ラップバトル
【時効まで、あと5年】
最近、前代未聞の男女2人組の音楽グループ
「時効Clear 」が人気を集めていた。
テレビ番組の出演や町のポスターの名前が増えていた。
そういえば、優香たちが好きな音楽グループがあると言っていた。
少し気になって美弥は調べてみた。
「リーダーで元詐欺師の蝉丸新太です!」
「元大麻所持犯の梅林沙羅です!」
「僕と梅林は、数年前に犯罪を犯してしまいました。警察から逃げ続け、今は時効が成立しています。活動するにあたって、ファンの皆様に伝えたいことが2つあります。」
「一つ目は、時効が成立するということは、罪が取り消されたのではないということです。被害者は加害者のことを許さなければならない訳ではないのです。」
「2つ目は、犯罪者は悪魔じゃないということです。確かに、悪魔のように見えることはあるでしょう。しかしそれは、犯罪を犯した部分しか見えていないからです。蝉丸くんは学生時代に学級委員を務めていて、クラスのために必死に働いていました。」
「僕たちは、罪を犯したことを深く反省しています。この活動で稼いだお金を、国や被害者に寄付しようと思っています。」
(後半は賛成だけど前半は聞きたくない!)
アイネミアウイルスが五類に移行されてから、探偵チーム光で湯瀬のもとへ行った。
「あ!優香ちゃん達、久しぶり!」
なんとそこには彩芽がいた。
「彩芽ちゃん、退院できたんだね!」
「落ち着いたから、1ヶ月だけ退院していいって!」
「ああ、そういえば最近流行っている【時効clear】が近くのモールにライブしに来るらしいよ。沙羅ちゃんが妹に似ていて、すっかりファンになっちゃったんだ。彩芽も時効clearのファンになったらしく、これから一緒に行くとこだよ。」
「えぇ!湯瀬ちゃんも彩芽ちゃんも時効clear好きだったの!ちなみに私は蝉丸くん推し!」
「俺は沙羅ちゃんが好きだぜ!」
「僕は、音楽が好きだよ。」
「ねぇ、美弥ちゃんは時効clear好き?」
「いいや、全然好きじゃない。」
時効は罪を取り消す訳ではないという主張に耳が痛くなるからだ。
「じゃあみんなで一緒に見に行かない?サイン会もあるらしいし。」
「行く行く♪」
「美弥ちゃんも一緒に行こうよ!沙羅ちゃん可愛いよ!」
優香に無理矢理説得されて、結局行くことにした。
モールの中の小さなライブ会場には、大勢の人だかりができていた。
「皆さん!ライブに来てくれてありがとうございます!ここでは、デビュー曲である【時効】
という曲を披露します!」
「お聞きください!」
美弥はなんだか嫌な予感がした。
「時効が成立 それで〜♪
もう終わったって 誰かは言う〜♪
でも終わらない夜も この胸にある〜♪
法律の上で 終わったとしても〜♪
心の中まで 終わるわけじゃない〜♪
被害者の痛みを 消せはしない〜♪
失った時間を 戻せもしない〜♪
だからせめて 目を逸らさず〜♪
自分の過去から 逃げないと決めた〜♪」
案の定、美弥は不快な気持ちになった。
(ラップなのが余計にムカつく)
でも、美弥以外の人は盛り上がっていた。
美弥のテンションの低さに気づいた優香は、無理やり美弥と手を繋いでバンザイをした。
会場にいる客はアンコールを求めた。
「私たちは、新曲を作りました。実は、その曲を披露するのはこの会場が初めてです!」
「お聞きください!【Cherryへ〜お前は逃げられない】」
「は?」
美弥は思わず声が漏れた。
「事件発生からもう5年〜
時効まであと5年〜
奪った金で競馬するのか〜
時効はお前の味方じゃない〜
先輩の俺らから言わせてもらう〜
お前は絶対に逃げきれない〜
いつか追い詰められる日が来る〜
出てこい、自首しろ、コソ泥が!」
会場には賛同の声が響いた。
特に奏太は目立って騒いでいた。
(ムカつくムカつくムカつく!何を根拠に逃げきれないと言ってるんだよ。)
突っ込みたいことが山ほどあったが、ライブが終わりサイン会になったので、優香と彩芽に手を引っ張られて並ばされた。20分くらい待つと、ようやく自分達の順番が来た。
「来てくれてありがとう!」
「私‥入院中の唯一の楽しみが蝉丸さんと梅林さんの歌なんです!めっちゃ応援してます!Cherryへの想いが私と全く一緒なのに、それをラップにできちゃうのが凄すぎます!」
「ありがとう!ラップはね、自分の想いをそのままテンポ良く言葉にするのが大切なんだよ!」
蝉丸と梅林は湯瀬兄弟と探偵チームへのサインを一つ一つ丁寧に書いた。
美弥は受け取る際に
「ありがとうございます。Cherry捕まるといいですね。」
と少し嫌味のように言った。
ライブは不快だったが、彩芽が元気そうなのは美弥にとって嬉しかった。
確かに、梅林沙羅と彩芽は少し顔が似ていると思った。
ーー家に帰ると、すぐにもらったサインを破り捨てた。
Cherry宛の曲はその日のうちにSNSで公開され、あっという間に1億回再生を突破した。
さらに、コメント欄を見ると賛成の声ばかり。
(こいつら‥許さん!)
美弥はパソコンを開き、2人のSNSを開いた。
そして、
「私宛の曲を聞いた。4日後の11月9日夜9時からラップバトルを申し込む。断るというならば、私の勝ちとみなして良いな。」
というメッセージと匿名ビデオ通話専用ページを送った。
返事はすぐに来た。
「その勝負乗った!生配信で公開する!」
Cherryと時効clearのラップバトルのことはあっという間に日本中に広がった。
3日前でさえ10万人ほどの視聴者が待機しており、待ち遠しいというコメントで溢れた。
ーー11月9日21時00分ちょうど、2人の大型モニターに仮面を被ったCherryの姿が現れた。
視聴者は1200万人を超えていた。Cherryは変声期で変えられた低い声ですぐに喋り始めた。
「さぁ、【時効clear】、お前らが先行で始めろ。」
変声期越しの煽り口調に時効clearはイライラした。
そして、マイクを握りしめてまずは蝉丸が歌い始めた。
(時効clear)
時効はお前の味方じゃない 罪は消えない
逃げ続けたって 心の重さは消えない
自首して楽になれ ここで終わらせろ
宣言する 時効が来る前にお前を追い詰める
どこへ逃げても 過去からは逃げられない
お前の「絶対」は 絶対なんかじゃない
(Cherry)
時効は私の味方 時の重みが証明する
時間が流れりゃ 法律もその意味を変える
「絶対捕まる」? 何を根拠に言ってる?
私は自首しない その言葉を胸に刻んでみろ
捕まると決めつける その自信はどこから来る?
逃げ切れる可能性を お前は何で否定する?
( 時効clear)
一つ聞きたい 答えを濁すな
お前は本当に ミサイルを落とすつもりだったのか?
国中を震わせ 人々を不安にさせた
その先に一体 何を見ていた?
金でも名誉でもないなら 何が目的だ?
その答えだけは 俺たちに聞かせろ Cherry
(Cherry)
笑わせるな ミサイルなんて作れるわけない
そんなものに怯えて 金を注いだ国民が愚かじゃないかい?
警報ひとつで揺れる この国の空気
信じた者たちが勝手に膨らませた恐怖と空想
私はただ その幻想を利用しただけ
「ミサイルが来る」? そんな話を信じたのは誰だ?
(時効clear)
なら聞こう お前の目的は一体何だ?
時効まで逃げ切って それで何になるんだ?
期限を越えれば すべて終わると思ってる?
罪を抱えたまま 一生を生きるつもりか?
競馬でもない ミサイルでもない
だったら何を求めて ここまで逃げ続ける?
(Cherry)
いいことを教えよう 私の目的は金じゃない
札束なんかより もっと大切なものを失った
だから金なんて 最初から眼中にない
お前らには理解できない 私だけの理由がある
失ったものの重さを 私は知っている
だからこそ 金なんかで満たせるわけがない
(時効clear)
そうか わかったぞ お前は何も捨ててない
何かを大切にする心まで 失ったわけじゃない
だったらそのまま 逃げ続ける必要はない
捕まって罪を償う それが一番じゃないか?
過去は消せなくても 未来は変えられる
償って 更生して 社会に貢献できる
(Cherry)
しつこいぞ 私は自首なんてしない
その道だけは 絶対に選ばない
だけど一つだけ お前らに同意してやる
更生して社会に貢献する――それなら賛成だ
罪から逃げることと 生き方を変えることは違う
その言葉だけは 私の中にも残っている
(時効clear)
そうか なら少し手荒にでも お前を逮捕する
もう説得だけじゃない ここからは現実になる
気づいてないか? お前の周りを見てみろ
さっきからずっと 視線を感じてないか?
お前が話している間 包囲は完成している
逃げ道はない 警察官がお前を囲んでいる
ーー大阪市のとあるアパートでは、大勢の警察官とsatが待機していた。
ラップバトルの配信を見ていた警察官は、
「今だ!突撃しろ!」
そう言ってアパートに入り、パソコンの前に座っているフードを被った人に後ろから銃を向けた。
「Cherry!手を挙げろ!」
しかしそいつは全く動かない。
「手を挙げろと言っているだろ!」
その瞬間、天井の上から大量の蛇が落ちてきた。
警察官やsatはパニックになった。
しかし、1人のsatがこれはおもちゃということに気づいた。
おそるおそるフードの人間に近づき、フードを下ろすと、それはニンゲンではなく服を着た風船だった。
しかも、その風船には幼児が描いたような可愛い顔が。
(Cherry)
……ああ。忘れてた。
そんなこと とっくに三日前から気づいてるさ
私が何も警戒してないとでも思ったか?
周囲の視線も 気配も 全部わかっていた
なら最後に一つだけ 教えてやろう
――私がいるのは大阪ではない
それでも私を捕まえられるか?
Cherryは仮面を少しずらして右目だけを見せた。
ーーそう、警察官達は配信場所を特定して配信中に逮捕する計画だった。
でも、美弥は警官達がこの配信のチャンスを逃すわけがないとすぐに察し、おとりの端末を大阪の空き家に仕掛けておいた。
美弥は韓国で配信している。
天才ハッカーである美弥は、自分の本当の配信場所を特定されないようにすることは簡単だ。
だって、日本中の電子機器は皆、美弥にハッキングされているから、美弥の思うままに操作される。
ーーそして、モニターからCherryの姿は消えた。
「くっ‥」
蝉丸と梅林は悔しそうな顔をした。でも、梅林が言った。
「Cherryは、更生するのは賛成と言っていたよね?」
「確かに。それは、どういう意味なのかな。」
ーー数日後、美弥は韓国から帰って来て再び時効clearのライブを見に行った。
そして、活動資金として10万円を募金した。
「これからも活動頑張ってくださいね。」




