第5話「芽生える光、静かなる波紋」
龍帝の寵愛を受けるようになってから、後宮内での玲玉の立場は急速に変化していった。
当初は「どこの馬の骨とも知れぬ男」として、妃たちの冷たい視線にさらされていた玲玉だったが、彼から発せられる清浄な気が、次第に周囲に好影響を与え始めたのだ。
◆ ◆ ◆
ある日、玲玉が中庭の東屋で休んでいると、一人の妃が近寄ってきた。
彼女は病弱なことで知られる李妃だった。
「……失礼いたします。白様」
李妃は顔色が悪く、肩で息をしている。
玲玉は慌てて立ち上がり、彼女に椅子を譲った。
「大丈夫ですか、李妃様。お顔色が優れません」
「ええ……。ずっと昔から、この胸のつかえが取れなくて。でも、なぜかあなたのそばにいると、少しだけ呼吸が楽になるのです」
玲玉は驚いた。
自分の力が、本当に誰かの助けになっているのだろうか。
彼はそっと、李妃の手を取った。
『少しでも、あなたの痛みが和らぎますように』
そう願った瞬間、玲玉の掌から柔らかな真珠色の光が溢れ出した。
その光は霧のように李妃を包み込み、彼女の顔に次第に赤みが差していく。
「まあ……! 体が軽くなったようです」
李妃は驚きに目を見開いた。
彼女の表情は数年ぶりに明るくなり、心からの笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、白様。あなたは、噂にあるような妖術使いなどではない。本物の救い主様なのですね」
その噂は、またたく間に後宮じゅうに広まった。
これまで玲玉を避けていた妃たちも、彼の「浄化の力」を求めて次々と訪れるようになった。
玲玉は嫌な顔一つせず、一人一人の話を聞き、その不調を癒やしていった。
◆ ◆ ◆
そんな玲玉の姿を、少し離れた廊下から見守る影があった。
龍帝だ。
「陛下……。白様は、すでに多くの方々の心を掴んでおられますな」
側近の言葉に、龍帝は満足げに頷いた。
「当然だ。あれこそが、朕が選んだ真の伴侶なのだから。……だが、少しばかり忙しすぎるのが癪だがな」
龍帝の瞳には、隠しきれない独占欲が渦巻いている。
「朕以外の者に、あのような慈悲深い顔を見せる必要はないのだが……。しかし、お前が笑っているなら、それもまた良しとするか」
龍帝はつぶやくと、玲玉の元へと歩き出した。
「玲玉、そろそろ休憩にせよ。無理をすると、また朕が心配する」
龍帝の登場に、妃たちは一斉にひざまずいた。
玲玉も慌てて姿勢を正そうとするが、龍帝はそれを許さず、彼女たちの前で堂々と玲玉の肩を抱き寄せた。
「今日はこれまでだ。この者の力は、朕が管理している」
そう宣言する龍帝の横顔には、王としての威厳と、愛する者を誇示する独占欲が溢れていた。
玲玉は恥ずかしくて顔を俯かせたが、その腕の逞しさに、強い安心感を覚える自分に気づいていた。
◆ ◆ ◆
しかし、幸せな時間は唐突な知らせによって中断された。
「陛下! 白家の長男が、当主の名代として参上いたしました!」
兵士の報告に、玲玉の体が強張った。
白家……自分を地下室に閉じ込め、道具として扱った、忌まわしい家。
龍帝は玲玉の震えを察し、その肩をより強く抱き締めた。
「構わぬ。ここへ通せ」
冷徹な声が響く。
謁見室に現れたのは、かつて玲玉を「虫けら」と呼んだ兄だった。
彼は以前の尊大さはどこへやら、地を這うように頭を下げていた。
「皇帝陛下、並びに……愛しき弟、玲玉よ。本日は、父上からの贈り物と、ある提案を持って参りました」
兄は卑屈な笑みを浮かべながら、一つの箱を差し出した。
「白家の実の娘であり、本来の妃候補であった妹が、どうしても玲玉の力になりたいと申しておりまして。玲玉、お前も寂しかろう? 姉妹で支え合うのが一番だと……」
玲玉の背筋に、凍るような悪寒が走った。
彼らは、玲玉が皇帝の寵愛を受けていると知って、今さら権力にすり寄ろうとしているのだ。
そして、本物の娘を送り込み、玲玉を影から操る、あるいは亡き者にしようと考えているに違いない。
「お断りいたします」
玲玉は震える声を振り絞って言った。
「私は今、陛下のそばで……初めて、人間として扱っていただいています。白家に戻るつもりも、家族を宮廷に呼び寄せるつもりもありません」
「な、何を生意気な! お前のような身代わりが、誰のおかげでそこにいられると思っているんだ!」
兄はついに化けの皮を剥ぎ、逆上して怒鳴り散らした。
だが、その瞬間、謁見室の空気が氷点下まで下がった。
「朕の玲玉に対し、誰に断って声を荒げている?」
龍帝の冷酷な言葉とともに、凄まじい圧力が兄を襲った。
兄は悲鳴を上げて床にへばりつき、恐怖のあまり失禁しそうになっていた。
「白家の不始末、すべて朕は把握している。玲玉を地下に閉じ込めた罪、そして今また計略を企てた罪……。その首を跳ねるなど、容易いことだ」
「ひ、ひぃっ! ご、ご容赦を……!」
龍帝は冷たく言い放つ。
「失せろ。二度とその汚らわしい顔を、朕の玲玉に見せるな」
兄は間一髪で逃げ出すように退室していった。
玲玉は呆然とその光景を見ていた。
自分を支配し、苦しめていた白家の人間が、これほどまでにあっさりと排除されたことに。
龍帝は玲玉を抱き上げ、自らの胸に顔を埋めさせた。
「もう大丈夫だ、玲玉。お前を縛る鎖は、朕がすべて引き千切ってやった」
「……陛下、ありがとうございます……」
玲玉の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
それは、悲しみの涙ではなかった。
ようやく、自分の人生が自分のものであると確信できた、喜びの涙だった。
だが、白家の陰謀はまだ、これで終わったわけではなかった。
彼らの背後には、さらなる巨大な影が潜んでいたのだ。




