9 微笑みは空を黒へと染める
あの日の語らいから更に3日経過し、前回壊獣との戦闘があったアユスナシャ共和国近郊の《サンカルパ平原》まで来ていた。
事前に壊獣は巨大と聞いていたのだが、ここにくるまで1度たりともその姿を観測できておらず、どれほどの脅威なのかを未だに感じられていない。
「ここが戦う場所なのですか?」
私は隣にいるアルバートへと質問を投げかけた。
「そうだ、奴は先に見えるアユスナシャ共和国から動いていないと報告を受けているからな、軍が集結した後、総攻撃を仕掛けそのままこの場で戦闘開始となるだろう」
「わかりました、ありがとうございます」
戦う場所、事前に大まかに聞いていた作戦の補足などを話し、ひと段落した所で気になっていた事を述べる。
「話は変わるのですが…壊獣は身体が大きいとお聞きしました、しかしこれほど接近しても姿形も見えないのですが…」
「ああ…出陣前日の座学でも言ったが、奴は身体の大きさや形を自在に変化させられるからね、おそらくだが街中に溶け込んでいるのだろうな」
「そうなのですね…」
それきり特に会話は無く、続々と聞こえてくる他国軍の足音と、配下に指示を飛ばす指揮官の声、本番前の訓練による金属同士がぶつかる音など、皆が硬い表情をし、戦いの準備を進めていた。
張り詰めた空気が支配する空間に、恵の表情も一段と硬くなる。自分もやれるだけの事をやらなきゃと気合いを入れ、使うかもしれない剣技や魔法を磨くための反復練習を行い、後の時間はひたすら剣を振るい続けた。
そうしているうちに全ての軍隊が揃ったのだった。
陽も落ちてきていたので、戦闘の開始は明日からとなった。
この遠征中毎日料理をしていた事もあってか、すっかりと料理担当となってしまっていた恵は、今日も機材を借り受け、何を作ろうか悩んでいると、毎日大量のお代わりをする小柄の騎士が尋ねてくる。
「勇者、今日何、作る?」
「う〜ん、作られるものも限られてるので考えてる最中です、何か希望はありますか?」
「これ、最後になる、シチュー?、また食べたい」
「わかりました、ではシチューを作りますね」
「ありがと、勇者」
小柄の騎士の要望でシチューを作る事になり、前と同じように作り上げて振る舞った、他国の騎士は温かい料理に驚き羨ましそうにしていたが、全て作ろうとすると、とても人間1人が作り切れる量ではないため、流石に振る舞う事は出来なかった。
和やかな食事の時間は何事もなく過ぎ去る。
食後、満足そうな騎士達を他所に恵は、機材や器などを水の生活魔法で洗い流し後片付けを進めていく。
「始まりは蒸気、空より齎される恵みの雨。人々に潤いを授け、穢れを押し流す力となれ。ティア!」
唄を紡ぐと手から水が出てくる。魔法は便利で、本来落としにくい汚れもあっという間に落としてくれるため、30分ほどで片付いた。
後片付けを済ませた恵は、休憩がてらのんびりと騎士達の様子を眺めていると、例の騎士な事がふと頭をよぎる。
「考えてみればあの小柄の騎士さんの名前は書いてないですね…?明日にでも聞いてみましょうか…」
のんびりと物思いに耽っていると肩を叩かれる、振り返ってみると例の騎士がいた。
「勇者、なにしてる?」
私の振り向きざまに小柄の騎士が話しかけてくる。
「ううん?何も、騎士さんは同僚の方々と一緒に居ないでいいのですか?」
「いい、アレ、興味ない、勇者、興味ある」
「興味…?何か気になる事でもあるのですか?」
「うん、勇者、不思議。なんでビリビリしてる?」
…ビリビリ?静電気の事かな…。と脳裏に浮かぶ、私は自分の体質の事を話した。
小柄な騎士は首を傾げ、わかっていない様子を見せたあと、「せいでんき」とだけ呟き闇の中へと消えていった。
興味があると言っていた割に、すぐに終わった質問タイムに戸惑い固まりつつも、小柄の騎士を見送ったのち、思い出したかのように呟いた。
「あっ…名前聞きそびれちゃいましたね。明日の朝に改めて聞いてみるとしましょう…」
明日の早朝、開戦前なら話す猶予もあるだろう。明日が最後になるかもしれない、せめて名前だけは持って帰ってあげたい、ただそれだけを想いテントへと戻り、眠りについた。
◇◆◇
地平の向こうから朝日が昇りはじめ、静寂に包まれた平原を少しずつ照らし始めた。
転移してからの毎日ですっかり早起きが習慣となっていた恵は眠りから覚めて、まだ静かな野営地を軽く歩き思いを馳せる。
美月は元気にしているか、この戦いが終わったら何をするか、何人生き残れるかもわからないけど多くは救ってみせるなど、不安や決意を抱きながら歩いていると、それなりの時が経っていたのか目を覚まし始める人が増えており、賑やかになっていた。
恵は考え事を中断し、アルバートやエリュシオンの騎士達に挨拶をするために、エリュシオンの野営地へと戻っていく。
自分のテントがある場所へと戻ってくると、目覚めていた騎士と挨拶を交わし、中央の方で指揮をとっていたアルバートにも挨拶をする。
「アルバートさん、おはようございます!」
「おはよう、勇者殿おはようございます。相変わらずお早いですね」
「習慣になっちゃいまして…」
と、アルバートと他愛のない話を交わしたあと小柄の騎士を探す。
幸いにも小柄という特徴があるため、数分で見つける事が出来た。
「騎士さん!」
「ん、勇者。」
「騎士さん、急なのですがお尋ねしたい事がありまして!」
私の勢いに押されたのか、小柄の騎士は少し戸惑い気味で返答を口にする。
「尋ね?何、?」
「騎士さんのお名前を教えてください!」
「名前、?」
名前を聞くと固まり深く考える素振りをみせる小柄の騎士。何か言えない事情でもあるのかと思い、恵は慌てて訂正を入れる。
「ごめんなさい!言えない事情があるのでしたら無理には…」
「ん、問題ない、思い出した、名前はゼノア」
名前を教えてくれた、そんな些細で小さな出来事でも、今の私には嬉しかった。
「ゼノアさん…ですね!今日は頑張りましょうね、一緒に生き残って、国に帰りましょう!」
「問題ない、ゼノア達は生き残る」
「心強いです!」
小柄の騎士…ゼノアは恵の言葉を聞き届けたあと、香ばしい匂いに釣られて配給所へと駆けて行った。
朝の食事が終わり、いよいよ作戦を決行する。
隣にはアルバートとゼノア、必ず勝ちましょう!と声を掛ける、アルバートからは力強い頷きが返ってきた。しかしゼノアは違った、フルフルと首を振り一人で平原の先にあるアユスナシャ共和国へと向かっていく。
その不可解な行動に、皆と共に首を傾げていると、ゼノアは突如振り返り笑った。
次の瞬間、今まで空が闇に包まれた。
否、巨大なナニかが太陽と空を遮ったのだ、そうとしか言えない、一瞬の出来事だったが故にその考えに至るまでにほんの数秒時間がかかってしまった。
脅威を私が恐る恐る空を見上げると、悍ましくそれでいて途轍もなく巨大な口が私たち連合軍がいる場所へと向かって降ってきている事に気づいた。あまりに唐突で衝撃的な出来事に恵は咄嗟に叫ぶ。
「……っっ!!!みんな!逃げてぇぇぇぇぇぇ!!!」
その声で我に返った連合軍の人達は、恐怖で歪みきった表情で悲鳴を挙げる。我先に逃げようとする者、恐怖のあまり動けない者や腰が抜けへたれこむ者までいた、数分前までの勝利ムードは既になく、戦場は混沌と化していた。
恵もすぐに退避へと行動を移したため、事なきを得ているがそうでない者が大半で、連合軍の4割がたった一度の攻撃で死亡した。
即死は免れたたものの、攻撃の余波で身体の一部が欠損した人、脳への負荷が凄まじく気絶した人が多く、すでに壊滅状態となっている。
怒号と悲鳴が飛び交う戦場と、見知った顔が大勢死んだ事実は恵にのしかかり、強いストレスと拒絶反応を与え、過呼吸を引き起こした。強烈な胸の痛みと息苦しさでまともな思考など出来るはずもなく、状況は刻一刻と悪くなって行く。
「はぁ、…っ!はぁ、はぁ、はぁっ…!」
肺が…苦しい…、でも、たた…かわ、ないと…!
そう自分を奮い立たせ、剣を握るも力が入らない、守りたいという気持ちはあっても身体が戦う事を拒否している。
ヴォルアァァァァァァァァァァァ!!!!!!
「ひっ…!」
壊獣が大地を揺るがすほど大きな咆哮を挙げる、それはまるで「お前達は食料」と言われているような……そんな雄叫びに恵を含めた多くの輩は戦意を喪失した。
動けなくなった輩を暴食は容赦なく喰らい続ける。勇者である自分が守るべきだった人達が次々と犠牲になって行く様を、何も出来ず恵はただ眺めている事しか出来なかった。
壊獣戦になります、少し長いですがお付き合いください。




