盗まれた500億円②〜混乱編
【時効まで、あと4年】
日曜日午前11時、美弥は目が覚めた。
起き上がってスマホを手に取り、100件以上の通知がきているLINEに気づいた。
あと1時間後に乗船するらしい。
「楽しんでね。」
本心からではないが、そう送信した。
(そうだった‥私は高熱で行けなくなって。)
しかし、額に手を当てると、かなりぬるくなっていた。
今は体の怠さもほぼなくなり、少しの咳だけだった。美弥は体温計で体温を測ると、36.8度になっていた。
「治った!」
美弥は鼻声でそう叫び、その反動で咳き込んだ。
しかし、時計を見ると午前11時。
家から乗り場まで1時間以上はかかる。
準備の時間も含めたら、とても間に合わない。
(諦めるしかないか‥)
美弥はもう一度寝ようとした。
(いや、諦める必要ない!)
美弥は何かに気づき、起き上がった。
飛行機では飛行船の2分の1の速さで行ける。
2時までに飛行機に乗れば、大阪で合流できる。
そのとき、彩芽からメッセージが来た。
「美弥ちゃん、体調大丈夫?」
大阪で合流すると返信しようかと思ったが、内緒で大阪に行って驚かせた方が面白いと思い、
「高熱でキツい泣」
と返信した。
このとき美弥はニヤついていた。
美弥は一番上にある服を着て、歯磨きして顔を洗ったらすぐに家を出た。
幸い、旅行の準備は風邪を引く前からしていたため、20分もかからずにマスクをして家を出られた。
そして空港に着き、12時30分の飛行機を予約した。
ーーしかし、とある自分のミスに気づいた。
(しまった。13時40分頃着いてしまう、、早く着きすぎじゃん!)
5人が来るまでの2時間は何をして時間を潰そう。
(あっ!いいこと思いついた!)
美弥はスマホで空港近くの映画館を探す。
一番近い映画館からなら飛行船の乗り場から近かったので、見たかった映画を見て時間を潰すことにした。
その映画とは、とある人気推理小説を映像化した作品。
時効clearの2人が出演する。
映画館の座席も予約完了した。
午後12時30分、飛行機のファーストクラスに搭乗し、時間通りに離陸した。
美弥は飛行機の中で自分に関するニュースがあるかどうか見た。
富士山を通過した時刻までは何も気になるニュースはなし。
残りの飛行時間を夢の中で過ごそうとした。
「まもなく着陸体制に入ります。」
少し焦ったような機内放送の声に起こされた。
目を覚ますと、乗客たちが少しざわついている。
(無事着陸するはずなのに、どうして、?そこまで揺れてないし、雨も降ってない。)
美弥は気になってついに、隣に座っていた中年の女性に尋ねた。
「あの、どうして機内は焦った雰囲気になっているんですか?」
「知らないの?悪霧っていう組織が大阪に向かっている飛行船をハイジャックしたのよ。しかも、大阪市内の上空で札束をばら撒くと予告しているらしい。」
「はぁぁぁぁ!?」
またしも反射的に出た大声の反動で咳き込んだ。
「お客様、少しお静かにお願いします。」
乗務員に注意されてしまった。
急いでネットニュースを見ると、隣の女性の言っていた通りだった。
美弥はマスクをしていたが、誰よりも焦る表情が他人から見えていたかは分からない。
(札束をばら撒く‥私から奪った500億円をばら撒くのか、?でもどうして上空から?)
疑問が多すぎて脳内がおかしくなりそうだった。
機内では電波が悪いため、降りてから悪霧の目的を調べ出そうと思った。
今すぐにでもこの飛行機を飛び降りてスマホとパソコンを使いたい衝動に駆られた。
それでも、今飛び降りたら間違いなく死んでしまうと判断できるほどの理性は残っていたので死なずに済んだ。
飛行機が地面についた瞬間、自分のシートベルトを外し、荷物を手に取り出口の近くまで来た。
「お客様、飛行機が完全に停止するまでお立ちにならないでください。」
まだ速いスピードで滑走路を走っていた。
「急いでいるんです!」
「でも、危ないですので‥」
乗務員とそうこう揉めている間に飛行機は停止し、ドアが開いた。
「ありがとうございました!」
そう言って飛行機を飛び出した。
パソコンは預けているスーツケースに入っているため、まずは降りてすぐに近くのベンチでスマホを触り出した。
【悪霧 犯行理由】、【悪霧 Cherry】、【悪霧 500億円】
などを検索したが、目当ての情報は見つからなかった。
現在わかっているのは、午後4時00分頃に大阪市内の上空で10万円の札束をばら撒くということだけ。
(待って!奏太たちは無事なの!?)
美弥は奏太に電話を掛けた。
(お願い‥出て‥)
奏太は出なかった。
その後も、恵都→優香→彩芽の順に掛けたが、やはり留守電になってしまった。
残るは湯瀬刑事のみ。
願う暇もなくすぐに湯瀬刑事に電話を掛けた。
「もしもし。」
10コール目ほどで出てくれた。
しかし、かなり小声で焦っていた。
「湯瀬刑事‥!みんなは無事ですか?」
「あぁ、今のところ怪我人はいない。」
「よかった‥。」
「俺は隠しているスマホがあったから今通話できているが、他の人は皆スマホを没収されている。」
「そうなんですね。それと、犯人について分かっていることを教えてください。」
「名前は水無瀬‥」
湯瀬刑事がそう言った瞬間、電話は切られてしまった。
ーー食堂で隠れて電話していた湯瀬刑事は男に見つかってしまい、電話を切らざるをえなかった。
「お前、次はないからな。」
男は湯瀬刑事に銃を突きつけ、スマホを取り上げた。
それでも湯瀬刑事は両手を挙げながら、犯人に立ち向かった。
「一つ聞きたい、なぜこんなことをする。」
「聞いてどうする。」
「私は警察だ。私にできることがあれば、何でもする。だから、ハイジャックするのはやめるんだ!」
(やめろと言ってもやめる訳ないでしょ!)
一緒にいた優香らがそう思った。
「あなたにできることはありません。」
「じゃあ、質問を変える。少し前のお前らの会話で、水無瀬と聞こえた。数年前に逮捕された水無瀬歩と何か関係あるのか?」
少し間をおいて、
「水無瀬歩は俺の弟だ。」
と言って去って行った。
数分後、割と遠くから赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
声はだんだんと近くなってくる。
階段から銃で誘導された五十嵐たち家族がやってきた。
男は泣いている赤ちゃんにも容赦はしない。
どうやら五十嵐日向がトイレで赤ちゃんのおむつを交換したらしく、それが終わると食堂に連れて来られた。
五十嵐たち家族は奏太たちの近くに来た。
まだ泣いている心に彩芽はクッキーをあげた。
彩芽は妹でありながらも、姉として小さい子の世話をするのが得意な様だった。
「湯瀬ちゃん、殺されるかもしれないのに怖くないの?」
優香は心配そうにそう言った。
「僕だって怖いさ。でも、怖い状況でも犯人に立ち向かえないのは警察官を名乗る資格はないと思うんだ。」
「……あいつら、大阪で札束をばら撒くらしい。」
奏太がスマホを隠すように見ながら、小声で言った。
「何!?」
湯瀬は立ち上がる。
「お兄ちゃん、どこ行くの!?」
普段大人しい彩芽が初めて怒ったような声を出した。
「もう一度犯人と話をする。取り押さえるチャンスを見計らって捕まえる。」
「ダメ!」
彩芽の頬には涙が垂れていた。
「なんで危ないことをしようとするの?‥」
「彩芽‥」
彩芽は泣きながら少しだけ穏やかな声に戻っていた。
「そういう正義感が強すぎるところ、大っ嫌い!」
彩芽は手で顔を隠して泣いた。
優香は彩芽のそばに寄って慰めた。
彩芽は昔の記憶を思い出していた。
彩芽が小学校低学年の頃、気の弱い自分が近所の中学生からいじめられていた。
当時の俊は体が小さく、力が弱かった。
なのに、彩芽がお気に入りの本を取られて泣いて帰って来たとき、俊は俺が取り返してくると言って家を飛び出した。
数時間後に俊が片腕を折って帰って来た。痛いはずなのに、
「取り返したぜ!」
と、満遍の笑みを浮かべていた。
でも彩芽には分かった。
ーー痛さを我慢していると。
なかなか痛いことを認めず、親が無理矢理病院に連れて行って骨折が判明した。
でもこのとき、彩芽はただ取り返してくれてありがとうとしか言うことが出来なかった。
でも、そう言ってしまったことを後悔している。
だって、どんなにお気に入りの本よりも、兄の方が大切だったから。
怪我をしてまで、取り戻したかった訳じゃない。
本なんて、数百円払えばまた買うことができる。
いいや、図書館で無料で借りることもできる。
あのときありがとうと言われて、俊はどんな気持ちだったのだろうか。
今すごく気になったけれど、聞くことは出来なかった。
「心配してくれるのは、とても嬉しい。でも、今は警察官として動かなければならない。分かってくれ。」
俊は彩芽を抱きしめた。
「今は武器を持っていないから、生身なんだよ!銃を持った犯人に勝てる訳ないじゃん‥」
「時には命がけで動かなければならないこともある。逆にこのまま何もしなければ、乗客全員が殺されるかもしれない。」
「いや、でも犯人の目的はお金をばら撒くこと。乗客を人質にしてパイロットにスピードを調整させるだけじゃない?」
五十嵐日向は口を挟んだ。
「いいや、それは本当かどうか分からない。大阪に人を集めて、飛行船のエンジンを破壊して、そこに墜落させるとかも考えられるよ。」
恵都は反論した。
「湯瀬刑事、湯瀬さんの言っていることは正しいと思います。でも、彩芽さんの言うように、武器を持った犯人に生身で戦うのは危険だと思います。だから、俺も一緒に行きます!」
奏太は自信を持って言った。
「やめとけ。」
五十嵐そらが口を挟んだ。
「お前、覚えていないのか?5年前に俺からボコボコにされたことを。」
「なっ‥」
奏太は自分が負けたという悔しい出来事を思い出して不快になった。
「はっきり言わせてもらうが、お前はかなり弱かった。後から来た女の方が強かったぞ。」
「うるさい!あのときの俺はまだ子供だったんだよ!今はもう二十歳超えてるから!」
奏太は顔を真っ赤にして言った。
「まぁ、体格が成長しているのは事実だな。俺も行く。お前は奏太だったっけ?来るか?」
「もちろんだ。」
このとき、もう彩芽はだいぶ泣き止んでいた。
湯瀬刑事は抱きしめていた彩芽を離し、真剣な顔になった。
「五十嵐さん、奏太。覚悟はあるのか?」
「はい。」
2人は立ち上がった。
「でも、何か作戦を立てた方がいいよ。」
恵都は冷静にそう判断した。
ーー食堂の入り口に銃を持った男が2人。今は近くに犯人がいないから、作戦を立てるチャンスだ。
時刻は午後2時30分を過ぎた。
一方で、午後2時に悪霧はライブ配信を初めた。
「初めまして、私は悪霧のボス、水無瀬航と申します。」
どうやら船内で配信しているらしい。
黒ずくめの服を着た割と小柄な男だった。
「4年前、私の弟の歩が大量殺人を計画して逮捕されました。歩は今まで、犯罪をしても逮捕されるようなミスをしたことがなかった。だから、いろいろ調べてみたんです。」
犯罪者とは思えない優しい口調だった。
「そしたら、Cherryと直接会っていたことがわかりました。さらに、メールのやり取りを見たら、Cherryは歩を騙していたんです。Cherryのせいで歩は捕まったんです。」
視聴者は現在500万人。
コメント欄には驚きの声が止まらなかった。
「その後も歩と直接話すことができなかった。でも、私だけが釈放されてから知ったのですが、刑務所の生活に耐えられなくなって、歩は自殺をしてしまいました。」
コメント欄には悪霧に同情する声も出てきた。
「私は足跡を辿り、何とかCherryから500億円を奪うことが出来ました。Cherryは俺の大切な人を奪った。だから、俺らはCherryの大切なお金を奪った。」
配信の声は奏太たちのいる食堂まで聞こえてきた。
「500億円は元々Cherryが国民から奪ったものだ。
奪ったものを派手に奪い返されたら、Cherryは悔しい気持ちになるだろう。
国民の皆さん、大阪に来て、札束を一つ残らず回収してください。Cherryへの仕返しのために。」
一旦配信は終了した。
ーー(歩、ごめん。俺を釈放させるために頑張ってくれたのに。)
航は拳を握りしめた。
目的不明で上空でお金をばら撒くと聞いて警戒していた者が多かったが、配信を見て水無瀬航の言葉を信用し出した者も増えてきた。
北海道や沖縄から大阪に向かう者もいた。大阪市のスーパーでは、ゴミ袋の品切れが相次いだ。
さらに、リュックサックを買い出す者も増えた。
ーー
(人から奪った金を勝手にばら撒くな!)
悪霧のライブ配信を見た美弥は、怒りの割合が高いが、複雑な気持ちになった。
機内に預けていたパソコンが返ってきて、美弥は急いで悪霧について調べ出した。
(そもそも、なぜ500億円の場所がわかった、?)
自分のシステムに侵入してきた足跡を逆から辿ると、特定できるはず。
しかし、一年以内にかなりたくさんのユーザーが侵入していた。
(一番近くまで来たユーザーが悪霧のはずだ‥あっ!こいつだ!)
そのユーザーは、かなりの凄腕だ。
一番ばれてはいけない美弥の住所や名前、生年月日まではたどり着いていないが、500億円の隠し場所の暗号を発見し、解読していた。
さらに、侵入してきても美弥に通知が来なかった。
すぐにそのユーザーの足跡を辿る。
しかし、相手もかなり強力な壁をつくっていた。
それでも美弥は挑む。
一つ、また一つと突破していく。そして最後の画面で、美弥の指が止まった。
漢字数文字。
「……これだけ?」
いや、違う。
ここまで来ている以上、この一つが最も重要な鍵だ。
最後の壁だから、何度も間違える訳にはいかない。
回数の問題でなくても、漢字のパスワードだから、破るのに数年かかってもおかしくない。
まずはダメ元で【悪霧】と入力した。
やはり、パスワードが違いますと表示された。
目が疲れてきたので周りを見渡すと、空港内は人が増えてきたように思えた。
その中の大半がお金目当てに来ている様だった。
それでも美弥はパソコンと睨み合っている。
(まっすぐ行けないなら‥遠回りで行くしかない!)
一旦パスワードを保留にし、別の方法で彼らのことを調べられないか考えた。
まずは4年前に水無瀬歩が侵入してきた足跡を辿った。
しかし、長い年月が経っているからか、足跡が途中で完全に途切れていた。
次は悪霧のSNSを調べた。
同姓同名のユーザーはいたが、本人と思われるアカウントは見つからなかった。
それでも美弥は諦めない。
次は検索アプリで水無瀬航と検索した。
数千件のページが表示されたが、上の方にあるのはこの事件のことばかり。何か手掛かりがあると信じ、下の方にスクロールしていく。
すると、一つのページが目に入った。20年以上前の地域新聞の記事だった。
迷わずそのページをクリックする。
(もしかしてパスワードはこれか!?)
細かく全て目を通し、パスワードの有力候補となる文字を見つけた。
そして、試しにその文字を入力すると、悪霧のパソコンの中に入ることに成功した。
犯行計画が書かれた部分を素早くAIを使って探し出した。
計画は細かく長文で書かれていた。
悪霧は美弥も関心してしまうほどの犯罪のプロだ。
「……嘘でしょ。」
(目的が分かった!私のお金で勝手なことはさせない。)
その犯行計画は500兆円事件とは比べ物にならないくらい恐ろしいものだった。
(でも、私が警察に捕まる訳にはいかない。だから、私が悪霧を何とかしなければ。)
パソコンを閉じ、美弥は立ち上がった。




