第22.5話(閑話) ガラス工房
メルディはマグヌスのお使いで、しばしばキルケから帆船で十五分程度の離島へと足を運んでいた。
(師匠は船、使わなかったな~)
マグヌスは飛行魔術を使い、いつもメルディを置いてその島へと向かった。今はもちろん帆船ではなく観光船が出ている。
島の名はケオン。この島には千年前、ガラス工房があった。特に、錬金術で使用する特別な小瓶(魔術を通しやすかったり、逆に遮断したり)の技術は当時の世界一と言ってもいい。
……という解説が、フォリア家の食堂にあるテレビの中から流れている。ちょうどキルケ周辺地域の観光番組が放送されていた。
アラクネ糸を使った刺繍を開始したばかりの頃、メルディはこんな風にちょくちょくと休憩を取っていた。刺繍針を通してアラクネ糸に魔力を通す作業は非常に集中力を使うため、勘を取り戻すまで時間がかかったのだ。
「門外不出の技術だったんだろ?」
CMに入ったタイミングで、エリオがぼぉーっと食堂にいるメルディ(と、欠伸をしながらPCに向かっているユーリ)に尋ねる。今ではもう観光客向けの工房が残るのみだが、彼女のいた時代は技術の漏洩を恐れ、人の出入りが厳重に管理されていた、というのが彼の持っているケオンの知識だ。この島はすでにトレハンの仕事がないと言われるくらいには、歴史上、発掘しつくされていた。
「そうそう。……あ、師匠が絡んだ技術だって記録は残ってる?」
「なにそれ!!?」
急にガバッと目を広げたユーリ。もちろん、眠気が吹っ飛んでいる。
「よりいいガラス素材の配合を師匠が思いついちゃってね。それで揉めちゃってさ~」
いつものようにね……とカフェオレをすすりながら息をつく。
それはメルディがマグヌスに弟子入りをして一年ほど経った頃。ようやく弟子としての生活に慣れ、初めて彼のお供として島へとついていった……その日から始まった小さな思い出。
(今にして思えば、兄弟子達に押し付けられてたなアレ……!)
兄弟子たちはこれが揉め事の種だと気付いていたのだ。そのことにハッと気づいてメルディは苦笑い。まだまだ幼かった彼女は言われるがまま付き従った先で、大人達がギャアギャアと揉めている姿を見て呆気に取られていた。怖い、と感じなかったのはメルディが生まれ育った環境が関係している。
「それで!? それで!?」
ユーリに急かされることは想定内なので、メルディはマグカップをテーブルに置き、いつの間にか横に座っているエリオにチラリと視線を向けた後、ゆっくりと話し始めた。
「門外不出の技術を師匠が解析しちゃって、より錬金術に適した瓶の配合がわかった! って……で、屋敷ではガラス瓶を量産する設備はないし、本家本元に作ってもらおうってケオンの工房に行ってね」
工房側は大魔法使いの話を最初は興味深く、そして途中からは興奮気味に聞いていた。マグヌスの言う通りに試作した錬金術用の小瓶は、これまでのモノより壊れにくく、薬品や素材への影響もほぼなくなっていた。
「あとは新しいタイプの容器もね。込めた魔力を安定して保ったり、逆に取り込んじゃった余計な魔力を除去したりとか」
この道具の発展は錬金術の発展に大きく貢献することは間違いない。マグヌスもしばらくの間、メルディを連れ足しげくケオンへと通った。数々の美しくも真新しい力を備えた小瓶に大盛り上がりになっている大人達の表情が一変したのは、マグヌスがいつも通りマグヌスだったからだ。
「ほら師匠ってさ。自分が生み出した魔法を秘匿したりしないじゃない? いやももう本当にしないのよ。聞かれればアッサリ答えるし」
「作り方教えちゃったの!? 他の工房に!?」
あ~……と、この後の話の流れが見えて半分笑っているエリオと、きたきた! と期待通りの流れが嬉しいユーリの顔がメルディには同時に見える。
「ギリギリで工房側が師匠の性質を思い出して、口止めしようとしたのね。で、師匠は『なんで僕がそんなことに気を遣わないといけないわけ?』だったんだ~」
工房側はマグヌスに対し、怒鳴ったり懇願したり嫌味を言ったり……やっぱり怒鳴ったり、泣き落としをしてみたりとあらゆるアクションを見せたが、マグヌスの答えは変わらなかった。
「でも結局、ケオンの技術は秘匿されたままだったよな?」
「マグヌスが折れたの?」
「かなりいい条件を提示されたからね」
マグヌスは損得で考えを変える魔法使いではない。だがその時一緒にいたメルディが、彼にとっては『確かに』と思える考えを口にしたのだ。
『もういいじゃないですか師匠。誰にも言わないであげましょうよ。この人達の技術は一流なんでしょう? ここで作った物を使った方が、師匠だって思いっきり錬金術の研究できるじゃないですか』
この時メルディは内心、もう帰りたい……と思っていた。小さなメルディは、ずーっと大人達のつまらないやり取りばかり聞かされて飽き飽きしていたのだ。
『なんだよメルディ! 僕の弟子なのにアッチの肩を持つわけ!?』
と、マグヌスは一瞬憤ったが、
『お代なしに毎月一定数、お屋敷にお持ちいたします……この条件で何卒……!』
工房側からのこの申し出は、金に無頓着のマグヌス側にはありがたい。錬金術に必要な機器や材料を買う金を慌てて工面することも多々あった。心配事が少なくとも一つ減る。
『やった。これで研究途中に、アレ売ってこいコレ売ってこい! ってバタバタしなくてすみますね!』
弟子の一人としては、振り回される可能性が少しでも減れば万々歳。兄弟子、姉弟子達の苦労も見ている。メルディは素直に喜んでいた。
『……約束だからね』
まだ少々ムッとしたまま答えたマグヌスだったが、悪くない条件だと思えたようだった。本人も自覚はあったのだ。研究が途中途中で止まるストレスも認識していた。
マグヌスとの『約束』は信用できる。ホッと胸をなでおろした工房側は、この後マグヌス側とのやり取りの時は必ずメルディを指名した。幼い見習い魔法使いだと侮ることなく、感謝の気持ちを込めて彼女と接した。
メルディが師匠に似ることなく、世間一般がどういうものかを理解しながら成長できたのは、こういった経験や、屋敷以外との関わりも十分にあったからだった。
「この話はどの学術書にも載ってないよ!!」
ユーリは目を輝かせながら、猛スピードで今の話をパソコンに打ち込んでいる。
「マグヌスは自分が発案者だってことまで秘匿したのか」
「約束は守るからねぇ」
エリオはマグヌスのことをちょっと見直したと小さく笑っていた。これまでメルディから聞き及んだ話の中では、比較的いい結果だったからだ。
食堂のテレビには、ドローンから撮影されたキルケの街の全景が映っていた。その中には千年前と変わらず、メルディとマグヌスの思い出の地が確かにあるのだった。




