32話
「ひ~か、久しぶりの家だね」
「……」
「ほら、目を開けてごらん?」僕がそう言っても、輝は目を開けなかった。
「体持ち上げるね」僕はそう言いながら輝を抱いて、僕のベッドに寝かせた。
「準備してくるから、少しここで待っててね」そう言って僕はベランダから洗濯物を取り込んで、輝の洋服をたたんだ。
僕が急いで輝の所に戻ると、輝は静かに涙を流していた。
僕はそっと涙を拭ってから、
「どうしたの?辛いことあった?」って優しく問いかけた。
すると輝は、
「兄貴の匂いがする~」って言った。
そして、
「もう帰りたくない」って言ったんだ…
「輝…ごめんな、空も待ってるし、病院戻ろう?」
「嫌だ。ここにずっと居る!」輝はいつになくわがままだった。
でも、もしここで呼吸困難になったら…助けてあげられない。
「お願い、輝…病院戻ろう?」
「だって僕、死んじゃうでしょ?」
「輝…」そんなこと言わないでよ…
「それなら最後のわがまま。このベッドで終わりたい…」
「輝…人口呼吸器付けたらもっともっと一緒に居られるよ?」
「兄貴、ごめん。僕は付けたくない…兄貴に迷惑をかけるだけの人間にはなりたくないから…」
「輝…嫌だ。僕はずっとずっと輝と一緒笑っていたい…」僕はそう言って泣いた。
涙を拭っても拭ってもこぼれ落ちてきて、止まらなかった。
「兄貴…僕はもう誰も輝かせないんだ。もちろん兄貴も…」
「そんなことない。輝は生きていてくれるだけで、僕の希望だから…お願い、生きて!」
「僕はもう何も出来ないんだよ?それでも生きていて欲しいの?」
「うん。生きて欲しい…」
「本当はね。僕も生きたいんだ。兄貴とずっと一緒に居たい。でもそんなこと思っていいの?」
「当たり前だろ?『生きたい』って願って何がいけないんだ。輝、これからもずっとずっと一緒に居ような」
「うん。ありがとう」輝はそう言って目を閉じた。
「それじゃあ病院行くね?」そう言って僕は空に電話をかけた。
ピンポーン
「ごめんな。もう少し落ち着いたら帰ってこような」そう言って僕は輝を抱えて車イスに乗せた。
「灯~準備出来た?」
「うん。ごめんね、迎えきてもらって…」
「別に近くだしいいよ。ほら乗って!」
「ありがとっ」僕はそう言って空の車に乗り込んだ。
輝は寝てるのか、気持ちよさそうな寝息をたてていた。
「空、輝がね、生きてくれるって」僕はそう言って涙を流した。
「えっそれってつまり人口呼吸器付けてくれるってこと?」
「うん。本当に良かった…輝いっつも僕の迷惑になるんじゃって考えるから…」
「灯が輝くんのこと好きなくらい輝くんも灯のこと好きなんだろうね」
「ううん。僕のほうが大好きだよ」僕はそう言って笑った。
「はいはい。お前ら本当に両想いだな」空は呆れたように言った。
「空、嫉妬してる?」
「そんなわけないだろ!」
「空も好きだよ」
「はいはい。ありがとうございます~」
「もう酷い…プン!」
「酷いのは灯だろ?」
「えへっ…」そんなことを話している間に、病院に着いた。
「ひ~か、ありがとう、大好きだよ」そう言いながら僕は輝を抱えて病室のベッドに寝かせた。
すやすやと眠る輝の顔は天使だった。




