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10 『覚悟』

少し長め


 壊獣による絶望の宴が開演し、一方的な蹂躙劇は終わらない、恵は自分が食べられるまでの時間をただ震えて待つしかなかった。


「勇者殿」


 声がした、安心できる…騎士団長の声だ


「アルバート…さん……」


「すまない、奴は想像以上に成長していたようだ、まさか遠征部隊に潜り込まれているとはな…想定外だった」


「ごめん…なさい……」


 それは何に対しての謝罪なのかわからない、ただ恵は掠れた声で謝罪の言葉を零し、涙を流す。


「勇者殿、謝らないでいい、最初の攻撃にいち早く気づき、全体に逃げるように叫んでくれたおかげで全滅を免れたんだ、だから謝らなくていいんだ。君は大勢を救ったんだよ」


「でも……!」


 責めて欲しかった恵は、アルバートに食いかかろうとするが、アルバートは首を横に振り続ける。


「すまなかったな、こんな所に連れてきてしまって、もういいんだ…元々私たちの世界で起こった問題だ」


「………」


「この世界の問題はこの世界の生き物である我々が解決すべきだ、だから勇者殿は戦わなくていい、私たち騎士団に任せてくれ」


「………」



 止めたかったのに、声が出せなかった、恵はあの恐ろしい怪物に屈してしまい心が折れていた、戦いたくなかったのだ。


 生き残っていた騎士団の皆んなが恵に声をかけ、口々に感謝などの言葉を伝え、アルバートと共に攻撃の準備を始めていく。


「我らはエリュシオン王国騎士団!!我らが仲間の仇のため、世界の平和のため!必ず勝利をもぎ取るぞ!」


『「応!!!」』


「いくぞぉぉ!!」


 アルバートの掛け声と共にエリュシオンの騎士達は雄叫びを挙げて一斉に飛び出していった、


 私はただその背中をみている事しか出来なかった。



◇◆◇



「うぉぉぉぉぉっ!!疾風二段突き!」


 アルバートが壊獣へと詰め寄り2回突く、それを合図として騎士団総出で同じ剣技を壊獣へとぶつける、並の魔物なら致命傷レベルとなるのだが…やはり効果は殆ど無いようで、アルバートは舌打ちする。


「騎士団長、どうしますか?」


 団員の1人が私に次の手を聞いてくる。


「とにかく攻撃し続ける、それしか無いだろう、休む暇はないぞ、いいな?」


「ハ!」


 などと少ないやり取りを交わし、再び壊獣へと攻撃を始めた。



────────────



 私含めた騎士達は果敢に剣技や魔法など、手段を変えながら攻撃を重ねる、しかしどれもこれも大したダメージには至っていない、一切の休息なしで攻め続けた結果得られた情報は、前回有効だったはずの技や魔がほとんど効いていないと言う事だった。


 この程度の情報の対価として失った命は多く、残ったのは自分含めてたった10人となっていた。


 残った9人の部下も限界が近い、呼吸は浅く魔力が殆ど残っていないのかフラフラとしている者までいる。


 圧倒的なまでの力の差に思わず苦虫を噛み潰したような顔をする。


 このまま戦っても全滅は時間の問題、どうするべきか考えながらもアルバートは攻撃の手を緩めない。


"ニンゲン?"オトナシク"カテ"トナレバヨイモノノ"


 突如、壊獣が言葉を発する。


「!?こいつ、言葉まで話せるのか」


 考えてみればすぐわかる事だった、勇者殿は確かにこいつの事をゼノアと呼んでいた、おそらく私の知らない所で交友があったのだろうな。


 想像以上に高い学習能力に冷や汗を流しながらも戦闘継続を選択する。


「ここからが正念場だ、総員気を引き締めろ!」


『「ハッ!」』


 部下に指示を飛ばし、壊獣との戦闘を再開した。


────────────


 そこから数十分ほど経過するも状況は好転せず、寧ろ悪いとまで言える、何せこちらを認識してからというものの、攻撃の苛烈が増したからだ。


 先程まではある意味巻き添えのような形で死者が出ていたが、今は全力で潰しに来ている状態だ。


 認識される前のただの捕食行動の巻き添えですら多くの死者を出していた、そんな私達が対象とされた攻撃を捌き切れるはずもなく、1人、また1人と犠牲となっていく。


「ここまで…か」


 残り4人となってしまったつい言葉を零してしまう。


「騎士団長、自分はまだ行けます!」


 生き残っていた中でも最年少の騎士が私に向けて言葉を投げかける、無理をしているのだろう…その声色は震えている。


 周りを見れば他の騎士も頷いている、しかし表情は硬い、当たり前だ…このまま戦っても数分と経たずに死ぬ事は分かりきっている。


 敗北が確定したこの戦闘に果たして意味はあるのか…若者の未来を潰してまで継続する意味はあるのだろうか…私は悩み決断した。


「っ!お前達、ここは私が受け持つ、速やかに撤退の準備を」


 壊獣の突進を避けながら指示を飛ばす。


「騎士団長?何を…!殿なら我々が!」


「いや…ダメだ、お前達は勇者殿を連れて国へ帰還せよ」


 部下の騎士が私の命令に意を唱え、自分達が残りますと提案してきた、私は首を横に振り真っ向から否定した。


「しかし…!」


 尚も食い下がろうとする部下に私は声を荒げて怒号を飛ばす。


「これは、団長命令だっ!!」


 部下の皆は悔しげな表情をしながらも頷く。


「騎士団長…健闘を…祈ります」


 そう言い残して、戦線から離れていく部下達に微笑みを向ける。


 これでよかったんだ、私だけならまだ戦える!後で隙を見て退却すれば良い、今は勇者殿を…部下を逃がす事が最優先事項だ。



────────────



 部下の退却を見送り、剣を握り壊獣へと向き直る。

 いくぞ、と呟き再び剣技を放つ。


「はぁぁぁあっ!メテオブレイカー!!」


 思い切り踏み込んで高く飛び上がり、落下の勢いを利用して斬撃を与える、今までの技とは違い壊獣の装甲に傷を入れた。


 確かな手応えを感じるも、気を緩めずに次々と技を放っていく。


────────────


 1人となった事でさらに余裕はなくなる…それもそのはずで、最初こそこそ撤退した騎士を追おうとしていた壊獣に、何度も何度も剣技を放ち、行動を悉く妨害した事で、怒りの矛先を私に向けるようにしたからだ。


 企みは上手く行ったものの、度重なる剣技の使用とこれまでの長時間の戦闘よる疲弊は、着実にアルバートの身体を蝕んでいた。


 1対1となってからたった5分、それだけの時間で身体は限界を迎え、呼吸は荒くなっている。


「はぁ…っ…はぁ、!流石に、きついな…」


"ヴォルルァァァァァァ"────!!!


 中々くたばらないアルバートに壊獣は苛立ち攻撃は苛烈さを増し続けている。


「ぐ……ごふっ」


 巨体による攻撃はモロに受けずとも内臓を潰し、骨を砕くほどの威力を誇り、そのせいもありアルバートの身体はすでに満身創痍だった。


 口から何度も血を吐き出しながらも、果敢に立ち向う。


"ワズラワシイ"


 壊獣は鬱陶しそうに言い放つ、アルバートは構わずに剣技をぶつけていくが、その行動が逆に仇となったのか…


"ニンゲン"ナニ"マモッテル"


 まるで考えを見透かされたような…核心をつく言葉に思わず驚いてしまう。


 私の表情を読み取ったのか、なんなのか壊獣は続けて言葉を放つ。


"ヤハリナ"ユウシャ"ミアタラナイ"


 アルバートと勇者の関係性を知っている壊獣は、見当たらない勇者に勘づいて周囲を見渡し始めた。


 自分の作戦が気づかれた事に冷や汗を流す、急ぎ関心を自分に戻すために、無理を承知で剣技を放ち続ける。


「はあっ!…せりゃぁっ!…おおおっ!」


 立て続けに剣技を使用するも反応すらしない、無理を重ねた結果手や腕は血塗れとなり、脚も悲鳴を上げている。


「ちく…しょう!」


 どれだけ関心を引こうとも見向きもされない、絶望的な状況に歯噛みする。


「はあああっっ!!」


 何度も何度も…


「うおおあ!!…だあああっ!!…ぜりゃああ!」


 諦めずに、…剣技を……放ち…続けて……。


「はあ…っ…は…ぁっ!…くそ…が…!」


 肩で息をしながら、全く痛みを負った様子が無い壊獣を憎々しく睨みつける。


 奴は私の睨みなど意に介さずに周囲の捜索を続ける。


"ユウシャ"ミツケタ"


 壊獣から発せられたその短い言葉は、私が最も恐れていた事だった。


「くそ…!どうする」


"ナニ"タクランデル"


 私の事などお構いなしに壊獣は勇者殿の動向を観察し始める。


 刻一刻と最悪の事態へと傾いていく現状に、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、剣で斬りかかる…我武者羅に…ただ只管に……。


 雄叫びをあげながら剣を振り続けるも、傷の一つすら負わせられない…あまり前だ、剣技すら通らない相手にただの斬撃が通るはずがない……。


 ただいたずらに体力を消耗しただけで何も変わらない、荒い呼吸をしながら祈る事しか出来ない。



 しかし運命とは残酷なもので…私の祈りなど届くはずもなかった……。


 そう…壊獣が撤退を始めていた勇者を発見し咆哮をあげたのだ。


"ユウシャ"ニガス"ユルサナイ"


「まさか…!」


 咆哮と共に言い放ったその言葉に、私は最悪の結末を幻視する。


「くそ…!!」


 悪態を吐きつつアルバートは限界の身体に鞭打ち、身体強化魔法を重ねがけして全力で恵の元へと駆ける。


 無茶苦茶な魔法の行使しにより身体は悲鳴を上げ、目や鼻などの穴という穴から血を噴き出した、激しい痛みが彼を襲う…それでも尚、走るのを辞めない。


 今、彼の頭の中にあるのは勇者を守る…ただそれだけだったから…。


「勇者殿っっ!」



◇◆◇



 私は何をしているんだろう、勇者なのに怯えて戦わないで、2ヶ月お世話になった騎士の皆んなが次々と散っているのに、アルバートさんが戦い続けているのに、私はここで動けないでいる。


「勇者様!撤退しましょう」


「……え?」


 いつの間にか隣にいたエリュシオンの騎士が私に声をかけてきたらしい…突然の事にまともな返事が出来なかった。


「団長からの命令です、勇者様を国へ連れ帰ります」


「……アルバートさん…は…」


 私の質問に騎士達は少し暗い顔をしながらも答えてくれた。


「団長は残られます、我々が道中お守りします。ですので勇者様は少しお休みになられてください」


「………」


 つまりは殿として残った…という事、その事実が何も出来ずにこの場に居ただけの私に突き刺さり、言葉が出なかった…。


 恐怖心を克服できず、立ち直れないでいた恵はなされるがまま撤退を始める、このまま国へ帰り立て直す、だが壊獣はそれを許さない。


"ヴォルヴァァァァァァ"!!!


 咆哮に驚き後ろを振り返ると、壊獣が口を大きく開けながらこちらに向けて迫ってきていた、あまりの怖さに小さく悲鳴を上げる。


「…ひっ……」


「くっ、勇者様お逃げください!」


 騎士達に言われるがまま震える足で走り出す。


 恐怖に支配された私はいつものように走る事さえ難しく、呼吸は無茶苦茶でまともに大地を蹴る事も出来ない、不恰好で惨めにそれでも全力で逃げようとする…。


 後ろからは私を逃がすために残った騎士達の断末魔が聞こえる、その悲鳴が私の心にのしかかり、足取りを更に重くする。


 そんな不安定な足取りでまともに前に進めるはずもなく、私は石で躓いて前へと倒れてしまった。


「は…ぁっ…はあ…っ!」


 腕に力が入らず、上手く身体を起こせず、手を滑らせて仰向けとなる、そこからなんとか状態を起こした私の目に映ったのは……。



 


 放射状に裂ける口を大きく開き、眼前まで迫ってきていた壊獣の姿だった。


 口内には噛み砕かれ擦り潰された人の残骸が見え、それが私の恐怖心を更に煽る。



「…い…ゃ……」


 蚊の鳴くような…とても小さくか細い声で悲鳴をあげた。


"オマエ"ニガサナイ"


「…っっ」


 恵は死を覚悟し目を瞑る。


「勇者殿っっ!」



 アルバートの叫び声が聞こえた気がした。


 その直後激しく突き飛ばされるような感覚と同時に、地面に身体をぶつけたような強い衝撃を受ける。


 痛みによる影響なのか、先程までの錯乱状態が引いた、そう思えるくらいには呼吸がしやすく落ち着いている。


 正気を取り戻した事を自覚した私は恐れながらも目を開く、壊獣は真横を通り過ぎたらしく、大地が抉れている。


 胸を撫で下ろし、自分を助けてくれたアルバートに口を開いて礼を述べる。

 


「アルバートさん、助けてくださりありがとうございました」


 アルバートからの返事はない、嫌な想像が脳裏をよぎる、私は全力で周辺を捜索する。


 そこから数十秒もしないうちに、彼を見つける事は出来た…。下半身を失い隆起した地面に背中を預けているアルバートを。


「アル…バぁ……トさん…?」


 私の声を聞いたアルバートは、うつろな目をこちらに向け笑いかける。頭が真っ白になった、脳裏を駆け巡るのは「どうして」と「私のせい」の二つだけ、負の感情が頭の中でぐるぐる回り続ける、私はアルバートの手を取り、問いかけた。



「どうして……、どう、して私なんかを助けたのですか…!」


 酷い言葉だと思う、救ってもらっておいて言う台詞ではない、だけど恵はそんな考えを待ち合わせる余裕はなかった。


「どうして……」


 力なく呟く私の頭にアルバートは手を乗せ、微笑んだ。


「……、は……ぁ……、ゆうしゃ…ど…の、無事で、よか…た」


 吐く息は弱く絶え絶えで、言葉を発するのも一苦労な状態でありながらもアルバートは私の心配を優先する。


 私は涙を流して謝罪の言葉を述べる事しか出来ない、重苦しい今を表すかのように雨が降り始め、恵とアルバートを濡らす。


「………」


「…は…ぁ…っ、…ふ……」


 その場に座り込み俯き涙を流す私の手に、アルバートがペンダントを渡す。


「…っ…?」


「…こ…れを…、、たく……し…」


 ペンダントを託したアルバートは満足げに笑う。


「セシ……、リ…ぁ……」


 その言葉を最後として頭に乗せられていたアルバートの手がずり落ちる、先ほどまで聞こえていた呼吸音はもう無い、瞳は光を失っている、ここまで来れば嫌でもわかる、アルバートは死んだのだと。


 雨は容赦なく降り注ぐ。


 恵は託されたペンダントを握りしめ、少し離れた場所で連合軍を食い散らかす壊獣を見つめる。


 私の心の弱さが騎士団のみんなを殺した。

 私の未熟さが連合軍を壊滅させた。


 私の意志が弱いからアルバートさんは死んだ。

 私が無力だから大勢が死んだ。


 これは背負わなければならない私の罪。

 だから私は託されたペンダントに誓う。


「もう逃げない、迷わない。失った命を背負って、戦い続けます。……例えこの命が尽きようとも」


 覚悟を決めた恵は剣を握りしめ、壊獣へと向かって走り始めるのであった。



 

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