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身代わり花嫁の忌み子Ω、冷酷な暴君皇帝に番として溺愛される〜虫けらの俺が国を救う唯一の光らしい〜  作者: 水凪しおん


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第4話「黄金の寝所と真夜中の契約」

 宮廷の夜は、静寂よりもむしろ、秘められた熱に満ちていた。

 玲玉に与えられた寝所は、龍帝の居室に隣接した、宮廷内でも最も警備の厳重な一画にある。

 そこには「黄金の寝床」と名高い、龍の緻密な彫刻が施された巨大なベッドが鎮座していた。


◆ ◆ ◆


 ある夜、玲玉は一人、広いベッドの上で眠れずにいた。

 白家の地下室で寝ていた頃は、冷たい石の床の上、古布を重ねただけの粗末な寝床だった。

 今の環境はあまりにも恵まれすぎていて、背中がむずがゆくなるような感覚を覚える。


『私なんかが、こんな場所にいていいのだろうか』


 そんな自問自答を繰り返していると、扉が静かに開いた。

 入ってきたのは、龍帝だった。

 彼は普段の厳格な正装ではなく、深い藍色の薄絹をまとっただけの、どこか危うい色気を漂わせる姿をしていた。


「まだ起きていたのか、玲玉」


 龍帝は音もなく近づき、ベッドの端に腰を下ろした。


「……はい。少し、考え事をしておりました」


 玲玉は布団を胸元まで引き上げ、少し体を縮めた。

 龍帝から放たれる特有の、森の深淵を思わせる香りが鼻腔をくすぐる。

 それは彼がαであることを強調するような、強烈で抗いがたい香りだった。

 龍帝は玲玉の様子を見て、ふっと優しく微笑んだ。


「朕が来て、怖かったか?」

「いえ、そうではありません。ただ……陛下がこうして私に良くしてくださる理由が、まだ信じきれなくて」


 玲玉は正直な気持ちを吐露した。

 自分の霊力が必要だから大切にされているのか。

 それとも、別の理由があるのか。

 龍帝は玲玉の髪を指先でなぞった。


「理由は、いくつもある。お前の力が必要なのも事実だ。お前がいなければ、この国は瘴気に呑まれ、民は死に絶えるだろう」


 その言葉に、玲玉は身を引き締めた。


「ですが、それだけではない。お前を初めて見た瞬間、朕の魂が叫んだのだ。これこそが、朕の探していた唯一無二の伴侶だと。αが運命のつがいを見つけるとき、そこに理屈など存在しない」

「運命の……つがい……」


 玲玉はその言葉の重みに、胸が締め付けられるような思いがした。

 地下室で独り、誰にも見つけられずに死んでいくのだと思っていた自分に、そんな大層な役割があるのだろうか。


「朕と、一つの契約を交わしてくれないか」


 龍帝の瞳が、黄金色に鋭く光った。

 それは慈愛と同時に、獲物を狙う龍のような獰猛さを秘めていた。


「……どんな、契約でしょうか」

「お前を傷つけるすべてのものから、朕が全力でお前を護る。その代わり、お前は決して朕のそばを離れぬこと。たとえどんな理由があろうとも、お前の心と体を朕だけのものにすること」


 それは、愛の告白と言うよりは、あまりに重く激しい束縛の宣告だった。

 玲玉は一瞬、その独占欲の深さに恐怖を感じた。

 だが、その裏側にある、龍帝の絶望的なまでの孤独を感じ取ってしまった。

 この強大な力を持つ皇帝も、自分と同じように「たった一人の理解者」を求めて彷徨っていたのではないか。


「私は……。まだ未熟で、陛下に何をお返しできるか分かりません」


 玲玉は震える手で、龍帝の逞しい腕に触れた。


「でも、陛下が私を必要としてくださるなら……。私は、どこへも行きません。陛下のそばで、陛下を支えたいです」


 その答えを聞いた瞬間、龍帝の表情が劇的に変わった。

 冷徹な仮面が剥がれ落ち、そこには一人の男としての、むき出しの喜びがあった。

 龍帝は玲玉を抱き寄せ、その細い体を力強く抱きしめた。


「ああ……。よく言ってくれた。玲玉、お前はもう、朕の腕の中から逃げ出すことはできぬぞ」


 龍帝の肌の熱が、薄い寝衣越しに伝わってくる。

 玲玉はあまりの近さに気絶しそうになりながらも、その腕のぬくもりに安らぎを感じていた。


「陛下、あの……手が……」


 龍帝の手が、玲玉の腰のあたりをゆっくりとなで始めた。

 その動きには、熱を帯びた欲求が隠しきれずに滲んでいる。


「……ああ、すまぬ。お前を壊したくないと思いながら、どうしても求めてしまう」


 龍帝は玲玉のうなじに顔を埋め、深く息を吸い込んだ。


「お前の香りは、最高に心地よい。枯れた大地に降る雨のような、清らかな香りだ。これを独占できる朕は、世界で最も幸せな男だろう」


 そう囁くと、龍帝は自らの魔力を込めた翡翠の護符を取り出し、玲玉の首にそっとかけた。


「これは朕の分身だ。お前をあらゆる害意から守るだろう」


 玲玉は恥ずかしさに顔を真っ赤にしながらも、胸元で温かく光る護符を握りしめ、龍帝の腕を拒むことはしなかった。

 その夜、二人は何も語らず、ただ寄り添って眠りについた。


◆ ◆ ◆


 翌朝、目が覚めたとき、玲玉の体にはまだ龍帝の腕が回されていた。

 外からは鳥のさえずりが聞こえ、柔らかな朝日が黄金の寝所を照らしている。


『私は、生きている……』


 玲玉は初めて、生を実感した。

 誰かの役に立ち、誰かに必要とされ、誰かに深く愛される。

 その確信が、彼の中にある「無価値な自分」を、少しずつ塗り潰していった。

 だが、この平穏がいつまで続くのか。

 玲玉のあずかり知らぬ場所で、彼を使い捨ての道具としか見ていない白家のどす黒い悪意が、再び牙を剥こうとしていることなど、今の彼には知る由もなかった。

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