#17 キャタピラードリフト
あるとです。
S2000の何がいいかって、
まずスタイリングがカッコいいし、
2.0L NAで250馬力のハイパワーだし、
めっちゃ曲がる(けどピーキー)し、
オープンカーにしては剛性高いし……
とは言いつつも、私は4ドアがいい。
「"恐怖のお返し"……ね。」「アイツは作戦を考えてる時は冷静で頭良さそうだが、実は単純だったり。小競り合いには自分から突っ込んでくタイプだな。
だからこそ効く技を、俺はレースで多用してきた。その中で一番効果があったのが、その"恐怖のお返し"だ。」
岡本はニヤニヤしながら話を続けた。それが決まったときの事でも考えているのだろう、と思いながら、鴨居は岡本の話を聞いていた。
「……その"恐怖のお返し"の本質はなんなの? これと言ったキメ技でもあるってわけ? 私が聞きたいのはそこよ。」
「まあまあ、慌てなさんな。ちゃんとあるぜ……今回のジュンの勝率、25%をキッチリ引き当てる為の技と、仕掛ける場所がな。」
岡本は麓の方角へと歩き始め、鴨居はそれについていく。エンジン音が鳴る方へ耳を傾ける岡本と鴨居。
「……仕掛ける場所は、あそこ。最後のヘアピン2つだ。」岡本は見えそうで見えないが、確実にそこにあるヘアピンコーナーを指差す。
「ヘアピンかぁ……ベタね。」ため息をつく鴨居。思っていたよりもシンプルで、退屈だった。「あぁ、ベタだ。だが、そのベタも奥深〜いのヨ。それがレースってもんだろ?」
「そりゃまあ、そうだけど……そういやアンタ、さっきからずっとニヤニヤしてどうしたのよ。なんか腹立ってくるんだけど。」
鴨居の質問に岡本は、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの笑顔で、理由を話す。
「アイツが俺の言ったこと、ちゃんと理解した上で、それを実行して勝った時の事を考えるのが楽しんだよ。この歳んなって、ワクワクしてきたってワケ。」
(当たった……。)呆れて再びため息をつく鴨居。「んで、場所だけじゃなくて技ってのも聞きたいわね。場所が分かったって……。」
「……俺が昔よく使ってた、"溝落とし"ってやつあるだろ?」鴨居は岡本の走り屋現役時代の姿を思い浮かべる。
「ん、確かそんなのやってたわね。排水路にタイヤ引っ掛けて……。」落ちきったグリップを賄うべく、排水路にタイヤを引っ掛けて遠心力で曲がっていく赤いGT-R。
「こんなやつでしょ?」「そうそう。あれの溝でやらない版……って訳じゃないが、一応アイツにはそれの応用って事で教えてる。」
鴨居は、イマイチ彼の言うことにピンと来ず。「……タイヤを排水路に引っ掛けずに遠心力で曲げるってこと?」
「遠心力……も多少はあるか。ま、メインは荷重移動とヨー・コントロールを組み合わせた、"タイヤのグリップの二点集中"かな。」
鴨居の睨みがより強くなる。岡本は財布をズボンのポケットから取り出す。「……これクルマだと思って聞いてくれよ。後半になってくるとタイヤがボロボロになるのは分かるだろ?
それを最大限に生かしたくて、色々と研究してたんだ。
コーナーを曲がる時は荷重移動が効いて、車にかかるGは曲がりたい向きと反対側に来る。その時のトラクションは、荷重が乗っかってるタイヤのが左側よりもかかってるはずだ。
ま、これは基本的な荷重移動だな。じゃ例えば左コーナーで、荷重が右側に寄る。そん時に車にかかる駆動力ってのは、車両右側のタイヤのがデケぇ。」
岡本は財布を車に見立てて、タイヤの沈み具合などを上手くジェスチャーしながら彼女に説明していく。
「そうね。流石にそれくらいは知ってるわよ……で、その時の左側のタイヤは、(外側と比べたら)駆動力に乏しくなるって事でしょ。」
「大正解。じゃあその時、左側のタイヤはどうするべきだ?」プロ相手への質問としては超簡単な事を岡本に投げかけられる。
「な、どうするって……そりゃあ、寄り切った荷重をインサイドに戻しつつ、右側のタイヤにも──」
「そんなんだから負けんだよお前。」「んだってェ!?」岡本は彼女の考えを容赦なくぶった切る。
「はぁ……あのな、辻がそんな保守的な走りばっかで勝ってると思ってんのかお前? アイツの武器は緻密な戦略によるトリッキーな攻撃ばっかだろうが。」「……ッ。」
鴨居は彼の正論に言い返せなくなる。自分は辻の走りを何度も、間近で見てきたのに、自分は"安定の速さ"で怖いもの知らずの大バカ相手に立ち向かおうとしていた。
気づけたはずなのに、今岡本に言われるまで一度たりとも気づかないどころか、気にも留めていなかった。そのことに、今更やっと気がついたのだ。
「……つまりだな──」岡本が話を続けようとした瞬間、ギャラリーのトランシーバーを持った男が、辻とジュンの様子を実況し始めた。
「何、もうC-5まで来てるってのか!?」その言葉に、ギャラリー達はざわざわと騒ぎ始める。「もうそんなとこまで……!」
「もうそろそろ、アイツが決めに行くところだな……なぁアンタ!」鴨居はバトルの進行スピードに驚かされる中、岡本はトランシーバーの男に歩み寄り、話しかける。
「俺の予想だと、C-2辺りでトんでもない事が起きるはずなんだ。もしC-2にトランシーバー持ってるやついるなら、ソイツと繋げてくれ。」
「あ……あぁ分かった。おい──」岡本は満足げな表情で、鴨居の下へと戻る。「さぁ……フィナーレだッ!」
C-4コーナー。ジュンはアウトサイドから一気に車を振って、インベタに車を突っ込ませる。辻との差は少しづつ近くなっていく。
両者ともスパートをかけた状態。本気でコーナーを攻めに行く2台は、高いスピードでコーナーに突っ込み、立ち上がり、あっという間に去っていく。
ギャラリー達は2台の迫力に大盛り上がりなのだが、肝心のドライバー達には聞こえていない。タイヤのスキール音とエンジン音が重なる上、その音を聞くのに集中している暇はない。
切羽詰まった2台の距離感と集中力、そしてタイヤのグリップ残量。タイヤに関しては、どちらも限界に近い。
(……C-3からC-2までの区間は、坂が一気に急になる。このタイヤ残量じゃ、あんまスピード出して突っ込めねえ。
それに加えて、こっちはMR。ブレーキ踏み込んで車すっ飛ばしたくねえからな……こっからは、守りに行くしかねえ!)
辻はこの先のコーナーでの走り方を、すでに考え始めている。(特にC-2だな……アイツは多分、アソコで仕掛けてくるはずだ。
特にインサイドは用心しねえとな。アイツが止まりきれずにアウトに寄ってきたらひとたまりもねえ。いっそ敢えてブレーキ勝負に誘って、またアンダー出させるかな……。)
ジュンはニヤリと笑みを浮かべる。(って、辻が考えてんのは大体わかってんだ。そこで、店長の秘伝が出てくるんだろうな……!
準備しとけよ辻ィ、いつまでも自分が相手の動きを読む側にいられると思ってんじゃねーぜッ!)
C-3コーナー。ギャラリー達は2台のコーナリングに案の定湧いていた。辻はギャラリーの歓声が鬱陶しく感じている中、ジュンが距離を一気に詰めてきた。
タイヤ残量が少なくなり、アクセル全開にする事が段々と難しくなってきているMR-S。踏んだらどこへリアが流れるのかわからない。
R32は安定の4WD。コーナーの立ち上がりでも余裕で踏み込める。C-3を抜けてすぐの右コーナーを曲がった2台は、角度がより急になる、下り勾配の区間へと突入していく。
その瞬間。右車線に寄っていたMR-Sの隣にR32が並びかけようとしていた。相手は全開で踏める4WD、だが辻は彼の攻撃に応えるように、アクセルを徐々に踏み込んで行く。
そう、辻はジュンの真っ向勝負を受けたのだ。「……いいぜ、何もかも思い通りだ。来いよこの──」
だが、こんなタイミングで辻はあることに気がつく。(……な!? やっぱり勘違いじゃあねえ……ここで横に並ばれるのは、"あの時"と同じ状況!)
8年前、同所。「来いよ岡本、その勝負受けて立つ!」辻は右コーナーの立ち上がりで岡本に並ばれ、ギリギリのコントロールで走り続ける羽目になる。
辻の車はトヨタ TRD2000GT。同じMR駆動、3S-GTE搭載の怪物マシン。だが、岡本はそれを上回る走りで辻を圧倒した。
インサイドに並ばれた辻は、タイヤ残量によるグリップの消失に怯えながらも、岡本とのサイドバイサイドに出る。
「……脇が甘いぜ。」コーナーに容赦なく突っ込み、異常な速度でC-2ヘアピンを走行する岡本のR32。辻は岡本の見せた異常な突っ込み、そしてコーナリングに恐れ、ブレーキを踏み込んでしまう。
そしてタイヤがロックしてしまい、リアが流れて石壁に車をぶつけてクラッシュ。辻は最後の最後で岡本に敗北したのだった……。
あの時のトラウマが蘇る辻。だが、彼はあの時に感じ、今さらまた蘇ってきた恐怖を押し殺して、ジュンとの勝負を続ける。「あの時と同じ失敗はしない……来いッ!」
だんだんと近づいていくC-2ヘアピン。ギャラリーは全然ブレーキを踏まない2台に驚き恐れる。「な……全然止まんねえぞアイツら!?」
焦らしに焦らすブレーキタイミング。そしてついにテールランプが赤く発光。
先にブレーキを踏んだのは、まさかのジュンだった。
「甘いぜルーキーッ!」「……。」
辻はコーナー進入で空いたインサイドを封じるべく、ステアリングを左へと切ろうとした。が、その瞬間MR-Sのリアがブレイクした。「なっ!?」
急激なステアリング操作に加えて、使い込まれてズルズルのタイヤが相まって、リアが流れてしまったのだ。咄嗟にステアを戻して体勢を立て直す辻。
だが、それによってジュンのオーバーテイクを許してしまう。「……いっけぇッ!!」車を軽く振って右側に精一杯荷重を移動させる。
そしてステアを左は目一杯切って、コーナー出口の方向へ車を向けていく。その時、左側のタイヤは地面に接地していながらも、ズルズルタイヤの影響で少し空転気味。
大きくかかった荷重による横Gは、右サイドが多く負担することになる。この荷重移動とヨー・コントロールのダブルパンチによって、車が急旋回する。
それはまるで、戦車の急旋回のよう。それが故に、岡本が付けたこの技の名称は……
「これが、"キャタピラードリフト"だッ!」
ハイスピードで進むレースの中、
思考の行き交う高度な読み合いなんて
どう考えても無理がある。
でもそれをやってのけるプロのレーサーには
敬意しかない。凄いよプロは。
以上、あるとでした。




