8 誓いは月下の光に晒されて
シュクラウダ石炭廃坑での実戦訓練や一人反省会を行ってから6日経ち、長いようで短かった訓練も今日で最終日となった。
最終日と言ってもこれと言って変わった事をするわけではなく、転移してから今まで培ってきた技術を磨き、昼過ぎから壊獣の特徴や気をつけるべき行動などの座学を行った。
座学の内容を簡潔に纏めると。
1 大きさを自在に変化させられる事
2 喰らった者の力を再現出来る事
3 そこそこ高い再生能力を持つ事
4 妙に賢く、遮蔽物は逆効果である事
5 見た目に反して意外と動きが速い
「なるほど…」
脳裏に無理の二文字が浮かぶが慌てて振り払う。
しかし実際問題、知らない力を大量に持ち、再生能力まであって知能も高い怪物に、この2ヶ月で培ってきたものが通用するとは思えなかった。
「アルバートさん、こんな怪物本当に勝てるのでしょうか…?」
不安を隠しきれず、疑問をぶつける。
「勇者殿が不安になるものわかる」
アルバートはそう私に言い、続けて言葉を紡ぐ。
「だが奴との戦いは勇者殿1人では無い、中央大陸の国全てが最大戦力を編成した軍を派兵、そこに結集した連合軍がついてる、勝てるさ」
仲間が大勢いるから勝てる、そうは言うけど前回はそれでも負けていた事を思い出して疑問を口にする。
「前回は数万規模の軍で負けた…と聞いた覚えがあるのですが、これだと今回も同じになりませんか…?」
「確かに、規模で言えば前回と変わらない、それどころか縮小しているとも言えるな」
規模は拡大どころか縮小している事を告げられ、余計に頭がこんがらがる。
「でしたら前回よりも強くなっている壊獣に勝つのは無理ではありませんか?」
明らかに戦力は下がっているはずなのに、妙に自信があるアルバートに私は首を傾げる事しか出来なかった。
「……前回は準備を整える前に戦闘を開始したんだ、それに戦った場所が悪かったんだ…。今回の戦闘予定地は前回の反省から選んでいる、だから安心してくれ、必ず勝てる」
「そう…なのですね」
絶対に勝てるとは言われたものの不安は拭いきれない、人を集めたくらいで勝てる相手なのか、私の考えを見透かしたのだろう、アルバートが再度口を開く。
「当日は連合軍全体の一斉掃射を放ち先手を打つ、奴の再生能力を持ってしても大きな負傷となるだろう、そのまま全軍で叩き込めば必ず勝てる、勇者殿は皆の士気を上げる旗印として先陣を切ってくれたらいい」
それほど自信がある作戦なのか、アルバートは胸を張っている、その自信は何から来る物なのか…私には分からなかった。
未だ不安げな気持ちが晴れない事を察したのか、再び言葉を紡いだ。
「……今回は今までと明確に違う事が一つあるんだ」
「違う事、ですか?」
「ああ、勇者殿、君が居る事だ」
私が居る事で何が変わるんだろう、確かに世界を救う勇者として召喚されたものの、未だに騎士団長であるアルバートには強さで敵わない。
私よりも強いアルバートが大軍を率いて敗北した、そんな怪物相手に、私が居た所で戦況をひっくり返せるとは思えない、そんな考えが頭の中駆け回る。
考えは疑問を呼び、自然と口に出してしまっていた。
「私が加わった程度で…本当に勝てるのでしょうか…」
「勝てるさ」
「どうしてそこまで自信があるのですか?私は団員よりも少し強いくらいで、アルバートさんには勝てません」
「……それは君が勇者…だからだよ、王女殿下も最初に言っていたはずだ、勇者は脅威に対抗しうる特別な力を持つ…と、勇者殿はそれを見つけられていないだけさ」
特別な力…2ヶ月前召喚されたあの日に、王女殿下は確かにそう言っていた、何の事か分からなかった私は、その事を忘れてしまっていた。
「わかりました…頑張りますね」
自身の源と勝算と呼べるかはともかく、糸口はある。
その事実を知れただけでも気持ちは晴れやかになる。
その後も座学は続き、注意すべき力を教えてもらった。
夕刻に差し掛かる前で座学は終わり、残りの時間は英気を養うように言われたが、身体を動かしていないと不安な気持ちが込み上がってくるため、訓練場へと赴き剣を振り始めた。
小一時間ほど振り続け気持ちを和らげた後、美月から誘われ、この世界に転移してから初めて一緒に食事を取る事となる。
「いよいよ明日…だね」
「…うん」
「やっぱり一人で行くの…?」
「ううん、騎士団の人たちと一緒に、それに他の国の軍隊も出撃するみたいだから、私一人じゃないよ」
大勢の味方がいるよ、そう伝えると美月の表情は柔らかくなった。
「そう…なんだ…それなら安心だね…」
会話が止まる、食事を取っているとは思えない程の静謐な空気が広がる、そのまま2人は特に話す事もなく食事を終える。
別れ際となり、このままでは良くないと思い、私は美月に話しかける
「……あの!……美月、この件が片付いたら一緒に城下へ遊びに行きましょう」
今になって本当は怖い事など伝えたい事はあった、でも私の気持ちを吐露すれば、美月の不安を増徴させる他ないと、胸の内にしまい込んだ。
私の思いを知ってか知らずか、美月は私の顔をみてふわりとした笑顔を見せる。
「待ってる、絶対帰ってきてね……」
約束の晩餐は終わり、いつも通りの小用を済ませ、明日のためにと、早めにベッドへ潜り眠りに着く。
◇◆◇
翌朝、騎士団の中でも精鋭とされる者全員と、騎士団長のアルバート、そして私の総勢500名が広場に集結していた。
寝坊する者など1人としておらず、全員揃ったのを確認するとアルバートは号令を出した。
「皆、揃ったな。それでは出陣する!壊獣を討ち果たすぞ!!」
アルバートの号令に団員一同が応!!と気勢を上げる、やる気は十分というのが伝わってくる、私も心の中で『おぉ!』と叫んだ。
行軍が始まった。私とアルバートは先頭を歩み、その後ろを騎士の皆が5列に並び後ろを歩く。
城下を行軍中、市民から歓声をあげられた、賑やかな城下を抜けエリュシオン王国を後にする。
平原を抜けアンティガーダの森へと入り東へ進み、森を抜けてさらに東へと進んでいくと、最初の夜が訪れた。
野営地にて、初めてのテント張りという事もあり、釘と鎚を持ち頭を傾げていると、数人の騎士から話しかけられる。
「勇者様は野営は初めてですが?」
「お恥ずかしながら…。知識はあるのですが…ここに来る以前も来た後も一度も経験した事がなく…」
「そうですか、初となりますとどうしたらいいかわからなくなりますよね、そんな時こそ遠慮なく我々に頼ってください!」
騎士はそういいながら、恵が持っていた釘と鎚を受け取ると手際よくテントを組み立てて行った。
ものの数分で作業を終えた騎士達は、礼をして自分達の作業へと戻って行く。
何も出来ずただ騎士達の手を煩わせてしまった事に罪悪感を覚えた恵は、何か出来ないものかと、考え食事を振る舞ってみる事にし、許可を得て荷馬車から機材と食材を運び出して、慣れた手つきで調理を進めていく。
何故積まれていたのかわからない牛乳などを用いて下地を作り、騎士達が採取していた食用のきの子や、食草と魔物の肉をそれぞれ切り鍋で煮詰めて簡易的なシチューを完成させた。
野営地で匂うはずのない甘い香りに、騎士達は集まり不思議そうに鍋を除く。
「勇者様、これはなんですか?」
見た事もない料理に騎士は疑問を投げかけてくる。
周りを見れば他の騎士達もうんうんと首を縦に降っている。
「これはシチューという私が元いた世界にある食べ物…を模倣した物です、足りないものが多いので完全には再現できていませんし、お口に合うかもわかりませんが……」
「こちらを食べても良いのですか?」
「ええ…はい、その為にお作りしましたので…」
その返答に騎士達は凄まじい声量で、うおおおおおお!!!と叫ぶ。あまりの大きさにびっくりして耳を塞いでしまった。
「申し訳ありません、勇者殿。遠征中にこのような温かい料理を食べられる事はなく、喜んでいるのです」
近くまで来ていたアルバートが苦笑いしながら教えてくれた。
その後、へとへとになりながらも全員分のシチューを作り上げ、満足そうに食べる騎士達をまた一息ついていると、お代わりをお願いされ、これも鍛錬!と自分にいいか聞かせ追加分も作りきった。
一人だけすごい速度で平らげて無言で器を差し出しお代わりを強請ってくる人がいたため、かなりの追加作業となった。やり切った恵は自分の分を作りようやく食事につく。
「勇者殿、お疲れ様でしょう」
隣で食事を取るアルバートから尋ねられる。
「そうですね…全員分ともなると大変でしたね…、ただそれよりも時間も食材も多く消費してしまって、少々申し訳なくなりました」
「在庫は気にしなくても問題ないですよ、行路で頂いた牛乳は早めに消費するつもりでしたし、キノコや食草はそのあたりで採取したものが大半ですから」
だから気にしなくてもいいよ、とアルバートは補足してくれる、一瞬だけ肉は…?と脳裏をよぎるが好意を無碍にしないためにも消し去る。
予想外の盛り上がりを見せた夕食の時間も終わり、見張りを担当する騎士以外は各々が建てたテントへと入り眠りについていった。賑やかだった先程とは一転し夜の静けさを感じる。
後片付けを済ませた恵は皆と同じく床に就こうと自分のテントへ戻ろうとしていたところ、少し離れた場所から掛け声が聞こえてくる。
気になった恵はその場所へと赴いてみる事にした。
「はっ! はっ!」
剣を振っていたのはアルバートだった、いつもよりも気迫が凄く気圧された恵は、邪魔しないよう立ち去る事にした。
「セ……ああ、勇者殿でしたか、こんな時間に何か御用でも?」
「い、いえっ」
音立てないようゆっくりと離れたつもりのはずが、話しかけられた事に驚き変な声が出てしまった、気を取り直して、首を傾げるアルバートに改めて話しかける。
「すいません、こちらから声がしたので、気になってしまい…」
「なるほど、そうでしたか」
剣を鞘へと納めたアルバートは、日本で言うところのタオルのような物で汗を拭い、私がいる場所へと歩みを進める。
私と2人で近くの倒木へと腰を掛け、たわいの無い話を始める。
「アルバートさんはこの時間に剣を振るっておられましたが、身体を休めないのですか?」
「後数日で壊獣と戦える、そう思うと身体が熱くなってね、どうにも眠れないんだ」
アルバートは拳を握りそう言い放った。一度大敗した怪物相手に何故戦えるのか恵は不思議でならず疑問を投げかけた。
「アルバートさんはどうして壊獣との戦いを望んでいるのですか?」
アルバートは少し悩む素振りを見せ答えてくれた。
「セシリアの…妹のためだよ」
「妹さんの…?壊獣になにかされたのですか?」
アルバートは首を横に振る。
「原因は別にあるけどね。ただ壊獣の暴走に巻き込まただけさ」
そこまで聞き、ようやく勘づいた。故郷にいる…確かにそう言っていた…でもそれは病を患って動けないから、などではない…お墓がある…そう言う意味だったんだ。
「まさか、故郷にいるって…」
「あぁ、勘づいていると思うが。私の妹はもう居ない、あの日壊獣が何かを追って進路上にいた全てを轢き殺した、既に戦線は崩壊し、退却中だった妹達は……。私の手元に残ったのはこのペンダントだけだったよ」
アルバートは首にかけていたペンダントに軽く触れて、震えながら更に拳を強く握る。
怒り、悔しさ、悲しみ、そんな感情が入り混じったのか、手からは血が滴っている。
語られた身内の死に掛ける言葉が見つからず、目的を果たしましょうと、ズレた励ましをするしかなかった。
「……必ず倒しましょう…!」
「そうだね…勇者殿、頼りにしているよ」
アルバートとの語らいは終わり恵は改めてテントへと戻る、羊毛で作られたマットレスのような物で横になり、アルバートの思いを胸に、眠りに就いた。
こうして始めての野営はすぎて行った。
月は照らしても、私にツキは無いよ




