7 獣は素早く、蝙蝠は大きい
あの日に取った休暇以降、身体の気怠さが無くなり、毎日絶好調の状態で訓練に励んでいる。
壊獣との戦いへ出陣するまで1週間後といよいよ、というところまで近づいてきていた。
若干の不安などを感じつつも順調に実力を伸ばし続け、最初は一人で30分かかったトリケラスシープとの戦いも今では15分と半分まで削減でき、コボルトとの戦いや団員達との模擬戦では負ける事は無くなっていた。
今日はアンティガーダの森を抜けた先にあるクヴァユマラタ山脈帯の《シュクラウダ石炭廃坑》へと来ている。
アルバートの話では、アンティガーダの森と比べ少し強力な魔物が棲息しているらしく、今日の訓練場所である入口付近は、数こそ少ないが油断はするなとの事。
元より気を緩めるつもりはないけれど、あのトリケラスシープよりも強力と聞いて少しだけ不安になりながらも、同行してくれた数人の騎士達の後をついていく。
幸いにも危険な場所なだけあって、アンティガーダの森での実戦訓練みたく、魔物を手引き〜撃破という流れではなく、全員で固まって入口付近を行き来し、魔物と遭遇したら騎士は周囲の警戒、恵は単独で戦闘を行うという形に変更されている。
更に対処能力を鍛えるためなのか、最初に遭遇した魔物の弱点や動きなどは観察し、見極めて対応するように言われている。
そうこうしているうちに騎士の一人が魔物の接近を伝達した事で、戦闘準備に入った。
キュキキキ!キキ!
鳴き声と共に現れたのは黒灰色の鼬型の魔物だった。
手筈通り騎士達が周囲の監視へと移行し、鼬と私の1対1の状況が出来上がった、私は冷静にその魔物を観察する。
特徴的なのは長く鋭い爪、毒を持っている可能性も考慮しておく、次に注目したのは、その爪を活かす事、鼬型だという事を念頭に起き、四足歩行と二足歩行を切り替えてくる可能性があると、注意力を上げた。
私が分析している間に痺れを切らした鼬が先に動き出す。
キュキュキ!
鳴き声と共に飛びかかり、その鋭利な爪を振り下ろしてくる、私はすかさず剣で防ぐ。しかし鼬型の魔物は可愛らしい鳴き声を挙げ、剣を足場にして詰め寄り、もう片方の爪を振り下ろしてきた。
「っ!」
想定外の動きに対応が少し遅れるも、咄嗟の判断で後ろへと回避した事で事なきを得た。
素早い上に、往なす前に詰め寄って次の攻撃を仕掛けてくるその魔物相手では、今までのような反撃主体の戦い方では、攻撃を当てるのすら難しいと感じる。
自分が1番得意とする攻撃方を封じられ、冷や汗を流しながら、有効打を模索する。
キュ! キュ!
戦闘は続き有効打となる攻撃は見つからないまま、剣で受けて、回避を繰り返していた。その避け方を学んだのか、同じ攻撃動作のはずなのに攻撃の苛烈さは上がっていき、回避はどんどんと危うくなっていく。
「……ぅ、ぐッ…、ぁ」
「勇者様!!」
判断を見誤りとうとう一撃をもらってしまう。腹部を大きく切られ、傷口から多量の血が大地へと流れ落ち大地に赤く小さな水溜りを作った。
一度距離を取るために後ろへと飛び退くも、あまりの激痛に剣を落として腹部を庇う。
キュ!キュ!キュ!キー!
その様子を嘲笑うかのような鳴き声をあげ、恵が垂れ流した血を啜る鼬型の魔物。
「撤退しますか?勇者様」
腹部を庇い浅い息を吐く恵に騎士は提案するが、苦悶の表情をしながらも首を横に振る。
「撤退の際はいつでもお声がけください」と言葉を残し、騎士達は自分の配置へと戻っていった。
騎士の提案を断るも実際問題どうするか悩んでいた。それもそのはずで、森で戦った魔物達よりも素早く、そして身体も小さい。
身体の大きいあの羊にすらまともに当てる事が出来なかった剣技はもちろんの事、覚えたての魔法に関しても詠唱中は無防備となってしまうため論外、今持ち合わせる手札は悉くがこの鼬型の魔物には有効打となり得ない。
撤退する事も考えたが、この魔物を乗り越えなければ、壊獣には到底勝てないと己を鼓舞する。
「……」
キューキュ!キュ!
血を啜りおえた鼬は再び爪を構える。
後がない恵は深呼吸を挟み、剣を構え直す。
キュゥゥ!キュ! キュ!
動き出した鼬型の魔物が、再び猛攻を仕掛けてくる。それらの攻撃を受けと回避を巧く使いながらギリギリで捌き反撃の隙を窺う。
キュ! キュ!
爪と金属がぶつかり合い、甲高い衝撃音が何度も響き渡る。
それから10分ほど経過状況は差して変わらず、息切れを起こさずひたすらに攻撃を仕掛けてくる鼬型の魔物と、受けに徹する恵。
拮抗しているかのように思えるが、先ほどとは打って変わり、無理に反撃に繋げようとせず受ける事に集中したおかげか、あれ以降一度たりともダメージを受けていない。
「……?」
不思議に思った私はなぜ拮抗に持ち込めているのか、攻撃を受け流しながら頭を回転させる…。
!そうだ、よく思い返してみればこの鼬の攻撃方法はずっと同じで、四足歩行の状態でのスピードを活かして距離を詰め、自分の爪が届くところまで来たら飛び上がっての引っ掻き。それ以外の攻撃方を一切取っていない。ならばその攻撃前の無防備となる瞬間を利用して攻撃を叩き込めば…!
いける。そう思ったけれども、相手が素早い事に変わりはなく、失敗したら次は身体を引き裂かれ命はないかもしれない。
「………」
攻略法を見出した、私は息を整え、深い集中状態へと入る。
キュー!!キュッ!キュゥゥゥ!!!
目を瞑り剣を構えた恵に、中々攻撃を当てられずにいた鼬型の魔物は怒りと殺意の籠った鳴き声を挙げ、今度こそ仕留める!その気概で攻撃を仕掛けてくる………。
音と感覚を頼りにじっと待ち、空中で爪を振りかぶり、身体への防御が薄くなったその瞬間。
「…ハッ!」
一撃を入れた。あまりの速さに斬られた事すら気づかず、鼬型の魔物は縦に一刀両断され絶命した。
少し遅れて鼬型の魔物の切断面から、血が流れ出した。
魔物の絶命をしかと確認した私は、深い集中状態を解いて、痛みと緊張で肩で息をしながら座り込んだ。
「はぁ、はぁ。油断してしまいましたね…まさか場所を変え、その初戦でこれほどの怪我を負ってしまうなんて……」
「いいえ、勇者様はすごいですよ、この山脈群の魔物は凶暴な種類が多く、魔法無し一人での戦闘は非推奨とされています」
「えぇ…そうなのですか…アルバートさんはアンティガーダの森の魔物よりは強力だ〜とは言っていましたけど…そこまでとは思っていませんでした」
「団長は自分が簡単に倒せてしまう魔物を一緒の区分にしがちですからね〜…」
はははと笑う騎士達に「先に言って欲しかったです…」と恵は虚しく呟いた。
◇◆◇
あの後一度廃坑から脱出し、腹部を含めた身体の怪我に応急処置を行い、騎士にここでの実戦訓練を続けるか問われた為、恵立っての希望で再度廃坑の深部側へと潜っていく。
「勇者様!魔物です」
再び騎士の1人からの報告を聞き、軽く息を整えて魔物を待ち構える。
しかしいくら待てども魔物の姿が見えないので、首を傾げつつ通路の先を見る、とそこには通路を塞いでしまうぐらいの大きさをもつ蝙蝠が暗闇に紛れぶら下がっていた。
その大きさと蝙蝠の独特な気持ち悪さは嫌悪感が凄まじく、思わずたじろいでしまうほどだった。
「勇者様、撤退致しましょう」
蝙蝠の姿を視認した別の老練の騎士が、退却を提案してくる、それほどの魔物と言っても、どんな危険性を持っているかは知りたかったので質問を投げかけた。
「あの魔物は……?」
「あれはグロスレムバットですね、本体は比較的弱めの魔物で深層以外で出会う事は稀なのですが…、とにかく声が大きいですね」
声が大きい、たったそれだけでその魔物の危険性を存分に理解した。
「戦うのは得策じゃ無さそうですね…」
「ですね、我々もやめておいた方が良いと思い撤退を提案致しました」
老練の騎士はそう言ってその魔物のもつ厄介な性質を教えてくれた。
攻撃を加えても加えなくても、一撃で倒しても何かしらあの蝙蝠にアクションを加えると、それはもう凄まじい音で周囲の魔物全て引き寄せて、数に物を言わせてその場にいる敵対対象全員を挽肉にすると言う。
その習性を聞き、改めて攻撃しなかった自分を褒め称えた。
あれが通路上に存在しているのであれば、奥へと進むのはリスクがあるため、アンティガーダの森での実戦訓練へと切り替える事となった。
帰りの坑道では鼬型の魔物「スプデッドウィーゼル」の他にも、戦闘中にすら交配し無尽蔵の戦力をぶつけてくる「アメードルアラット」などを倒しつつ、シュクラウダ石炭廃坑を後にした。
その後特に何事もなく、アンティガーダの森での実戦訓練を終えて、帰路に着く。
お城へと帰宅したあと、スプデッドウィーゼルとの戦闘を振り返り、一人反省会をする。
反撃に拘りすぎて、動きが単調だという事に気づかなかった事。そのせいでかなりの怪我をしてしまった事。これら全ては最近の順調さから来た驕りではないのかと自責し、反省する。
そんな自分を責め続ける反省会は恵が疲れて果てて眠りに落ちるまで続いた。
グロスレムバット 身体と声が大きく、積極的に戦闘を仕掛けてこないが、身体の大きさを利用して進路及び退路の妨害をしてきます、どかそうと攻撃したらもちろんモンスターパーティー開催です。 流れ弾もカウントされます
↑迷惑すぎる
テンポ悪くてごめんね




