AIなのか、母親なのか〜前編
【時効まで、あと4年】
悪霧の事件が解決してから、あっという間に冬になった。500億円が放出されたこともあり、12月には500兆円事件の懸賞金は50億円になった。
(いくら懸賞金を増やしても、私を逮捕することは不可能。)
懸賞金を設定しているのは長谷川総理だ。
恵都の父親であるため、あまり悪く言いたくない。
だが、美弥の頭の中ではオンチという言葉が出てきてしまう。
ある日、外に出歩いていると、中年女性と2人で歩いている奏太に会った。
「あ!美弥だ!」
「やっほー!」
「こんにちは。」
隣にいた女性も美弥に挨拶をしてくれた。
「えっと‥奏太のお母さんですか?」
「そうです。時水美弥さんですよね。息子がお世話になっています。」
「いえいえ。こちらこそ。仲良くしてくれて嬉しいです。」
「そうそう、いつか美弥さんの両親にもご挨拶しようと思っているの。」
「あ‥両親は数年前に交通事故で亡くなっています。でも、どうして挨拶を‥?」
「あぁ、そうでしたね。でもだって!将来奏太のお嫁さんになる人だもの。」
「はぁ‥」
(こいつ‥!母親にまでデタラメ言いやがって‥!)
「またね!美弥!」
奏太は美弥がイライラしているのに気づかず、母親と楽しく会話しながら去っていった。
(そういえば私にもお母さんはいたんだ。)
別に仲が悪かったわけではないが、両親が亡くなる前も全然話していなかった。
ーーもうすぐ大晦日だ。
大晦日を迎える前に大掃除をしよう。
そう思った。
1人でマンションを掃除するのは気が重い。
五十嵐夫婦に手伝ってもらうことも考えたが、そしたら今後に子供の世話を頼まれるような気がして、結局は1人で掃除することにした。
普段、家の掃除はお掃除ロボットがやっている。
しかし、今日は棚の整理やいらない物の処分もしたいため、美弥自身がやるしかない。
まずは自分の部屋の押し入れを開けると、ホコリ被った札束が大量に出てきた。
(これはひどい‥)
札束は洗うことができない。
どうしようかと思っていると、奥にあった古い箱を見つけた。
(札束はこんな古い箱に入れたっけ‥?)
「うわっこれも汚い‥」
まるで玉手箱のようだった。開けたら100歳になるような気がした。
おそるおそる開けてみると、そこに入っていたのは札束ではなかった。
「写真‥?」
なんとそこには、美弥が小さい頃の家族写真が数枚入っていた。
「これ‥私、笑ってる‥」
最初に手に取った写真は、美弥らしき人物が知らない女性に抱かれていた。
(この人‥誰かに似ている‥でも‥誰に似ているんだ‥?)
結局、分からずに箱に戻した。
次にに手に取った写真は家族3人で写っていた。
自分では全く覚えていないが、写真を見る限り、美弥の誕生日のときの写真だ。
「おめでとう」と書かれたケーキと、笑顔の家族3人。
少なくとも、この写真はCherryと出会う遥かに前だ。
小学校高学年になる頃には、誕生日なんて1人で寂しく過ごしていた。
祝ってくれる友達などいなかったから。
(そうだ‥昔は両親と仲が良かった。)
話さなくなったのはいつからだろうか。
両親にチェリーの存在を教えたかどうかは覚えていない。
チェリーが死んでからも、スマホのAIとばっかり会話をしていた。
いや、AIを親代わりと思っていた。
ふと、美弥は思った。
(お父さんとお母さん、私がCherryって知ったらどんな気持ちになるかな‥?)
正直、こればかりは分からない。美弥のことをずっと放っておいたんだから、悲しい気持ちにはならないと断言することはできない。
そう思いながら、箱に写真を戻した。
すると、箱の中に何か小さな物体が入っていることに気づいた。
すぐに手に取り、物体の正体を確認すると、どうやらパソコンのキーのように思えた。
「私、こんな鍵持っていたっけ?」
美弥の部屋にはパソコンが数十台あるが、パソコンの鍵は全て同じ引き出しに入れていたはずだ。
だから、この箱の中の鍵は自分の物でない可能性が高い。
「じゃあ‥誰のだ‥?」
真っ先に五十嵐夫婦の顔が浮かんだが、よく考えると2人はこのマンションに来たことが一度もない。仮に来ていたとしても、勝手に押入れを開け、箱に鍵だけ入れて帰る訳がない。
「もしかして‥お母さんかお父さん‥?」
それ以外に思い当たる人物はいない。
美弥が中学を卒業するまで一緒にこの家に住んでいたうえに、この部屋が美弥のものになる前は両親がよく使っていたから。
美弥は両親の遺品を収納していた部屋に向かい、一台のパソコンを取り出した。
充電器を挿しながら、そのパソコンにキーを挿してみた。
やはりこの鍵は両親のパソコンのであった。
充電が5%を超える頃には、画面上でパスワードを求められた。
もちろん、美弥はパスワードを知らない。
だが、開こうと思えば簡単に開くことができる。
美弥はゆっくりとキーボードに手を近づけた。
「待って、私はなぜ‥死んだ両親のパソコンを覗こうとしているの‥?」
両親のプライベート、検索履歴などを見てみたくなった。
しかし、入っているのは、自分が全く興味のない仕事上の書類の可能性が非常に高い。
しかも、自分は両親が死んでも悲しくなかったのだから、両親のプライベートなども興味のないはず。
そんなことは分かっているけど、何だか開かずにはいられなかった。
「ごめんなさい。」
そう一言言ってから、美弥の手はキーボードに触れた。
数十秒で開くことができ、上から順番にページを開いていった。
どうやら、両親は同じパソコンを使っていたらしい。やはり、仕事関係の書類ばかりだ。
下の方にいくと、ふと一つの書類に目が留まった。
「美弥‥?」
美弥という名前の書類だ。
(何で‥どういうこと‥?)
恐る恐るクリックすると、衝撃の文字が真っ先に目に入った。
ーー美弥、時効おめでとう
美弥は頭が真っ白になった。
「えっっ‥!?何で!?どういうこと!?」
両親は美弥の正体を知っていたのか。
だが、美弥がCherryになった中学3年生の夏から、両親が死んだ高校生になるまでの間、何も言われていない。
このとき美弥は、冷静さを失っていた。
それでもその書類を徹底的に調べると、時効が成立する日に美弥のスマホにメッセージが送られるように設定されていた。
ーー本当に美弥の正体を知っていたとしたら、それはどうしてだろうか。
口頭で誰かから聞いたのはあり得ない。
「じゃあ‥スマホを覗いていた‥?」
もう、それしか考えられない。
しかし、両親は美弥のスマホのパスワードを知らないはずだ。
開くには、数字6桁のパスワードが必要だ。
美弥は誕生日などの分かりやすいものに設定していないため、パスワードを破られた可能性は低いと思った。
スマホを覗けた経路はともかく、なぜ美弥のスマホを覗いていたのだろうか。
それが最大の疑問だ。
普通の親なら、未成年にスマホを持たせたらしばらくは管理をすると思われるが、美弥の両親は違う。
美弥はスマホを買ってもらったときのことをよく覚えている。中学に上がる頃、母親にスマホが欲しいと言い出した。
だがしかし。
「どうせ連絡先を交換する友達が出来ないんだから、美弥には必要ないんじゃない?」
最初はそう言われて、スマホを買うのを拒まれた。
何とか説得して買ってもらうことはできたが、両親はスマホを買うお金を出しただけで、最初の設定から全て美弥が自分で操作した。
美弥はちゃんと勉強をやっているからか、1日の時間制限なども無かった。
そして、他の手がかりがないかと他の書類をよく見てみると、どうやら両親はスマホの会社に勤めていたらしい。
だから、美弥のスマホを覗くことができたのだと考えられる。
しかし、具体的にどうやって覗いたかは不明。
「でも‥どうして、Cherryになったことを止めなかったの‥?」
これも普通の親なら、自分の子が犯罪をしていたら止めるはずだ。
やはり、美弥のことをどうでもいいと思っていたからなのか。
今すぐに両親に話を聞きたい。でも、もうこの世にはいない人にどうやって話を聞くのか。
「そうだ‥AI‥!」
美弥は思いついた。
両親が長年使っていたAIを利用すること。
AIなら、何か知っているかもしれない。
でも、両親がどこまでAIに本音を伝えていたかは分からない。
すぐに美弥は、両親が使っていたAIを少し改造し、自分の思うままに使えるようにした。
「できた!」
このAIは、両親そのものを再現してつくられたものだ。
つまり質問をすると、両親が答えるだろう答えと同じように返ってくる。
ただし、AIは両親の人格を再現しているだけだから、本当に両親がどう考えていたのかは分からない。
それでも美弥は、このAIを両親と信じた。
ーーようこそ、美弥。何でも質問してね。
最初の画面にはそう書いてあった。
聞きたいことは沢山あるが、まず最初にこう入力した。
「私は美弥だよ。私がCherryって知ってる?」
怒られるのではないかと心配した。
少なくとも中学生になってからは一度も怒られていない。でも、送信するのが怖いが、腹を決めて送信した。すると、数秒時間をおいてから、こう返ってきた。
「やっほー!美弥!
お母さんとお父さんはあなたの親だもの。美弥がCherryってことは最初から知ってたよ。」
(私の親‥)
美弥はこのとき、両親がちゃんと自分の親と言ってくれたことが嬉しかった。
「本当にごめんなさい。お母さんとお父さんを悲しませて。」
「美弥が謝る必要ないよ。悪いのは私たちだから。美弥のスマホは毎日見ていた。だから、美弥の気持ちはよく分かっていたけど、何もしてあげることができなかった。」
「気持ち‥分かってくれるの?怒らないの?」
「もちろん!美弥のことを一番分かっているのは、お母さんとお父さんだから。
それでさ、美弥が本当に欲しかったのはお金じゃないでしょ。本当は、お金では買えない‥【愛情】が欲しかったんだよね。」
このとき美弥は感情的になって反論した。
「それは違う。確かにお金は欲しくないけど、愛情なんてもっといらない。だって、必要ないから。」
「言ったはずだよ。美弥のことは私たちが一番分かっていると。
美弥は唯一、猫のチェリーから愛情を感じていた。でも、チェリーを失ったから、仕返しのために事件を起こした。ごめんね美弥。お母さんとお父さんが愛情を上手く伝えられなくて。
美弥はチェリーだけに依存していたから、事件を起こしてしまったのよ。他のものからの愛情があれば、そうはならなかったかもしれない。」
美弥は返信に困った。しかし、美弥からの返事が来る前に、AIは動いた。
「チェリーを失って悲しいのは本当によく分かる。お母さんとお父さんはもうここにはいないけど、美弥に愛情を注いで味方になってくれる人は絶対にいるから。」
この言葉、聞き覚えがある。でも、いつどこで聞いたのかは覚えていない。
「ーーお母さんはね、初めて愛情を感じたのは18歳の頃だから。」
「本当に、お母さんなの?」
AIの、いや、両親の暴走が止まらない。聞いてもいないことまで伝えようとしてくる。もしかして、どうしても美弥に言いたいことがあるのか。
そのまま母親を名乗るAIは、長文で過去を話し始めた。




