時代より伝わる、世界を救う唯一の奇跡。だが、その代償はあまりにも重い」
ダマシテ王国の王城、気鬱な空気が立ち込める玉座の間にて、国王ガルド・ダマシテは苦渋に満ちた表情で呟いた。その声には、苦悩よりも深い『保身』の色が張り付いている。
玉座の間の高座には、二国の最高位に立つ者たちが集っていた。ガルドの傍らには、彼の血を引く我が子――まだあどけなさが残る王太子や王女たちが、怯えた様子で寄り添っている。
そして、その中央に立っていたのは、もう一つの国であるミステ王国の使節であり、若き王女であった。
名を『セレスティア・ミステ』。銀の長髪を揺らし、気高さと儚さを併せ持つ、わずか十二歳の少女だった。彼女の瞳には、自国が受けた悲劇と、逃れられない運命への覚悟が静かに宿っている。
数日前、二国間で行われた秘密裏の会談。
アンデッドの侵攻を防ぐための勇者召喚の儀式には、絶対的な条件があった。それは『血統を継ぐ王族の生贄』。
「我が国には、尊い王族をその贄に捧げる余裕などない。だが、儀式自体は絶対に必要だ。……ならば、どちらがそれを差し出すべきか」
議論の末、ダマシテ王国が出した結論は、あまりにも卑劣で、そして容赦のないものだった。
「……ガルド王。約束が違います」
セレスティアの声が、静まり返った玉座の間に響いた。それは震えていながらも、確かな怒気を帯びていた。
「私たちは、共に手を携えてアンデッド軍団に抗うと誓い、同盟を結んだはずです。それなのに、我が国を騙し討ちにするなど……!」
「騙し討ちとは人聞きが悪いな、セレスティア姫」
ガルドは鼻を鳴らし、玉座から見下ろすように冷酷な笑みを浮かべた。
「世界を救うためには、誰かが犠牲にならねばならん。我がダマシテ王国は、この世界の中心であり、人類最後の希望なのだ。貴様らのような小国が、その犠牲を担うのは当然の義務ではないか」
その言葉の裏で、ミステ王国はすでに陥落していた。
ダマシテ王国は、アンデッド軍団が攻め寄せる偽りの情報を流してミステ王国の兵力を特定の防壁に集中させ、その隙を突いて裏から城門を開け放ったのだ。侵攻してきたのはアンデッドだけではない。ダマシテの騎士たちが、背後から無防備なミステ王国の民を切り捨て、瞬く間に一つの国を地図から消し去った。
すべては、自国の王族を一人の犠牲者も出さずに守り抜くため。そして、他国の王族を生贄のいけすに放り込むための、周到な裏切りだった。
「国を売り渡し、無辜の民を死に追いやっておきながら……よくもそんな平然と言えますね」
セレスティアは両手を固く握りしめ、血が滲むほどに爪を立てた。彼女の背後には、ダマシテの重厚な鎧に身を包んだ近衛騎士たちが数名、冷酷な目で銃口や剣を向けている。逃げ場などどこにもなかった。
「勝者の歴史に、敗者の恨み言は残らんよ。お前一人の命で、我がダマシテの血族が救われ、世界が存続するのだ。誇るべきことだな」
ガルドは冷徹に手を振り、騎士たちに合図を送った。
「連れて行け。明日、日没の刻。いよいよ『勇者召喚』の儀式を執り行う。この腐り切った世界に、救世主を降臨させるのだ」
王城の最深部、地下深くに位置する『祭壇の間』。
そこは普段、厳重な結界に守られ、何者も立ち入ることを許されない禁断の空間だった。床一面には血のように赤い魔法陣が幾重にも描かれ、空間そのものが異様な魔力の奔流に震えている。
冷たい石の床の上に、セレスティアは縛り付けられていた。
その周囲を取り囲むのは、ガルド王をはじめとするダマシテ王国の高官、そして国中の魔導士たちだ。彼らの顔には、恐怖と、それ以上に「自分たちは生き残れる」という醜い安堵の色が浮かんでいた。
「さあ、始めよ」
ガルドが命じると、最高位の魔導士長が杖を掲げ、詠唱を始めた。
ぐにゃりと空間が歪む。地下の空気が重圧を増し、天井の石壁がミシミシと音を立ててひび割れていく。
「おお……見よ、魔力が安定している! 王族の生贄の効果だ! これで本物の勇者が現れるぞ!」
高官の一人が歓声をあげた。誰もが、自分たちの選択が正しかったと確信し、勝利に酔いしれていた。
だが――その慢心は、次の瞬間に粉々に砕け散ることになる。
魔法陣の中心から、眩すぎるほどの黒い光が噴き上がった。
通常の勇者召喚であれば、聖なる光や黄金の輝きに満たされるはずの空間が、おぞましいまでの深淵の色に染まっていく。空気中の魔力が沸騰し、集まった魔導士たちが次々と鼻血を流して倒れ伏した。
「な、なんだこれは……!? 聖なる召喚ではないのか!?」
ガルドが顔色を失い、一歩後ろに下がる。
魔法陣の中から聞こえてきたのは、祝福の調べではない。
それは、地獄の底から這いずるような、あるいは狂気に満ちた笑い声だった。
――クク……アハハハハハハハッ!!
空間の裂け目から、一人の男が姿を現した。
ボロボロの、かつては高価だったであろう騎士服。全身には幾重もの呪いの鎖が巻きつき、その体からは生者とは思えない冷酷な殺気と、どす黒い怨念が立ち込めている。
男の顔を見た瞬間、歴史書の記録や古い絵画に目を通していた魔導士長が、絶叫した。
「ば、馬鹿な……!? そんなはずがない……!!」
「どうした、なにが起きておる!?」
「あ、あれは……! 三百年前に世界を救うと称して召喚されながら、突如として狂気に陥り、国を滅ぼして消え去ったはずの……『最初の偽勇者』……!!」
男の瞳には理性がなく、ただ世界への深い絶望と、すべてを呪う狂気だけが宿っていた。
彼はかつて、ダマシテ王国の前身である国家の身勝手なエゴによって生贄を強要され、世界を救う道具として召喚された最初の被害者であった。そしてその絶望の果てに成り果てた姿が、今、この祭壇に降臨したのだ。
「あ……ああ……」
ガルドは恐怖のあまり声も出せず、腰を抜かしたようにその場にへたり込んだ。
偽勇者はゆっくりと首を巡らせ、真っ黒な瞳で祭壇の周囲に群がるダマシテ王国の王族たちを見据えた。そして、低く、地獄の底から響くような声で呟いた。
「――またか。また、同じ過ちを繰り返すのか、愚民ども」
次の瞬間、空間が爆発した。
聖剣を模した漆黒の刃が閃き、最初にダマシテ王国の魔導士長の上半身が宙を舞った。鮮血が天井を赤く染め上げ、悲鳴が響き渡るより早く、殺戮の宴が幕を開けた。
裏切りによって他国を売り払い、安全圏から笑っていたダマシテ王国のエゴは、結果として、世界を終わらせる最悪の厄災をその手で呼び寄せてしまったのだった。
第1話をお読みいただき、ありがとうございます!
いかがでしたでしょうか。
「自分たちは安全圏でいい思いをしよう」という身勝手なエゴが、最悪の形ですべてをひっくり返す、そんな始まりを描かせていただきました。
ここからダマシテ王国がどう蹂躙されていくのか、そして生き残ったミステの王女と偽勇者の行く末はどうなるのか。
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それでは、次回の第2話でお会いしましょう!




