能力が欲しいか?
その夜、俺はホテルを探していた。
知らない街だった。
時刻はもう遅い。
街灯に照らされた夜道を歩きながら、スマホの地図を確認する。
「……ホテル、どこだよ」
何軒か候補は表示されている。
なのに、なぜだろう。
妙に胸騒ぎがする。
――まずい。
そう思った瞬間だった。
俺は反射的に、道端の物陰へと身を滑り込ませた。
理由は分からない。
ただ、ここにいたら駄目だ。
そんな根拠のない確信だけがあった。
そして――
轟音が夜の街を揺らした。
「……え?」
遠くから何かが突っ込んでくる。
次の瞬間、電車が横転した。
ありえない。
線路から外れた電車が、まるで巨大な鉄の箱を投げ捨てたように道路脇へ倒れ込む。
そして、静寂。
何が起きたのか理解できないまま、俺は息を殺した。
やがて、横転した電車の扉が開く。
中から人が降りてきた。
全員、黒いスーツを着ていた。
「……なんだ、あいつら」
怖かった。
理由なんて分からない。
ただ、あの人たちに見つかってはいけない。
そう思った。
俺は走った。
駐車場まで逃げ、一台の車の陰に身を伏せる。
息を殺す。
足音が近づいてくる。
……来る。
来る。
来る――。
そのときだった。
「……あれ?」
車の持ち主らしい女性が戻ってきた。
俺と目が合う。
「あの……」
人差し指を口元に当てる。
頼む。
何も言わないでくれ。
そんな俺の願いとは裏腹に、女性は黒いスーツの集団へ向かって歩いていった。
そして――
俺のいる方向を指差した。
「……嘘だろ」
見つかった。
黒いスーツの男たちが、一斉にこちらを向く。
――逃げなきゃ。
そう思った瞬間。
世界が切り替わった。
◇
「いらっしゃいませ」
俺はホテルのフロントに立っていた。
「……え?」
さっきまで駐車場にいたはずなのに。
目の前には、何事もなかったかのようにホテルの受付がある。
フロントの女性が微笑んでいる。
「お手続きはこちらでよろしいでしょうか?」
「あ、はい……」
どうやら俺はホテルに泊まるための手続きをしているらしい。
ただ、その手続きはほとんど代理人に任せていた。
俺自身は何もしていない。
名前も、住所も、その他の面倒なことも。
全部、人に任せていた。
するとフロントの女性が、少しだけ困ったように笑った。
「人に任せることは、決して悪いことではありません」
「……はい」
「ですが」
女性はカウンターの上に、一台の端末を置いた。
「これは、ご自身でやったほうがいいでしょう」
「これを……?」
「はい」
俺は端末を受け取った。
画面に文字が表示される。
そこには、信じられないことが書かれていた。
『過呼吸になればなるほど、能力が与えられます』
「…………」
意味が分からない。
けれど、夢の中では不思議と納得できた。
なるほど。
そういうシステムなのか。
俺は端末を操作し始めた。
そして――過呼吸になった。
「はっ……はっ……はぁっ……!」
息を吸う。
吐く。
また吸う。
もっと。
もっとだ。
過呼吸になればなるほど、能力が貰える。
ならば、限界までやるしかない。
「はぁっ……! はぁっ……!」
周囲から視線を感じる。
笑っている人もいる。
ドン引きしている人もいる。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
俺には目的がある。
能力が欲しい。
ただ、それだけだった。
タッチパネルに表示された数字が上昇していく。
10。
50。
100。
500。
1000――。
「すごい……!」
数字が増えていく。
こんなにも能力が貰えるのか。
俺はワクワクしていた。
もっとだ。
もっと増やせ。
まだいける。
「はぁっ……! はぁっ……!」
しかし。
画面の隅に表示されていた制限時間が、急速に減っていく。
残り30秒。
20秒。
10秒――。
「まずい!」
もし時間内に操作を終えられなければ。
ここまで積み上げた数字が、全部パアになる。
「あと少し……!」
指を動かす。
息を荒げる。
数字がさらに上がる。
残り5秒。
4。
3。
「くっ……!」
2。
1――。
俺は最後の操作を終えた。
そして、画面中央に現れた。
――送信。
これを押せば確定する。
ここまで積み上げた能力が、すべて俺のものになる。
「……いける!」
指を伸ばす。
そして――
押した。
『勝つことはいいことですが、勝ってほしくありませんでした』
「…………え?」
画面に表示された、その一文。
意味が分からない。
勝つことは、いいこと。
なのに。
勝ってほしくなかった?
だったら俺は――
何に勝ったんだ?
そもそも。
俺が手に入れた、この能力は――
「……貰えるのか?」
誰に問いかけるでもなく、俺は呟いた。
画面には何も表示されない。
ただ、最後に一つだけ。
赤い文字が浮かび上がった。
『あなたは、勝ってしまいました』
――そこで、目が覚めた。
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