第6話「宵闇に溶ける独占欲」
白家の兄が追い払われたあとの謁見の間には、しんと冷えた静寂が横たわっていた。
玲玉は、いまだに自分を抱き寄せている龍帝の腕の力強さに、戸惑いと安堵を同時に感じていた。
自分を長年縛り付けていた恐怖の対象が、これほどまでに脆く、一瞬で崩れ去ったことが信じられない。
「……玲玉、まだ震えているのか」
龍帝の声は、先ほどまでの冷酷な響きを完全に消し去り、深い慈しみに満ちていた。
その指先が、玲玉の頬をそっと撫でる。
「申し訳ございません。情けないところをお見せしました」
玲玉は弱々しく微笑もうとしたが、その唇はかすかに震えていた。
自分は守られている。
そう分かっていても、心の深くに染み付いた劣等感と恐怖は、そう簡単には拭い去れない。
「謝る必要はない。お前をあのような場所に置いていた朕の落ち度だ。……もっと早く、お前を見つけ出すべきだった」
龍帝は、玲玉を抱きかかえたまま、自らの居住まいである「天龍宮」へと歩き出した。
侍従たちが慌てて従おうとしたが、龍帝は鋭い一瞥でそれを制した。
「誰もついてくるな。今宵、玲玉は朕のそばを離さぬ」
その言葉に、玲玉の顔がまたたく間に熱くなった。
皇帝の私室は、神聖にして侵すべからざる聖域だ。
そこに身代わりの、しかも男である自分が招かれることが何を意味するのか。
◆ ◆ ◆
天龍宮の奥にある私的な居室は、香炉から立ち上る甘美な香りに包まれていた。
龍帝は玲玉を寝台の上に優しく下ろすと、自らもその隣に腰を沈めた。
「……陛下、このような場所に私がいては、他の者たちに示しがつきません」
「朕が望んでいるのだ。誰に文句を言わせるというのだ」
龍帝は玲玉の手を取り、その掌を自らの頬に当てた。
「玲玉、お前のその清らかな霊力が、今の朕には毒にも薬にもなる」
龍帝の黄金の瞳が、切なげに揺れた。
「お前がそばにいると、長年朕を苦しめていた瘴気が、嘘のように消えていく。だが、それと同時に、お前を二度と離したくないという激しい渇きが、この胸を焼き尽くすのだ。これは、聖なる共鳴なのか。それとも、単なる朕の欲望なのか」
玲玉は、龍帝の告白に息を呑んだ。
最強の皇帝として君臨し、一人で帝国を支えてきたこの男が、これほどまでに脆い一面を自分に見せている。
「……私で、よろしければ」
玲玉は勇気を振り絞り、自分から龍帝の胸に顔を埋めた。
「私の力が、陛下を癒やすことができるなら、何度でもお使いください。私は……、誰かに必要とされることが、こんなに嬉しいことだと知りませんでした」
龍帝は絶句し、それから壊れ物を扱うような慎重さで玲玉の背中を抱きしめた。
「お前という男は……、なぜこれほどまでに清らかなのだ」
密着した体から、お互いの鼓動が伝わってくる。
玲玉の中に眠る霊力が、龍帝のαとしての力に導かれるように活性化し、部屋全体を淡い光で満たしていった。
それは、性的な接触を超えた、魂の融合だった。
玲玉の孤独と龍帝の孤独が、夜の静寂の中で静かに溶け合っていく。
だが、その平穏な時間の裏で、白家は次なる一手を打とうとしていた。
彼らは、玲玉の「霊力」そのものを奪い取るための禁忌の術を、古の呪術師から買い取っていたのだ。
白家の娘、つまり玲玉の妹である白麗花が、偽りの名で宮廷の侍女として潜り込む準備を終えていた。
彼女の手元には、美しいが命を削る毒を含んだ花の香油が握られていた。




