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「声がね」
出なくなるんだって、と。
一体どんな風の吹き回しか、本当に何の前触れもなく彼女は言った。それがあまりにも突然だったから、「は?」と声が出てしまった。
「いや、え、何?」
ただ普通に聞き返したつもりだった私の言葉は、無駄に焦ったようにもつれていた。だってそういうのってなんか、もっと勿体振るものだと思うじゃん。まさか、こんないつものお喋りみたいに言う方がおかしい。
「何って、訊いてきたのユウの方だよ」
半分笑いながらのたまう彼女は、何を今更とでも言いたげ。
確かに訊いたけど、じゃあそんとき答えなかったのは誰だよって話。今更になったのはそれこそ目の前で笑うこいつのせいじゃんか。
私が苦い顔で睨み付ければ彼女は、悪戯が上手く行ったみたいな顔でピースをこっちに向けた。本当もう、頭が痛くなりそう。
「で、いつ?」
彼女は首を横に振る。
「……多分、そう遠くないうち」
普通ぶった口調と、微妙な表情。なんていうか隠し事がバレた時の、バツの悪さみたいな。いや、そもそもこいつが突然、自分でバラしたんたけど。むしろ全然予想もしてなかったタイミングでこんな空気に巻き込まれた私の方が最悪。
ただなんとなく。今の自分も、こいつと同じ顔をしてるんだろうなとは思うけど。
大きくて重たい溜め息と一緒に、私は吐き捨てる。
「言えよ」
取り返しがつかなくなってから、失敗だったと思った。今の言い方は私でも、私のキャラらしくない気がしたから。
そうでなくても、もともとこいつは気が小さいから、そんな刺々しい言い方をされたら、最悪泣き出すまである。なんならもう、半分くらいべそかいてるみたいになってるし。
なのにまだ、ギリ泣いてませんよくらいの顔をして彼女は口答えする。
「ヤダよ。言えるわけないじゃん」
「なんで」
「わかるじゃん」
暖簾に腕押し、押し問答でもう本当にめんどくさい。めんどくさ過ぎて、私はひどく重たい頭を抱えた。
そりゃわかるよ、言えないのもわかるけどさ。でもそれじゃあこの前と同じだし、どうせ、私だってもうわかってるから。
「それさ、私のせいなんでしょ」
こいつ、本当わかりやすい。具体的には身体がビクッとなって、それきり固まってしまうくらいには。声も出せないそんな様子なんて晒してたら、ハッキリと大正解って言ってるようなもの。
「私のせいで口数が増えたんだからさ、そりゃそうなるじゃん」
彼女は首を横に振る。それがあまりにも食い気味で必死に否定するものだから、逆にもう、はいそうですかって感じ。だから。
「ごめん」
だから、顔なんて見れるわけがない。俯いた私の視界には、学校の机の模様だけ。でも、むしろ顔を背けたのは失敗だったかもしれない。今彼女がどんな表情をしてるのかわからなくなって、こんなんじゃ一生顔を上げられないようにすら思えた。
でもやっぱ、目を逸らすべきじゃなかった。
「あのさ、ユウ」
相手が見てくれないなら、声をかける。そりゃそうなるだろってこと、ちょっと考えればわかるはずなのに。
当たり前みたいに私に喋りかけてくるこいつが、ホンっト、信じらんなかった。
「うっさいもう喋んな!」
ダンッ、と大きく響いたのは、私が勢いに任せて机を叩いた音。
彼女は最初こそびっくりしたみたいだったけど、キョロキョロと周りを見回して、なんとか私を宥めようとあたふた。結局しーっと人差し指を立てるその姿は「お前が言うな」って感じで、本当イライラする。
私は一度大きく深呼吸をして、それから「ごめん」って呟いて席につく。それを見てほっと胸を撫で下ろす彼女の姿は、あのオドオドしてた最初の頃と全然変わってない。
「ね、聴いて」
そうやってすぐ話し出すような、人の話とか微塵も聞いてないところとか、全然変わってないから。私が自分の耳を塞げば、彼女は両手を伸ばして私の手首を掴む。彼女が無理矢理にでも耳から引き剥がそうと力を込めるから、手首が絞められて正直痛い。渋々両手を下ろした私にずいっと顔を寄せて、彼女は言葉を続ける。
「私ね、嬉しかったんだよ。ユウが話し掛けてくれたの」
そんなわけない。私は自分よりも下っぽそうなヤツを取り巻きにしたかっただけ。別に友達とかそんなんですらないってのは、この前自分で言ってたじゃん。
「久しぶりに誰かと一緒に色々話して、本当に楽しかった」
でも、そのせいで無駄に自分の喉に負担かけて、それで最終的には声が出なくなるとか。そんなことよりもっと大事にした方が良いものとか、あるんじゃないの普通は。
「こうしてずっとお喋りしてたいなって思ったのは、私だから。絶対に、ユウのせいじゃない」
バっカみたい。本当にこいつは自分勝手で、ちっとも私の話なんて聴いてくれない。こいつのそう言うところ、初めて声を掛けたときからずっと、最悪だった。
「ね。明日もまた、ふたりでお喋りしようよ」
放課後。いつもみたいに、この教室で。
なんて今更なことを彼女は言った。そんなの今までだっていつもやってきたことで、でも。
私は頷こうとして、だけど出来ない。傍目には俯いたまま無視してるみたいに見えるんだろうか。このまま知らんぷりで全部なかったことになるんだったら、絶対そうしてたのに。
そしたらさ。と前置きをして、あなたは言う。
「―――、――――――――――」
その声は、私にとって聞き慣れたもので、だからすっと私の中を通り抜けていく。私に聴こえていたのは本当にその声だけで、彼女が言ったのがどんな言葉なのか、私には聞き取れなかった。
「ね、お願い」
そう言った彼女の声は、なんだか他愛のない話をしているときみたいに、柔らかく聴こえた。だから私はとりあえず、「うん」だなんて、適当な相槌の代わりにピースサインだけを返して、出来るだけおんなじ微笑みであの子に笑って見せる。
言っちゃえば、話を聞いてなかったのを誤魔化したかっただけなんだけど。
だけどあの子がとっても安心したように、満足そうな顔で笑うのを見ちゃったから、もう訊くに訊けなくなってしまった。結局、それきりあの時彼女がなんて言ったのか、私はわからないまま。
ただなんとなく思うのは、もしかしたらあれは何かの約束のつもりだったのかもしれないなってこと。
あなたが言うその声だけを、今でも覚えている。
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05/25 19:00




