祭と本と後輩ちゃん
客が来ない。
……というのはまあ、部活棟だし目玉と言えるようなものもない時点で予想はできていたことで。
文化祭一日目。
騒がしく行き交う生徒と来客で満たされた本校舎を廊下の窓から見ながら、【古本屋】と可愛らしい字体で書かれた看板を両手にぶら下げる。
これにどれほどの集客効果があるのかは知らないがせっかく奈恵が作ってくれたので日の目を浴びせておこう。
「あー…最近の若いのは古本に興味ねえみてえで楽だ」
「それでいいのか本屋」
売り物のはずの古本を読み漁りながら堂々とさぼる店長にツッコミを入れつつ、まあ人もいないからいいかと僕も近くの本を手に取る。
古本らしく、というか大正昭和の文学らしく倫理観とクズっぷりを文章力の暴力で美しく表現する素晴らしい作品だ。
この年代の文豪が書く恋愛モノは大体主人公かヒロインの性格か行動が終わってる。
「何読んでんだ?」
「舞姫」
「文豪の名作とはいえなんで教科書に載ってるんだろうなそれ」
「会議室に読書家がいないんでしょ」
これに関しては多くの人が覚えがあると思うが、文学系の教科書に載せられている作品はなぜか『これ許可だしたの誰だ?』となるような作品がたまにある。
青少年の成長に悪影響と図書室の漫画を規制する前に教科書の舞姫を規制するべきと思ったのはきっと僕だけではないだろう。
「飲み物買って………なにしてんですか二人とも」
「「読書」」
「聞きたいのはブツじゃなくてワケですよ」
両手にペットボトルの緑茶を持った奈恵が出入り口で固まる。
まあ無理もない。戻ってきたら売り物読みながら駄弁ってる二人がいたのだから。怒りたくもなるというものだ。
「ずるいですよ私にも一冊ください」
お前もこちら側か。
「何かおすすめあります?」
「浮雲」
「檸檬」
「お、蜜柑ある」
二人揃って無視された。
奈恵は隅に寄せた机から一つ椅子を引っこ抜くと座って本を開き始めた。
顧問が見に来ない部活とは楽でいい。ついでに客も来ないのだからこうして規定の時間まで本を読んでても怒られはしない最高の場所である。
「先輩好きな作品あります?私はもちろん蜜柑です」
「んー……大体何でも好きだけども。やっぱ檸檬」
「檸檬いいですよねぇ」
檸檬は教科書で読んだことがある人も多いだろう。
意味がわかる、楽しめるとなれば人を選ぶであろうが、あれほど美しい文章と圧倒的な描写力で殴りつけてくる作品はとても、とても珍しい。
同様の理由で梶井基次郎の作品は大体好きだ。
梶井基次郎は五感が優れているとよく言われるが、僕は人間の五感を全て文字に起こすような梶井基次郎の文章が好きで文学好きになったと言っても過言ではない。
「私も好きですよ檸檬。主人公が檸檬を手に入れた後の描写とか……あれ?先輩がたまにレモン買ってるのって」
「……にぎにぎしたらあの感覚がわかるかなと」
檸檬好きとしてはあの感覚は是非とも体験したいものなのだ。
ちなみにやるなら夏がおすすめだ。よく冷えたレモンなら体を冷やす錯覚を起こしてくれる。
……と、一通り檸檬と梶井基次郎の良さを脳内でまとめたところで現実に視線を戻す。
「……全部声に出てましたよ」
「お前檸檬への熱量すごいな」
「…………………………」
顔に血が集まる感覚がある。
きっと僕は今二人の前で顔を赤くして俯いているのだろう。
何とか顔を上げて言葉を捻り出す。
「…………殺してください……」
文学好きの青年はその場に蹲った。
名前も知らぬ誰か様。ブックマークありがとうございます。
檸檬は、いいですよ。




