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天国の嘘 短編集  作者: やまざかたかす


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9/10

短編(9) 優雅なお茶会

本編『天国の嘘』第五章の裏側、伊豆スマートシティ『楽園』での狂気の宴。

 『楽園』――伊豆スマートシティの最奥、美しい庭園に囲まれた笹山官房長官の妻の邸宅では、今日も特権階級の夫人たちが集まり、優雅なお茶会が開かれていた。

純白のテーブルクロスの上には、松崎町の管理農園で丹精込めて育てられた最高級の温室メロンや、みずみずしい無農薬野菜のサンドイッチが美しく並べられている。


「ほら、さっさと紅茶をお注ぎなさいな。トロトロしないで」

「ひっ……は、はい。申し訳、ありません」


 笹山の妻が冷たく言い放つと、愛人疑惑で無理やり連れてこられ、メイド服を着せられた若いウエイトレスの女性が、ビクビクと肩を震わせながら夫人たちのティーカップに紅茶を注いで回った。壁際で怯えて震える彼女を尻目に、夫人たちはコロコロと下品な笑い声を上げた。


「それにしても、ここのメロンは本当に絶品ねえ。下界の汚れた空気の中で育ったものとは大違いだわ」

「ええ、全くですわ。地元の有志の方々が復興させたブランドらしいですけど、私たちがここ『楽園』の農園として買い上げて保護してあげて大正解でしたでしょう?」

「本当に。こんな芸術品のような甘さは、私たちがパトロンになってあげたおかげですわね」


 夫人たちは、地元民の血と汗の結晶を金と権力で強引に奪い取った事実を、『高尚な保護活動』へと無邪気にすり替えて笑い合う。


「それに、私たちのために呼び寄せた専属の労働者たち……笹山さんが新しく設立した『株式会社CPSサイバトロニクス・プロスタッフ』の社員だっけ? 彼らも本当によく働くわよね」

「文句一つ言わずに、寝る間も惜しんでインフラや農園を管理してくれているんですもの。彼らにはヘブンに行ける優先権をあげているんだから、安い労働力で助かるわぁ」


 夫人たちの会話は、自分たちの足元で薬漬けにされている『CPSの見えない奴隷たち』への無邪気な称賛へと移っていく。壁際に立つ若いウエイトレスだけが、ここは人間のいる場所ではないと、血の気を失った顔でガタガタと震え続けていた。


「そういえば奥様、お加減はもうよろしいの?」

「ええ、お陰様で。実はここへ移住する直前に、奇跡的にとても若くて健康な心臓のドナーが見つかって、移植手術が間に合ったのよ」

「まあ、それは本当によかったわねえ。でも、最近は臓器提供なんてめっきり減っていたでしょう?」

「ええ。どこの誰かは存じ上げないけれど……きっと、不慮の事故でお亡くなりになったドナー提供者の方なのね。毎朝、その見知らぬ私の天使様に感謝のお祈りをしているの」


 下界で今、国民を熱狂と絶望の渦に巻き込んでいる『ヘブン構想』のことすら、彼女はよく知らない。その見知らぬ天使様が、昨日まで江東区の処置センターで無理やり意識を抜かれ、臓器を抜き取られた名もなき一般国民であることも知らず、彼女は頬に手を当ててうっとりと微笑んだ。


「そういえば奥様、今日の国会中継、旦那様が答弁に立たれる日じゃありませんでした?」


 高級なティーカップを置いた官僚の妻が、優雅な手つきでタブレット端末を取り出した。画面には、ヘブンの国会議事堂で野党議員が顔を真っ赤にして政府を追及している様子が映し出されている。


「あらやだ、本当。……でも実はね、あれ、うちの主人じゃないのよ」


 笹山官房長官の妻は、恥ずかしがるどころか、悪戯を打ち明ける子どものようにクスクスと笑った。


「最初は真面目にヘッドセットを被ってログインしていたのだけど、『肩が凝る』『目が疲れる』って言って、一週間で投げ出しちゃって。今は設定を『自動応答(NPC)』にして、本人はゴルフ三昧なの」

「まあ、そうなの!? じゃあ今、あそこで偉そうに座っているのはAIってこと?」


 妻たちが面白がってモニターを覗き込んだ、まさにその時だった。


 野党議員の執拗な質問に対し、立ち上がった笹山官房長官のアバターが、突如として無機質な機械音声を発した。


『その件につきましては……トークンが上限を超えました。プレミアム会員へのアップグレードをご検討ください。今すぐアップデートしますか?』


 質問をしていた野党議員は、あまりのトンチンカンな回答に「えっ? あ、はい……いや、違うだろ!」と大慌てでツッコミを入れている。議場が騒然とする中、NPCは「アップデートしますか?」という無慈悲なシステム音声を繰り返すばかりで、完全にフリーズしてしまった。


「やだ、アハハハハッ! 傑作ね!」

「日本語はトークンの消費が激しいって言うものね!無料プランのAIじゃ、野党の長話には耐えられなかったのね!」


 国家の最高機関が、パブリックで提供しているAIサービスを使ったNPCアバターによって崩壊しているというのに、特権階級の妻たちは腹を抱えて爆笑している。下々の国民の命を搾取して築かれたこの伊豆の楽園では、国政の崩壊すらも、彼女たちの退屈を紛らわせるための極上のスパイスでしかなかった。


お読み頂きありがとうございました。評価、ご感想を頂けましたら幸いです。

ぜひ本編『天国の嘘』、スピンオフもよろしくお願いします。


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