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番外編 女か男か

ずっと違和感があった。


父親は朝から晩まで俺の世話をして、母親は外に働きに出る。テレビで見る限り政治家は女ばかりだし、通り魔事件の被害者は男が大半。何より鏡に移る自分の体に違和感があった。


セクシャリティに問題があるのかと悩んだ時期もあったが、恋愛対象は女性だったので、まぁ問題ないかと楽観視出来るようになった今日この頃。そんな時に事故は起こった。


そんな大層な事故ではなく、自転車と自転車が曲がり角で衝突するという小さなもの。怪我はなかったが、その代わり頭が少しおかしくなった。「前世」の記憶が頭にインプットされたのだ。


「おかしい!何だこの世界は!」



カントボーイという物は知識として知っていた。元々オタクでふたなりとかも好きだったし、その派生系でそれを知った。


見た目は完全に男なのに性器だけ女。それが、カントボーイ。今の俺はそれだった。自分の体に違和感があったのはこのためだったのだ。


俺は1週間部屋に引きこもった。その間、父や母が心配して扉を叩いて来たが無視をした。それどころでは無いのだ。とりあえず混乱しながらも性器はバッチリ見た。心は健全な男子なのだ。こればかりは仕方ない! 自分のものだと思うとあまり興奮しなかったが。


落ち着いてきて、頭が回るようになった時。俺はとりあえず常識を見直す事にした。


この世界は、あべこべだ。かすかに感じる女尊男卑、これはまだいい。耐えられないのは、男がズボンだけでなくスカートも履くことだ。普通に考えてこれはない。似合わないだろ。確かに下半身は女性だけれども。逆に女性はスカートしか履けない。これは俺的にアリだ。女の子がみんなミニスカをはいてるなんて天国だ。


この世界はあべこべだ。男はみんなカントボーイ。だったら女性は? ふたなり? 女性の体は生まれてこの方見たことがない。一体どうなってるのだろう?


とゆう事で、母親の裸を見ることにした。風呂に入ろうとしてる所でバッチリ見た。


「うぉう!! 」


なんか叫んで飛び上がってた。股間にはブツがぶらさがってた。お母さんありがとう。そしてごめんね。



カントボーイの反対はディックガールというらしい。見た目は女だけどあれがついてる人の事だ。決してふたなりでは無い。これも前世の記憶によって知った。この世界の女性はみんなディックガールだ。



そんな感じで、俺なりに転生した世界を受け入れて過ごすうちに三年が経った。現在俺は中学に通っている。


朝、まだ着慣れない制服に違和感を持ちながら登校する。去年までは小学生だったのだ。制服になれないのは仕方ないことだろう。(ちなみに白の学ランだ。前世では見たことがない。)


学校に着くと、すでに何人かの生徒がそろっていた。その中には親友の姿もある。


「河内ー!!」


元気な声を上げながら奴は近づいてくる。ガシッと肩を組まれて頭をクシャクシャにされるまでが毎朝のルーティーンだ。今日も案の定された。


「相変わらずぶっきらぼうだな!!」


にこにこしながら俺の頭を掻き乱すコイツの名は鹿島康文。俺はヤスと呼んでいる。


「ヤスやめろ」


掻き乱す手を跳ね除け、乱れた髪を治す。何が面白いのか彼は「へへっ」と笑った。




ヤスとの出会いは、4月の晴れた日の事だった。


俺が新しいクラスにどぎまぎしていると、ポンっと肩を叩かれた。


「おっす!」


後ろを振り返ると、ひょうきんな顔をして軽く手を挙げている少年がいた。彼こそが後に仲良くなるヤスだ。


彼は何処と無く垢抜けていた。当然モテるようで、彼女が絶えたことが無い。彼に嫉妬してる男子は「ヤリマン」などと陰口を叩いていたが、彼は何処吹く風だった。そういうのを見てると憧れのようなものを次第に抱き、ヤスと友人でいるのが何とも誇らしく感じるようになった。





そんなヤスに新しい彼女が出来たらしい。今回の相手は5歳年上の大学生のようだ。


「それで、みゆきちゃんさ〜!!」


先程から延々と「みゆきちゃん」の話を聞かされている。これは暫く終わらないなと半ば呆れていた。ヤスは相当、彼女にゾッコンらしい。惚れやすい彼だが、ここまでのめり込むのは少々珍しい。




学校が終わると、俺はまっすぐ家に帰った。

玄関で靴を脱ぐとき、母親のものでは無い女物の靴を見つける。


「ただいまー。誰かいるのー?」


俺が声を張り上げるとリビングから父が顔を出した。いつもより少し硬い表情をしてる。懐かしい顔だ。


父は昔、とある屋敷で執事をしていた。俺が小学校に上がる頃にはもう引退していたのだが、それまではきっちりとした身のこなしでThe執事って感じだった。

今はその執事モードに入ってるらしい。


「舞様が来てるんだ。ご挨拶しなさい」


舞様。


名前だけは知っている。父の使えてた方のお孫さんだ。とても美人らしい。しかし、俺が物心着く頃にはアメリカに留学してしまったらしく、残念ながら顔は覚えていない。


急なことで頭が混乱する。緊張の為か心臓の鼓動がいつもより早い。



リビングには天使がいた。


「和也くん? 大きくなったね」


ふわりと笑う天使。俺は固まってしまった。

父にこずかれて意識を取り戻す。


「こ、こんにちは」


体を前に倒す。ぎぎぎっと音がなっている気がする。


舞さんは絶世の美女だった。父が彼女のことを話す時、腑抜けるのがよく分かる。それくらい美しいのだ。天使、いや天女だ。羽衣着てそう。



舞さんは博識だった。

喋ってるだけでも様になる。俺にも分かりやすく話してくれるため、会話が途切れることがない。

幸せな時間はあっという間に過ぎる。


「あ、もう帰らないと」


時計の針は6時を示していた。

俺達は家の前で彼女を見送った。手を振りながら考えるのは、次はいつ会えるのかということだった。




「それで、みゆきちゃんがー.....!」


次の日の学校でも、頭の中は舞さんのことでいっぱいだった。ヤスの話に適当に相槌を打ちながら、彼女のことを考える。


ーいい匂いがしたな〜。香水って感じじゃなくて、石鹸のいい香り.........



「河内ー!かーわーうーちー! 」


目の前に手がある。

ヤスは、俺の前で手を振っていた。


「やっと気がついたか! 心ここに在らずだな。一体どうしたんだよ」


俺は「いや、なんでも」と小声で呟く。



「.........恋だな」


ガタンと机が跳ねた。ヤスはニヤニヤとしている。


「まさかお前がな〜」


「ち、違うって!!」


ヤスの言葉を全力で否定した。そんなわけが無い!! そんなわけが.........。


ーーー



「は?」


「土曜は空いてるかと聞いているんだ」


そう言う父の手の中にはチケットがあった。この近くで最近オープンした水族館のものだ。現在、俺は家にいる。モヤモヤ考えていたらいつのまにか放課後になっていた。そのまま帰って、現在に至る。


「な、なんで?」


「舞様がくださったんだ。最近帰ってきたばかりで土地に不慣れなのと、お前と話をしてみたいからだそうだ。無礼のないようにしなさい」


それって、つまり.........



「なんかごめんね。来てくれてありがとう」


土曜日、舞さんと水族館にいる。






今日まで、俺の頭の中は大パニックだった。前世も含めて女子とデートなんてしたことがない。いや、これがデートなのかと言われればそうじゃないかもしれないけれど、男女が遊びに出かけることはデートと言わないだろうか?!


.........とにかく、服も選びに選んだものを着て(ヤスにコーディネートしてもらった)案内を完璧にこなす為に、ネットで調べに調べまくり、お年玉も全て下ろしてきた。完璧だ。



「イソギンチャク可愛い〜」


生き物を愛でている舞さん.........なんて可愛らしいんだ。イソギンチャクも心無しか顔が赤くなっている気がする。顔がどこにあるのか知らないが。


「和也くん本当に初めて来たの? なんか凄い詳しいけど」


「初めてですよ! ちょ、ちょっと調べただけです!」


嘘です。だいぶ調べました。

でも初めて来たのは本当だから、全てが嘘ではない。セーフだ。



それからイルカショーを見たり、ヒトデを触ったり、ダイバーのお姉さんと魚のショーを見たりして楽しんだ。舞さんも楽しそうにしていたので大満足だ。

夕方になり、そろそろ帰ろうと言う話になった時に舞さんは言った。


「ちょっとお茶しない? 」




「和也くんって転生者だよね? 」


「ブフォッ!」


俺は口に含んでいた紅茶を危うく吐き出すところだった。それくらい衝撃的なことを言われたからだ。

な、なんだ? どういう事だ?

可能性1、舞さんは厨二病を発症してる。

可能性2、彼女も同じ転生者


「実は私もなの」


どうやら後者らしい。



「舞さんの前世の世界は、俺と同じみたいですね」


「なんかそんな感じだね」


舞さんはコロコロと笑った。

俺の内心は喜びでいっぱいだった。この世界に同じ価値観を持ってる人がいる。それだけで、いつも心の片隅にあった孤独感が氷のように溶けていく。


「舞さん」


「うん?」


「これからも、こうやって会って話せませんか? 」


俺は意を決して言った。




それからというもの映画館に行ったり遊園地に行ったり、色々な場所へ足を運んだ。その度に舞さんは楽しそうに笑っていた。

本当に楽しい。前世の価値観で会話も出来るし、何より舞さんが本当に可愛らしい。時々子どもっぽいところがあって、それがまたギャップを感じて面白い。



「それで!舞さんがーー」


「.........」


「ヤス?」


いつの間にか立場が逆転したように話し続ける俺の横で、彼は青い顔をして俯いていた。


「どうしたんだよ?体調悪いのか?」


「い、いや。そんな事っ.........!」


いきなり立ち上がると、どこかへ走り去っていく。俺もヤスを追いかけて教室を出た。


たどり着いた場所は男子トイレだった。




「.........大丈夫か? 」


未だに便器に座り込む友人に声をかけた。吐くのに疲れたのか息を整えている。


「.........ああ」


「いつからなんだよ」


「.........先週ぐらいから」


ヤスの言葉に何も返せなかった。食あたりにしては長い。




「誰にも言わないでくれ.........」


泣きそうな声でそう言われた。



「妊娠」なんて俺には縁のないものだと思っていた。けれど違うんだ。もう違うんだ。




家にとぼとぼと帰る。衝撃的な事実を知ったせいか腹がズキズキと痛む。今日は早く寝よう。寝てしまえば何も考えなくて済む。

家に着くなりベッドに潜り込んだ。



二度あることは三度ある。

何故かその諺が頭に浮かんだ。下着に染み込んだ血は、俺が「男」になった事を意味していた。



ジャブジャブと下着に着いた血をこそぎ落とす。胸がわしづかまれたように痛い。じくじくと痛む。違う。違う。俺は男だ「男」じゃない。それは「女」じゃないのか? いや違う。じゃあ俺はなんだ?


なんなんだ?



それからしばらく学校を休んで部屋に引きこもった。親は酷く心配して、何度もドアを叩いてきた。でも俺は全てを無視した。


そんな時に家にやってきたのは舞さんだった。


「和也くん。どうしたの?」


優しく包み込んでくれるような優しい声だった。彼女なら教えてくれるかもしれない。


「舞さん、俺は男ですか?女ですか? 」




その静寂は、たったの数分だったのかもしれない。けれど俺にとっては何時間にも感じて、居心地が悪かった。


「ある女の子の話を聞いてくれる? 」


居心地の悪い静寂を切ったのは、舞さんだった。


「その子は女の子として生を受けたの。でも、その子の中の「女の子」と現実はあまりにも違って戸惑った。自分はなんなのか悩みに悩んで考えないようにするようになったの」


「そんな時にある男の子と出会った。その子は女の子の中の「男の子」とはあまりにも違って、タイプでもなかった。けれどだんだんと彼が気になってきて、彼ならなんでも許せる様になった。彼がスカートを履いていたって、触られるのを酷く嫌っていても」


気持ちが悪い男だな。その男


「気持ち悪いって思ったでしょ。でも好きになっちゃったんだ。彼はこの世界に生きる普通の男の子なんだって思えるようになった」


「だから私も普通の女の子になった」


俺は顔を上げる。舞さんの話はこれで終わりのようだ。


「これは一つの参考例。決めるのは貴方よ」


この日、俺は失恋した。




数日後、俺は制服を着た。

部屋から出てきた息子に驚きを隠せない両親を尻目に朝食を摂る。


「行ってきます」


元気よく叫んで家を出た。


学校に着くとヤスがいた。けれどこちらには目もくれず空を見続けている。周りからちらほら聞こえる「あいつ中絶…」 「よく学校来れるよな…」 という言葉で大体の状況は把握した。


「ヤス」


ゆっくりとこちらを向く。そして泣きそうな顔で笑った。俺は彼の手を引っ張って教室を出る。



「久しぶりだな」


「…久しぶり。学校ずっと休んでるから心配した」


俺はお前の方が心配だと思っても口には出さない。とても青白い顔をしている。


「子供のこと言ったら逃げられた」


ヤスは力なく笑った。「バカだろ? 俺」と。


「それで親に言って、殴られて、それで.........」


彼は泣き出した。たくさんの雫が後から後から落ちてくる。


「そうか」


それだけ言ってヤスを抱きしめる。前の俺ならこんな女々しいことしなかっただろう。彼は俺の腕の中で泣き続けた。





「舞さん、またアメリカに行くんですか?」


よく晴れた日曜日、急遽アメリカに飛び立つこととなった舞さんを見送りに来ている。父と共に。


「舞様.........どうかお達者で」


「河内さんもね」


涙ぐんでいる父を見て、なんだかむず痒い感じを覚える。お達者なんて言葉使う人を初めて見た。


「和也くんも元気でね」


「はい」


舞さんはそれだけ言うと旅立って行った。彼氏さんの元へと.........





まだ自分が何なのかは分からない。

けれどそれでいいと思う。俺は俺なのだから。これからも一歩一歩進んでいこう。


そう空に誓った。飛行機雲が一筋できていて綺麗だった。


お読み頂きありがとうございました。

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