第23話 循環
ここ数日、あっちに行ったりこっちに行ったりとメルディはクタクタになりながら街中を歩き続けていた。もちろん、帰宅後はチクチクとローブの刺繍を続け、つい今朝方完成した。
「何か見つかったのか?」
商品棚を整えながらエリオが尋ねる。フォリア・アンティークスは夕方の駆け込み客の波が去り、すでに閉店に向けて作業していた。最近はキルケの有名な建物のミニチュアがお土産としてよく売れる。古地図やキルケの街並が描かれた印刷物も同時に買って帰る観光客が多い。
「ん~……」
歯切れ悪く答えながら、メルディは指先をクルクル回しながら、傾いたタペストリーを魔法で元の位置に戻していた。
「目星はついてるんだよね?」
ユーリの問いかけに黙って頷く。そう、目星はついているのだ。
「答えはあってる気がするんだよね~……だけど……正解! って反応がでてこなくって」
メルディは彼女が『答え』だと思っている五か所の建物について二人に説明した。するとユーリは街の地図の上に、商品である建物のミニチュアを並べ始める。
「メルディが関わったマグヌス所縁の場所かぁ~!」
明るく楽し気なユーリの声と、
「なるほど、確かにこれは答えに見えるな」
落ち着いた冷静な物言いのエリオの声を同時に聞くと、
(う~ん。何とかなる気がしてきた)
メルディのモヤモヤと焦る気持ちがあっという間に引っ込んでいった。この二人がいると心強い。
兄弟子、姉弟子、それに同時期に弟子になった魔法使い見習い達が次々にマグヌスの元を去って行ったので、メルディは長らく頼り頼られる存在が近くにいなかった。
「木火土金水? 錬金術って火風水土の四つじゃなかったか?」
「四元素ってやつだね。けどマグヌスの時代はこっちが流行ってたんだよね~錬金薬が盛んだったのもあって『木』の要素が重要だったみたいで」
だよね? とユーリから話を振られたメルディは首を縦に振りながら、
「そう。今回はミスティリオンを探せって試験……錬金術の研究所を探せってことだから、この発想はあってると思ってるんだけど……」
だが何も起こらない。なのに違う答えを探さず、これが答えだとメルディが思うのは、
「妙な気配をやっぱり感じるのよねぇ」
少し前から感じている、まるで見張られているような気配が相変わらず続いていた。何か仕掛けてくると思っていたが、今のところは『気配を感じさせる』こと以外は何もない。
「セフィラーノさんの弟子じゃなくて?」
ウキウキ声をユーリは隠すこともなく……また魔法使いと出会えるのではないかと彼は期待している。
「ちょっと考えたけど違う気がする」
それがメルディが『妙』と言う理由だ。どうもその相手が魔法使いとは思えない気配なのだ。
(そういえば、最近セフィラーノさん見ないな)
ライバルであるレオナルド・マグヌスの墓をこの目で見たいと千年も待っていたのだ。進捗が気にならないわけがない。最後に会ったのは、ロヴェナ家の記録石を渡した時。冬の初めの方だった。
「なんだろう……ちょっと人間っぽくないんだよね……セフィラーノさんのトコだったらもうちょっと違う気配だと思う」
そっか~とちょっと残念そうにユーリが首を傾けていた。エリオの方は地図を凝視しながら腕を組んで考えを巡らせている。
「俺、錬金術は出土品のこと以外イマイチわかってないんだ。元素ってやつ、ちょっと説明してもらえるか?」
「いいね。考えを整理しよう!」
エリオの質問に答えたのはメルディでなくユーリ。自分の分野が大好きな彼は語りたくて仕方ない。
「マグヌスが錬金術に用いてた五つの元素はそれまでの四元素と違って、『巡る』ことによって効果を高めてたって言われてるんだ」
うんうんと、思い出すようにメルディがユーリの解説に頷いていた。
四元素はそれぞれ別の元素に変容する力を用いて、物質そのものを新たに作り出していた。だがマグヌスが用いたのは、それぞれの元素が循環することによって生まれる調和から発生した、新たなエネルギーだった。
「循環か」
「……うん。循環」
パチリとエリオとメルディの目があった。お互いに閃いた! と、ワクワクした瞳になっている。
「え!? なになに!? オレにも教えてよ!!」
早く早くとユーリが答えを急かす。
「建物をぐるっといっきに周ればいいんだろ?」
「私もそう思う!」
文字通り循環するのだ。メルディが。
ここ数日、散々マグヌス所縁の地を巡ってはいたが、各所で痕跡を調べ周った後は近くのカフェに立ち寄ったり、フォリア・アンティークスへ戻ったりと寄り道が多かった。
「よし! お店閉めた後で行ってみる!」
「行こう行こう!」
「そうだな! ローブ忘れんなよ!」
「もちろんもちろん!」
夜になるのに今から? なんて言葉はない。当たり前のようにエリオもユーリも一緒に行くつもりだ。全員、気持ちが躍っていた。早く答え合わせがしたい。
そうしてこの勢いのまま、三人は夜のキルケへ駆け出した。
「最初は?」
「うーん。土から……ケオンから行こう!」
メルディとマグヌスの思い出……年代順で行こうとメルディは決めた。
「ああ! でももう観光船終わってる!?」
「いや、ギリギリ大丈夫! 遅れてもトレハンの知り合いが観光船やってるからなんとかなるよ!」
焦るメルディにユーリが得意顔で返事をする。彼もこの心躍るイベントに全力をかけていた。抜かりはない。
ユーリの言う通り、メルディ達はケオン行きの最終便に飛び乗ることができた。
「当たり前だけど、全然違う島に見えるんだよねぇ」
「ここはもう観光地としての色が強いからな」
ケオンにはまだガラス工房がある。もちろん、メルディが通っていた工房とは別の店だ。その店は、錬金術の衰退と共に閉めてしまったとユーリから聞いていた。
観光客がまだパラパラと散歩している。この島にはいくつか小さなホテルもあるのだ。
「えーっとこの辺……のはず」
港からの距離を見ながらローブを羽織ったメルディは、かつて錬金術用の小瓶を作っていた辺りへ足を進める。カラスが一羽こちらの様子を伺っているようだった。
「……どう?」
ユーリは固唾をのんで見守っている。エリオの方は持ってきた古地図に視線を落としていた。
「うーんやっぱり何もなさそう……」
メルディはこれまでも何度も何かないかと探しに来ている。今回こそは! と意気込んで来ているので、なにも起こらない状況に珍しく焦りが見えていた。
(やっぱり違ったってこと……?)
だが、
「もう少し奥の方じゃないか?」
「え?」
エリオが現在の地図と古地図を見合わせて、どうもメルディが調べ周っている場所は、彼女が探していた場所ではないことに気が付いたのだ。
「港の位置も変わってたんだねぇ」
「ついてきてもらってよかった~」
危ない危ないと安堵しながら、エリオの指示に従って更に足を進める。
「その辺りだ」
エリオがそう言った瞬間だった。
「おぉー!!!」
声を上げたのはユーリだ。
(よし!!)
そして小さくガッツポーズをしているのはメルディ。
「えぇぇぇ!!?」
困惑の声はたまたま居合わせた観光客だ。なんせ、魔法使いのような格好をした女性の足元が急に光ったのだから。
「メルディ、鍵!」
「おおっと!」
エリオが指さす。足元に浮かび上がった魔法陣に夢中になっていたメルディの胸元も光っていたのだ。
「形が変わった! 持ち手の部分!」
嬉しそうなメルディの声にエリオが微笑む。
「答え、あってたな」
「あってたね~」
メルディも珍しくニヤけている。
ユーリは観光客に簡単に状況を説明していた。スマートフォンを取り出そうとしていたからだ。だが、彼の説明を聞いて深刻な顔で頷き、メルディに会釈した。彼女も会釈を返す。
(やっぱり国際法は効果抜群ねぇ)
自分は怖い存在じゃありませんよと伝えたくて、
「突然すみませんでした! よい夜を!」
そう声をかけると、観光客はパッと表情が和らぎ手を振ってホテルの方へと戻って行った。
「それじゃ。船を出してもらえるよう頼んでくるね」
次に行こう! とメルディ以上に高揚しているユーリだったが、
「それなんだけど。飛んで行こっか」
「え!?」
「え!!?」
見習い魔法使いの提案にユーリだけでなくエリオも反応した。メルディがこんな積極的な提案をするのは珍しい。
「せっかくいい夜だし」
つまり彼女はご機嫌だったのだ。あまり同世代と『遊ぶ』という経験を積んでこなかったのもあり、三人でこうやって過ごす夜が楽しくてしかたがない。そう自覚した。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
夜の海の上をユーリの絶叫が響く。
メルディは飛行魔術を使い、三人で空を移動していた。厚着はしてきたが、やはり寒い。
「目をつぶっててもいいよ?」
どう飛ぶかはメルディがコントロールしていた。
「だめ~~~! 瞬きすら惜しい経験なんだからああぁぁぁ!」
ジェットコースターは大丈夫なユーリだが、これは思ったより怖かったようだ。エリオの方は、
「これはハマるな!」
ご機嫌に魔術を楽しんでいる。
月に照らされた三人の影が、海の上を泳いでいた。




