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「てかさ」
ガヤガヤと、クラスメイトたちの騒がしい休み時間。私の机に両腕を乗せてしゃがみこんでいた彼女は、私が言ったその一言で視線をこちらへと向けた。疑問符の代わりに小首を傾げて、きょとんと私を見る。
「その"遊那ちゃん"ってのさ、やめない?」
何気ない私の言葉に彼女は、「え」と声を漏らした。その声音は随分とすっきりしたもので、何らかの意図や思惑よりも先に、反射的に出てきたものって感じ。
シンプルに疑問だったからだろう、彼女は穴が開きそうなくらいに私のことを見つめて、なんだかむず痒くて顔を背ける。
「だってさ、無理してる感あるじゃん。遊那ちゃんって」
ね、と。だってそもそも私が最初に声をかけたときに、ついでみたいに呼ばせただけだし、とかそんな理由をつらつらと語る。普通に本当のことを言っているはずなのに、彼女から必死に顔を逸らしながらだと、まるでその場しのぎの言い逃れみたいでなんかヤ。
「そう、かな。私はもう、慣れちゃったけど」
彼女の声音は、まぁ大体いつも通り。いきなり普段の呼び名を止めてくれなんて言ったらなんか変に勘繰られたり、大袈裟に落ち込まれたりするかもと思ったけど、意外にも普通に話を進められそうじゃん。
実を言うと、正直ホッとした。改めて彼女の目を見てみても、なんか実は不安を胸の奥に隠してるとかそういう変わった様子はなさそうで、これがもうちょっと前だったら半狂乱になられてもおかしくなさそうだったし。
なんてことを思えば、ああ、やっと普通に話せるレベルになったんだなって、変な感慨が湧いた。少し楽。
「いや、慣れないでよ」
「えぇ……、それはちょっと、理不尽過ぎない?」
なんて言いながら、口に手を当てる見慣れた仕草で彼女は笑う。こうしてみると、どこか落ち着いた雰囲気のあるその振る舞いは、彼女によく似合ってるような気がした。いややっぱ、なんかむかつくけど。
「とーにーかーく、ダメなものはダメ。よそよそしいんだってば、名前にちゃん付けって」
ちゃん付けで呼び合うのなんて、クラスメイトのみんなはお友達ですよ、仲良くしましょうねって言われる小学校低学年かよ。あとは、別段仲良くはない相手のことをそう呼ぶくらいだし。
だけど、えっ、そうなのって彼女は大袈裟に驚いてみせる。多分当の本人としては全然大袈裟じゃなくて、素直にビックリしてるんだろうなとは思うけど。だってまぁ、友達いないって言ってたし。
あれ、ていうかさ。と、そこでふと疑問が頭に浮かぶ。
「そういやさ、なんで友達いないの?」
確かに最初こそあからさま友達いなさそうな感じだったけど、こうして話すようになってみると思ってたより普通そうだったから。きっかけさえあれば友達のひとりくらい、出来てても良さそうな気がするけど。
彼女はいかにも答えにくそうな、すっぱい顔になる。とは言っても、常識的な日常会話の範疇で。そりゃあ反応に困るだろとは自分でも思ったけど、だから彼女のわりかしなんでもなさげな様子を見て、もっかい密かに胸を撫で下ろした。
私ね、と彼女は言う。
「小さい頃から喉、弱くて」
だから、あんまり大声を出さないようにしないいといけなかったと。だけど騒がしい子供たちの集団でずっと黙ってたら、みんなからつまらないヤツだって思われるに決まってる。そうやって全員離れていって、最終的には声の出し方までわからなくなってしまいそう。つまり、その成れの果てが彼女だったってこと。
そんな話を黙って聴いていたけど、疑問がひとつ。
「え、でも最近よく喋ってるじゃん。喉大丈夫なの?」
その返事の代わりに、彼女はピースサインを私に向ける。最近わかったことだけど、これは彼女のクセというか、ちょっとしたときにこのハンドサインを使うことがあった。
多分さっきの話と併せて、そういうことなんだろうなって、粗方察しはつく。まぁ深く訊くつもりはないけど。
そして彼女はゆっくりと、ピースをしていた手を降ろす。その様子は何か迷っているような感じで、なにやら口元をもごもごとさせている。
なーんか、いまいち煮え切らない。間違っても「言いたいことあるならハッキリ言えば?」だなんてストレートな聞き方出来るわけないし。
そんな感じで片眉を吊り上げながら待っていると、いつもより割増でボソボソとしながら、彼女は口を開いた。
「むしろ、一生喋る機会なかったかも。……ユウ、が、話し掛けてくれなかったら」
だいぶ喋り慣れたはずの彼女がどもるところを、随分と久し振りに聴いた気がした。
内容自体は特に面白いこともない冗談めかした、大袈裟でありふれたコメント。あるかないかでいえば割と現実味はあるけど。
いや、それよりも。
「今のって、もしかして私のこと?」
きっと端から見れば、きょとんって効果音がつけられそうな感じで私は訊いてしまった。で、おそらく私が予想以上にきょとんとしていたから、彼女もちょっと不安になったのかもしれない。
「えと、……そう、だけど。ほら、あの、遊那ちゃん呼びは嫌だって言ったから」
「あー」
思わず間抜けな声が出た私は、咄嗟にこほんと咳払いをする。ちらりと片目を開けて彼女の様子を見てみれば、なんとも心許なそうに揺れる視線と目があった。
うーわ、めんどくさ。
そもそも、わかりきっていたことだけど。別にそんな気もないのに、こういうちょっとしたことを勝手にネガティブ寄りに受け止められるのは、正直やりづらい。
私は大きく溜め息をついて、返事の代わりに彼女の真似をしてピースサインをする。その合図を見た彼女は分かりやすくホッとした様子で、今度は逆にニヤつき始めた。
大方、嬉しいのをなんとか堪えようとしてるんだろう。顔を手で覆ったり顔を背けたりして何とか隠そうとしてみてるけど、呆れるほどわっかりやすい。表情が見えなくたってこれだけソワソワしてたら、そりゃあもう。
そんなこんな、しばらく無駄な努力を続けていた彼女もどうやら少しは落ち着いたらしい。こほんと咳払いで空気に一段落をつけた彼女は、抑えすぎて逆に不自然なくらいフラットな調子で言う。
「ね、だからユウで決定」
そうして少し照れくさそうに顔を伏せて、もう一度私にピースサインを向けた。
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05/23 18:00




