第13話「清らなる泉の誓い」
黒い影たちは、龍帝の放つ圧倒的な覇気に怯むことなく、執拗に襲いかかってきた。
それは実体を持たない悪意の塊であり、普通の武器では傷つけることすら難しい。
しかし、龍帝の持つ剣は、帝国の守護龍から授かったと言う聖なる刃だった。
彼が一度、剣を振るえば、金の炎が円を描いて広がり、瘴気の影を次々と焼き払っていく。
「お前たちの相手はこの朕だ! 玲玉には指一本触れさせぬ! 」
龍帝の咆哮が山々にこだまする。
その背中は、どんな絶望からも玲玉を守り抜く不落の城壁だった。
◆ ◆ ◆
玲玉はその背中に守られながら、泉のほとりへと辿り着いた。
近くで見れば、泉の汚染はさらに深刻だった。
底が見えないほど濁った水面からは、この世のものとは思えないほどの下品な悪臭が立ち上っている。
『痛い……苦しい……』
泉の奥底から、そんな声が聞こえてくるような気がした。
大地の龍脈が、何者かによって傷つけられ、血を流している。
玲玉は静かに膝をつき、汚れた水に指先を浸した。
「……もう、大丈夫ですよ。私があなたを、元の清らかな姿に戻してあげます」
玲玉は優しくささやいた。
それは祈りであり、愛の言葉でもあった。
彼は自らの中に眠るすべての霊力を呼び覚ました。
かつて地下室で恐れていた力が、今、泉に向かって奔流となって流れ出す。
玲玉の体そのものが光り輝き始めた。
その光は、天から降り注ぐ銀の糸のように、どす黒い水面へと吸い込まれていく。
「グアァァッ! 」
瘴気の核となっていた、巨大な百足のような形の影が水の中から飛び出してきた。
それは断末魔の叫びを上げ、玲玉を道連れにしようとカマのような爪を振り上げる。
「させんと言ったはずだ! 」
龍帝が、電光石火の速さで玲玉の前に立ちはだかった。
剣が影の眉間を貫き、同時に玲玉の光が爆発した。
「はああああああっ! 」
まばゆい白銀の光が山頂を包み込んだ。
一瞬の静寂のあと、奇跡が起きた。
どす黒く濁っていた泉は、瞬時にして水晶のように透き通った。
沼のようだった場所からは、絶え間なく清らかな水が溢れ出し、周囲の枯れていた木々が驚くべき速さで青々と茂り始めた。
鳥たちのさえずりが戻り、山全体が喜びに震えているようだった。
力を使い果たした玲玉は、その場に崩れ落ちそうになったが、温かな腕がそれを支えた。
「……玲玉! 玲玉! 」
龍帝の焦燥に満ちた声。
玲玉がゆっくりと目を開けると、そこには心配そうに自分を見つめる金の瞳があった。
「……陛下。……綺麗に、なりましたね」
玲玉が弱々しく笑うと、龍帝は彼を押し潰さんばかりの強さで抱きしめた。
「馬鹿者が。あまりに光り輝くから、そのまま天へ昇ってしまうのではないかと肝を冷やしたぞ」
「ふふ。陛下を置いて、どこへも行きません。……約束しましたから」
玲玉は龍帝の胸に顔を埋め、深く息を吐いた。
泉からは、清涼な風が吹き抜けていく。
それはかつてこの地を治めていた古の龍の祝福のようでもあった。
龍帝は玲玉の額に優しく唇を当て、誓うように言った。
「お前がこの大地を救ったのだ。今日、お前は真の意味で、この帝国の母となった」
「母だなんて……、照れます」
玲玉は赤くなりながらも、その言葉を幸せそうに受け止めた。
◆ ◆ ◆
山を降りる二人の足取りは、来たときよりもずっと軽かった。
村人たちの歓喜の声が、遠くから風に乗って聞こえてくるようだった。




