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面倒は面倒だけど、とりあえずマイナスってだけではないことに気が付いた。それこそ、ちょっとした暇潰しなんかにはむしろ丁度良かったりもするらしい。
「遊那ちゃん」
彼女に肩を叩かれ、ぼーっとしていた私は我に返った。辺りを見回してみればそこは私たちの教室で、私たち以外は誰もいないらしい。
そんな、まぁ客観的に見れば状況を飲み込めていない私の姿を見た彼女は、口に手を当てて小さく笑う。イメージ通りに小さくて、だけど思ってたよりも上品そうな仕草になんだか少し腹が立つ。
「次、体育だよ」
そりゃあまぁ、だろうなとは思ったけど。クラスメイトはみんな着替えに行っちゃってるだろうってのはわかってたし。
それよりも、だったらさっさと声を掛けてくれれば良いのに、こいつは自分の体操着を持ったまま、教室がもぬけの殻になるまで特に意味もなく私のことを眺めてたらしい。内心重ったい溜め息をつきたい気持ちだったけど、とりあえず私は嫌な顔ひとつせず、あたかも新鮮に驚いてみせる。
「うわそっか、体育! ヤッバぁ……」
机の横に提げた体操着の袋を手に取りながら、ちらっと時計を確認する。残り時間は、正直微妙な感じだ。今から全力ダッシュで更衣室に行って、着替えてすぐさま校庭に。いや、もしかしたら体育館だったかもしれない。
荷物を手にとろうとしたまま考えに気を向けていたせいか、私の目の前にひょっこりと彼女は顔を覗かせる。
「校庭、急がないと」
と言われて、前回の授業終わりに言われていたことを思い出した。今日の体育から、しばらくはマラソンとか言ってた気がする。
寒いしキツいし暑いしつまんないし、せめてクラスメイトたちと駄弁ったり愚痴ったりしながらだったらまだわからなくもないけど。そんなただひたすらの苦行とか、普通に考えて好きになれる要素ないし。わざわざ急いでそんなことしに行くのもなんだかなっていうか、癪。
だからまぁ、折角だし。ちょっとくらい魔が差してみるのもいいかな、とか思ったのかもしれない。
「ね、サボっちゃわない?」
その言葉に彼女はびっくりしたように、無言で目を見開いた。だって私も、きっと彼女も、今までそんなのしたことなんてなかったから。それは取り立ててルールを破りたいと思わなかったこともそうだし、そんなことをしないといけないような必然性だってなかったから。
だからつまり、お互いに友達とサボりなんてのは初めてなワケで。彼女は眉間にシワを寄せて、葛藤とか良心の呵責とかそういう系の、なんていうかものすごく悩ましそうにし始める。
「いいのかな、そんなこと」
だから彼女は不安げな表情で私を見た。少し細められた目は怖がってるようでもあるし、見ようによっては、ちょっとだけ期待してるようにもとれる塩梅。
「ダメだよ、普通は」
そんな彼女の様子を見るのがなんだか小気味良くて、そう口では答えながら、にやっと彼女に笑ってみせる。
するとどうやら、彼女はその意図を正しく読み取れたらしい。少し期待の籠った雰囲気で、悪戯っぽく同じ表情を返した。となればもう決まりだ。そこからは早かった。
「じゃあ、決まり! どこ行こっか。屋上?」
まず一応言い訳作りのために体操着だけは持って行くことにした。もし誰かに見付かったら「着替えようとしたけど具合悪くなったんで休んでました」ってことで。そうして私たちはふたり、教室を出る。
「屋上って、鍵掛かってるんじゃ……?」
「あ、それもそっか」
「えっと、それじゃ教室に戻るとか」
「いや、隣で授業やってるし。それに、あんまり声出すと見付かるくない?」
スタスタと廊下を彷徨いながらの作戦会議。例えば理科室とか家庭科室とか、美術室とか。だけど私たちが思い付くような場所なんて、普段授業に使うような場所しか知らなくて、妙案なんて全然出てくる気配もない。
もしかして、なんだけど。この学校っていう場所には、ふたりだけになれる場所が意外となかったりするのだろうか。マンガとかでは定番になってる場所なんて当たり前に潰されてるし。
もしもこれが親友同士だったら、それか恋人同士だったら。誰にも邪魔されないふたりだけの場所を持ってたりするのだろうか。
なんてふたり考えれば考えるほど、ドラマとか歌詞になるような特別な思い出を持たないことをお互い確かめ合ってるだけみたいな、段々とそんな気分になってくる。
そもそも私とこいつは別に親友じゃないし、ましてや恋人なわけもない。これからしようとしてることだって全く特別って感じのない、単なる暇潰しでしかないわけで。
「はー」
つまんな。なんだか一気にやる気がなくなっていくのが自分でもわかる。ほんの一瞬でもそうなってしまえば、もう足を動かすことも、サボり場所を考えることだってなんかもう、面倒っていうか。
だから私の足はあり得ないくらい重たくなって、止まる。そんな私の様子に気付いた彼女も、少し遅れて歩みを止めた。振り向く彼女はきょとんとしたような、だけれどほんの少しだけ心配そうな顔。
やめて欲しいんだよな、そういう顔してこっち見るの。だって言い辛くなるじゃん、なんかもうやる気なくなっちゃいました、だなんて。
「あー、のさ、やっぱやめない?」
サボるの。そんな情けなく上擦った言葉は、自分で言っててなんてつまんないんだろうって思った。もし私が言われる側だったら、絶対につまんなって言ってるレベル。
だけど彼女はむしろ、安心したように表情を緩めた。そんなホッとしたかと思えば、突然がしっと私の腕を掴んで、慌てた様子で言う。
「じゃっ、じゃあ急がないと!」
彼女の様子に急かされて時計を確認してみれば、どんなに急いでも遅刻は確定。サボらないなら授業に出なくちゃいけないし、だとしたら早く着替えて校庭に行かないといけない。無駄に時間浪費して、結局苦行のマラソンまでする羽目になるとか、最悪。
だけどそんなことが、なんだかおかしく思えてしまったのだ。
「あっははははっ!」
突然笑い出した私にビックリしながら、彼女もつられてしまったのだろう。だから私たちはふたりで大笑いしながら、全速力で更衣室まで走っていった。急げ急げって囃し立て合いながら、だけどふたり離れてしまわないくらいのスピードで。
それでもやっぱり授業には遅刻するし、案の定マラソンはキツいしで、最悪はもちろん最悪だったけど。
それでも、ただひとりぼっちで走るよりは、まぁマシだったかもしれない。
次回更新
05/22 18:00




