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ユウセイ  作者: 遠藤ほうり


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2/8

2

 案の定、イヤな予感は的中した。

 昨日の今日の授業前、私が教室に入ったまさにその瞬間の出来事だった。


「あ、お、おはよう! ……遊那ちゃん」


 うるさくて一瞬耳を塞ぎそうになった。だけど私のことは呼び慣れないのか、躊躇いに押し負けて消え入りそうなほど小さい。


 むしろそこで小声になったら失礼だなとか思わないのかな、普通。


 ともあれ一体いつから待っていたのか、彼女は教室のドアの、入ってすぐの場所をずっと陣取っていたらしい。他のクラスメイトたちを見てみれば誰も彼も怪訝な顔をこちらに向けていた。


 私は愛想笑いで、気にしないでとアピールして事なきを得ることになんとか成功。流石に表情はひきつってたと思うけど。


 だっていうのに、当の彼女は私のことを気にするよりも、どうやら自分のことで精一杯らしい。たかだか挨拶が出来たくらいのことで、小さくガッツポーズなんかしている。


 それこそ私からの返事がまだないのにも気付かないほどで、彼女はそそくさと自分の席に帰っていった。普通に座る、ってことすら今の彼女には難しいのだろう。猫背気味で、座ったまま小躍り、みたいな。何度も自分が挨拶出来たことを再確認してるっぽくて、端から見れば挙動不審にもほどがある。


 正直、気分は最悪。彼女は私の思惑どおりに私のことを大事な"お友達"だと認識したみたいだけど、リアリティ皆無な彼女のお友達仕草は私が想像していたよりも遥かに鬱陶しい。鬱陶しすぎて溜め息が出る。


 鞄を自分の机に掛けた私は、彼女の座る席へと足を向かわせる。気持ち足音が大きいのは、にこやかで当たり障りのなさそうな表情をしている私が、本当は内心イライラしているから。気付く人は気付くかもしれないけど、このクラスにそんな機微のわかるような人なんているはずもない。


 いやまず、そもそもあいつは論外だし。

 そして私は、嫌々ながら件のあいつの肩にポンと手を置いた。


()()()、星ちゃん」


 ほら、またビックリした。


 彼女は今から説教でもされるんじゃないかみたいにガチガチになって、思考の追い付いていなさそうな間抜け面のまま私のことを見詰めている。数秒間ラグがあってハッと我に返った彼女は、ほとんど声になってないくらい息多めで「あっ」と声を上げた。


「あおっ、お、おはよう?」


 なんとか絞り出したお返事は裏返ってるし、どもってるし。最低限の体裁を保とうとしてるけど大混乱。ってな感じで、あからさまバグりながら挨拶している。


 その様子に加えて、もうひとつの彼女の失敗を示唆するように、あははと声を出して笑ってみれば、見るからに不安そうに彼女は眉をひそめた。いや、むしろ怯えるようにって方が近いか。


 そんなんだから、私は溜め息を吐きそうになった。彼女は自分のことに精一杯すぎて、やっぱりまだわかっていないらしい。


 だからといっていつまでもこんな体たらくでいられるのは正直言って迷惑で、結局被害を受けるのは私。仕方がないから割れ物を扱うように柔らかい笑顔で包んであげて、正解発表。


「もう、さっき私、まだ返事してなかったんだけど?」


 困り眉で愛想良く苦笑い、声音は少し落ち込むように意識して。そうすれば私は、変な不思議ちゃんに振り回されながらも健気に相手にしてあげる、心優しい常識人になる。


 あわよくば、誰かが「大変だね」って声を掛けてくれてもいいような自然さだったと自分でも思うけど。残念ながら、誰も見るからに面倒そうなこいつに関わるつもりはないらしかった。


「ごっ、ごめなさ……っ、私あの、とっ、友達とか、いなくて……っ」


 だよねー、とは流石に声には出さなかったけど、わかりやすく慌てふためく様からその発言が出てくるとなると、流石に説得力が違うなと内心思った。


 その変なところで裏返ったりどもったりする声は、ハッキリ言ってしまえば耳障りも耳障り。今にも両手で耳を塞いでしまい気持ちを人当たりの良い表情で押し隠して、彼女の頬をむぎゅっと両手で包み込んだ。


「だーかーら! ほら、落ち着いて? そんなに気にしてないから!」


 嘘の言葉も微笑みだって、彼女にはその全部がどれも本当に見えている。簡単そうに見えたけれど、単純が故に面倒だなんてこと、どうして最初から気付けなかったんだろう。


「私たちもう友達なんだから、挨拶くらい慣れてかなきゃ!」


 ね、と念押しこそしてはみたけれど。私の口から出てくる台詞なんて、何もかも心にもないことばかり。

 なのに一度彼女のもとに届いてしまえば、オーバー過ぎるくらいのリアクションのせいで、それが全部本当になってしまうような感覚がする。


 ……あー、これ良くないかも。現在進行形で間違いを重ねまくってる実感が、彼女の頬に触れる両手から伝わってくる。


 そんな彼女は、自分の顔をタコみたいに潰す私の両手の上に手を添えて、今まで見たことがないくらいに嬉しそうに笑った。


「うん。おはよう、遊那ちゃん!」


 思えばその時が、ちゃんしたと彼女の声を聴いた初めての瞬間だったのかもしれない。


次回更新


05/21 18:00

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