チェリーと奇跡
【時効まで、あと6年】
年が明けても、アイネミアウイルスの感染者数は一向に減らない。
この年の正月、美弥は初詣でアイネミアウイルス終息を願った。
ちなみに、アイネミアウイルスが流行り出してからも、美弥は自分のスマホやパソコンをいくつかのコンピュータウイルスから治療をしていた。
美弥は電子機器をコンピュータウイルスから治療することはできるが、人間をアイネミアウイルスから治療することはできない。
ここ最近、日本国内だけでなく、海外のホワイトハッカーの技術が進歩しているため、美弥が5年ほど前に作った強力なロックを少しずつ破っていっている。
それでも、美弥は対抗している。
侵入者にアイネミアウイルスよりも厄介なコンピュータウイルスをお土産にしているからだ。
それと、師走が描いた右目の絵を参考にAIで似顔絵も作っている。
残念ながら、その似顔絵は美弥にあまり似ていないが。
そういえば、美弥は完成した右目の絵を直接はあまりよく見ていなかった。
なんだか急に、完成した絵を見たくなった。
1人で行くのも面白くないが、優香と奏太は絶対に美術館に興味がない。
よって、仲良い人の中で一番絵に興味がありそうな恵都を誘ってみた。恵都は高校まで美術部で、何度か賞を取っていた。
休日に感染対策をして2人で都内の美術館に行った。
「時水って絵に興味があったの?」
「ううん。だけどね、死に際に描かれた500兆円事件の犯人の右目が私に少し似ていると思って、ちょっと見たくなったの。」
目的でない絵を見るのは美弥にとってつまらなくて苦痛だったが、一緒に来てくれた恵都に申し訳ないので、全ての絵に興味があるふりをした。
師走の絵の前には人集りができていた。数十分後、やっと目の前で見ることができた。
「目は口ほどに物を言う。これは、何かに対する憎しみを感じられる。」
恵都は絵から心情が読み取れる。
(確かに、この目は笑ってはいない。だけど、目の中に何かが映っている。何‥これは。)
瞳には見覚えのある猫の姿が薄く描かれていた。
「チェリー!?」
思わず美弥は声が出た。
「どうした?」
「あ‥いや、」
瞳の中の猫は間違いなくチェリーだった。
(あの時‥私の目の中にはチェリーが本当に映っていたのか。
それは信じることができないけど、師走は見たものを正確に描く絵師だから。)
美弥は鞄から鏡を出して自分の右目を見た。
もちろん、何も映っていない。もう一度絵を見た。目の中に描かれているチェリーは、姿だけで表情がなかった。
「恵都、この猫から何が読み取れる?」
「うーん、表情がないから読み取るのはかなり難しい。」
「強いて言うなら??」
「まぁ、僕は悪いことは何も感じない。この猫は、犯人と面識があったならば、見守っているんじゃないかな。犯人はお金だけに目が眩んでいるわけではないと思ったよ。」
「ありがとう。そろそろ行こうか。」
2人は師走の絵の場から立ち去った。
ーーその日から、美弥は鏡で自分の右目を見ることが多くなった。でも、やはり何も映っていなかった。しかし、右目ばかり見ていて左目を全然見ていなかった。ある朝ふと左目を見ると、
「えっ」
左目が大きく腫れていた。次に右目を見ると、右目は綺麗だった。
「まさか‥」
家にあったアイネミアウイルス検査キットで検査をしたら、やはり陽性だった。
美弥はかなり焦った。喉も痛くなり、微熱も出てきた。
おそらく、これから体温が上がり続けると予想される。
(ここで病院に行って捕まる訳にはいかない。でも、自力で治すのは命に関わることはないが、かなり高熱で苦しむことになる。)
それでも美弥は決断した。
「刑務所に入って、世間からも罰せられる。その方がよほど苦しい。自力で治す。」
調べると、片目だけ腫れ上がる例は今のところ確認されていなかった。どうして右目が腫れなかったのか疑問に思った。
大学にも感染したことが知られてはならないため、オンライン授業では、映像付きAIの自分に受けさせた。会話や動きなどが自然になるように作ったので、バレる心配はない。
昼頃から、熱が上がってきた。美弥が大好きなエナジードリンクも飲めないほど食欲がなかった。
熱さまシートは大嫌いなので、ビニール袋に入れた氷を額に当てた。
寝て起きることを繰り返していると、あっという間に夜になった。
体温は40.4℃になっていた。
力を振り絞って鏡で目の腫れの状態を見に行った。
「チェリー‥?」
鏡の中の腫れていない右目にはチェリーが映っていた。
右目だけから涙が溢れた。
「そうだ‥思い出した。初めてチェリーと会った日、チェリーは私の右目を爪で傷つけた。」
ーーそう、美弥は倉庫でチェリーを見つけ、一方的に近づいて抱き上げた。
その際、人慣れしていなかったチェリーは美弥の右目をひっかいた。
「あぁっ」
血が数滴溢れ落ちたけど、美弥はチェリーを落とさなかった。
「ごめんね。」
ゆっくりチェリーを地面に下ろし、チェリーはどこかに去って行った。
次の日、美弥は鰹節を持って行った。
鰹節を置いて、少し離れる。
それを繰り返しているうちに、だんだんチェリーは心を許してくれて、自分から近づいてくるようになった。
(そうやって、友達になっんだったね。)
チェリーは美弥の右目を傷つけたことを謝りたかったのかもしれない。
「もしかして、右目が腫れていないのは、チェリーのおかげなの?」
そう問うと、チェリーは何も言わずに瞳から消えていった。
「待って!」
美弥は鏡の方に手を伸ばしたが、それと同時に高熱のせいで目眩が襲ってきて、そのまま倒れた。
(私‥このまま死ぬのか、)
ーー翌朝の7時に目が覚めた。
ベッドの上だった。
近くにあったスマホの暗い画面で自分の目を見ると、何も映っていなかった。
(さっきまでのは夢‥?)
軽々と起き上がることができた。
体温も37.0になり、左目の腫れもだいぶ良くなっていた。
こんなにも早く治るとは思っていなかった。
昨夜のことは高熱による幻覚だったと美弥は思った。
しかし、右の頬には涙の跡がしっかり残っていた。
ーー「やっぱり、チェリーは私を守ってくれたんだよね。」
それから数日で完治して元気になった。そして、チェリーがいた倉庫に花を備え、お礼を伝えに行った。




