この思いを私なりの力に
「私には何もない」
そう思っていた優実が、新たな力と向き合う回になりました!
戦う力がないからこそ、自分にしか出来ない戦い方があるシエラがかけた言葉はとても重く、温かいものでした。
そして、シエラから教わる“共鳴”と“流穿”
優実だけの強さの第一歩を、是非見届けていただけると嬉しいです!
「共鳴ってなんですか?」
シエラは腕を組んだまま答える。
「感情を見る力だ」
「感情?」
「怒り、恐怖、迷い、覚悟、憎悪、愛、全ての生物に当たり前に持つ感情だ」
「そして生物はその感情を持って動く」
シエラは静かに続ける。
「そして感情は必ず行動になる、その流れを読む力こそ、共鳴だ」
優実はしばらく考える。
「つまりそれって、心を読むってことですか?」
「間抜けな回答だな、少し違う」
シエラは首を横に振り、続ける。
「心そのものではない、感情の流れを見るんだ」
「感情の流れ…ですか」
優実はますます分からず、困惑していると、顔に全部出ていたのか、シエラは小さくため息を吐く。
「まぁいい、見た方が早いな」
そしてノエルへ視線を向ける。
「ノエル!」
「はい!」
「私を後ろから本気で殴ってみろ!」
シエラの発言に優実が固まる。
「怖っ!?」
ノエルは慣れた様子で立ち上がった。
「本気でいきますからね」
「ああ」
シエラは動くどころか、構えもしず、ただ立っているだけ。
それなのにノエルの目が鋭くなると、優実は思わず息を飲んだ。
次の瞬間。
ドンッ!!
地面が弾けた音と共に、ノエルが一瞬でシエラへの距離を詰めた。
“速い“
さっきまで自分と訓練していた時とは別人だったノエルの動きに、優実は驚いていた。
一直線にシエラへ迫る、だがどこまで近くなってもシエラは動く気配がない。
いや、動いたのかすら分からなかったのだ。
拳が届く寸前、ほんの僅かに身体が揺れた、たったそれだけ、それだけなのにノエルの拳は空を切る。
「ここだ」
トンッと小さな音と共にシエラが呟くと、シエラの指先がノエルの首筋へ触れ、その瞬間、ガクッとノエルの膝が崩れ落ちる。
優実は思わず立ち上がった。
「えっ!?何今の!」
「今のでノエルは死んでいる」
当然のように言うシエラに対して、優実はノエルとシエラを交互に見る。
「いや怖い怖い怖い怖い!!何したの今!?」
ノエルが首をさすりながら苦笑する。
「急所だよ」
「急所?」
シエラが頷き話しだす。
「流れを見れば分かる、相手がどこへ力を流し、どこで踏ん張り、どこで攻撃するのか、そしてその動きの隙がどこか、どこが最も脆いか」
シエラは続ける
「そしてその最少にして、最適な弱点に、強烈な一撃を入れる」
優実は理解出来ないが、シエラがはちゃめちゃに強いという事だけは分かった。
シエラは優実を見る。
「次はお前だ」
「え?」
突然の指名に嫌な予感しかしない。
話し出すや否やシエラがゆっくり拳を構えると、優実は咄嗟に一歩下がる。
「ちょっ、ちょっと待って!」
「安心しろ...当てる気はない」
「多分な」
“うん!全く安心出来るわけがない!“
シエラが僅かに腰を落とすと、その瞬間優実を包む空気が変わった。
優実の背筋を冷たいものが走る。
危険、恐怖、絶対的力、死、本能がそう叫ぶ。
ゴォォォッ!!
爆風のような風が吹き抜け、優実の髪が大きく乱れ、服がなびき、地面の砂が舞い上がる。
拳は届いていないはず、それどころかまだ数歩先にある、それなのに優実の身体は迫り来る拳に硬直していた。
傍から見れば、ただ華奢な女性が軽く拳を突き出しただけなのに、優実には全く別のものに見えていた。
“怖い“
そう思った時、景色が変わる。
シエラが見える。
いや違う、見えているのは人ではなく、身体中を巡る巨大な流れを作る無数の光。
川のように、脈動する奔流、一本一本が生き物のように流れている。
優実は息を止めた。
「え?消えた...」
それは一瞬の出来事で、気づいた時には消えていた。
まるで幻のようで、だが確かに見えた、シエラの身体の中を流れる何かを。
「今私、シエラさんに何か見えました」
優実は呆然と呟くと、シエラが少し満足げに返す。
「死ぬかと思っただろ」
「冗談で済まない程度に思いました」
ホッとしたのか少し笑顔で返す優実。
「その死に際に見えた私の体を流れる光、それが共鳴で見た感情の流れだ」
「なるほど」
「どんな生物も死ぬ前にその本能を覚醒させると言われている、ゴキちゃんが死ぬ寸前に飛べるようになったり、人が持てるはずのない物を持てたり、そうやって生物は死ぬ前に覚醒をする」
「じゃあ私も今、シエラさんに殺されそうになったから見えたって言う事ですか?」
優実の問いは続く。
「半分正解で半分不正解だ、正しくいうならお前は元々その共鳴の力が長けている、だから私の当てる気もない脅しだけのパンチでも共鳴が見えたという事だ」
「何となくは分かります!」
「それでもいい、共鳴とは考えて何かをする事ではなく、あくまで感じる物なのだ」
「ならそれを駆使すれば、私も強い相手から身を守れるんだ!!」
嬉しそうに話した優実だがその直後、大事な事を思い出して、視線を落とした。
「でも...よく考えたらそれでは、逃げる事や守る事は出来ても、戦う事は出来ないですもんね」
「ほう?それの何が悪い」
優実の問いにシエラは冷たく返す。
「仮に見えたとしても、私には戦う力なんてありません、ヨルみたいに強くないし、ノエルみたいにもなれないし、貞美みたいな能力もありません」
拳を握る。
「私、普通なんです、戦うこともできないただの女の子なんです」
それが優実の本音だった。
ヨルは戦える、ノエルも戦える、貞美だってそうだ。
“自分だけ何もない“
そんな劣等感と孤独、この未知の世界で、置いてかれる気持ちがずっと底にあった。
だが、そんな優実を横目にシエラは迷わず言う。
「普通で何が悪いんだ?」
優実が顔を上げる。
「え?」
「誰がいつお前に戦士になれと言った?」
優実は言葉を失った。
「戦えないなら守ればいい、壊したくないなら壊さなくていい」
少しだけ笑うシエラ。
「お前はお前のまま強くなればいいじゃないか、戦い方なんて一つじゃないんだ」
優実は何も言えない、そんな考え方をした事がなかったからだ。
シエラは続ける。
「そして、まだ気づかないおバカちゃんなお前にもう一つ教えといてやる」
シエラの言葉に頭を傾げる優実。
「何をですか?」
「だからこそ流穿がある」
「流穿?」
「さっき私がノエルに使った技だ」
話しながら。シエラは静かに拳を見る。
「流穿とは力で殴る技ではない、流れを見て、流れを溜めて、相手の最も脆い一点を穿つ」
少し間を置く。
「それは心臓でもいい、感情でもいい、覚悟でもいい、先にも言った通り、追い込まれれば追い込まれる程、気は流れ、より強い一撃を放つ」
そして真っ直ぐ優実を見る。
「流穿とは、弱者が強者を倒す為の一撃なんだ、力で勝てない者が、たった一撃で戦局をひっくり返す、弱者だけに許された逆転の拳なんだ!」
シエラの言葉を聞きながら、優実は少しだけ考え込んでいた。
“弱者が強者を倒す為の一撃“
そんな言葉を聞いても、正直まだ実感は湧くわけなく、そもそも自分が誰かを倒す姿なんて想像も出来なかった。
そんな優実へ、シエラが言う。
「まずは己を見ろ」
「自分って事ですか?」
「そう、己の流れを見てみるんだ、まずは正座しろ」
優実は首を傾げながらも、その場へ正座すると、シエラも近くへ腰を下ろし、ノエルは少し離れた場所から眺めていた。
「目を閉じろ」
言われた通り目を閉じ、静かに深呼吸するが、もちろん何も見えないし、そもそも何も感じない。
数分経ってもそこに変化は起きない。
痺れを切らして、優実は片目だけ開けた。
「全然何も見えません」
「違う、もっと奥だ」
「奥ってどこですか!?」
「自分で探せ、何でも聞くなバカちん」
即答で返すシエラに、優実は思わず声を上げる。
「師匠向いてないですよ絶対!!」
ノエルがついつい吹き出してしまうが、シエラは平然としている。
「文句を言う暇があるならもっと潜れ」
「潜るとは?」
「もっと深くだ、感情の底の底、より深くそこは洗練された世界だ」
優実は再び言われるがままに目を閉じ、深呼吸をゆっくりして、余計なことを全く考えないように、今は気の流れだけを考えた。
“もっと深く、もっと奥へ“
その言葉だけを繰り返し続ける、まるで暗い海の底へ潜っていくように。
すると、ほんの一瞬だけ、本当に一瞬だが何かが見えた。
糸のような細い光が、身体の中を巡っている。
それは腕へ、足へ、胸へ、全身を巡るように、小さな光がゆっくり流れているのが、ぼんやりと見えた。
優実は思わず目を開いた。
「見えた!!」
嬉しさのあまり声が出ると、その瞬間に光は消えていた。
シエラが静かに聞く。
「どうだ」
優実は興奮気味に答えた。
「なんとなくですけど!光みたいなのが見えました!」
優実は続ける。
「身体の中を流れてる感じで、ほんの少しだけですけど!」
シエラは僅かに目を細めた。
「上出来だ、すごいじゃないか」
優実が目を輝かせる。
「本当ですか!?」
「ああ」
シエラは静かに頷いた。
「やはり漂着者は面白いものなのだな」
シエラの言葉に、優実は首を傾げる。
「漂着者?」
シエラは小さく笑い、少し誤魔化すように進める。
「今は気にするな」
それ以上は語らず、優実もよく分からないまま頷いた。
シエラが続ける。
「だが今見えたのはお前自身の流れだ」
「はい」
「自分の流れを完璧に見るのは、なかなか骨が折れる」
「そうなんですか?」
「ああ」
シエラはノエルを見る。
「人は自分より他人を見る方が得意だからな、共鳴も同じだ」
そしてノエルを指差す。
「ノエルに触れろ」
ノエルと一緒に優実も固まる。
「えぇぇ!?」
二人の間抜けな声が同時に抜ける。
「ノエルの流れを見ろ」
「な...なな..なんで俺なんですか」
「そこに丁度良くいたからだ」
「理不尽ですよ!シエラさん!」
優実は立ち上がると、躊躇なくノエルの肩を掴みに行く。
「ちょっ...ちょっと待って!!」
どこかビクビクするノエルに、優実の手が躊躇なく触れる。
「うわっ!!」
「ちょっと暴れないでジッとしてて!」
ノエルの身体がぴたりと固まる。
「近い近い近い!」
「静かにしてて!」
「いやいや、まじで近いって!」
そんなやり取りを無視して優実は集中した。
どこかそれは、細く脆い糸を、千切らないように手繰り寄せる感覚、そんな事を考えて深くノエルの意識に入り込む。
すると自分とは違い、すぐ見え始めるノエルの流れ。
先程よりもはっきり、身体の中を巡る流れ、巡る向き、速さ、それに集まっていく場所、その全てが今度は鮮明に見えて、優実の顔が明るくなる。
「見えます!今度ははっきりと!」
嬉しそうな優実の言葉にシエラは返す。
「ほう、ノエルの体はどうだ?」
「そんな質問やめてくださいよ!!」
「なんかドキドキしてます!」
「言うな!!」
すごく恥ずかしそうにノエルが割り込む。
「胸の辺りがすごいです!」
ノエルがビクッと体と心で反応した。
「それは感情だな」
「感情?」
「そうだ、何故だかは知らぬが動揺している、何故だかは知らぬがな...」
シエラがノエルを虐める。
「や...やめてください!シエラさん!」
優実はさらに覗き込むと、もう一つ力強い別の流れが見えた。
「でもなんかもう一つあります!力強く流れるものが!」
ノエルが嫌な顔をする。
「頼む、それ以上見るな」
小声で優実の耳元に話すが、優実は見るのに必死ななっていた。
「なんかこれ、下の方にもう一個大きい流れがーー」
ゴンッ!!
ノエルの拳が優実の頭へ落ちた。
「痛ぁっ!?」
「ふざけんな!!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶノエル、優実は頭を押さえながら抗議する。
「なんでよ!?」
「いいから!!」
シエラはそんな二人を見て爆笑していた。
しばらくして、優実は呟く。
「でも何となく分かった気がします」
「そうか」
シエラも満足そうに、近くに置かれていた木の樽を指差す。
「なら、次は殴れ」
「え?」
「今感じた流れを、そのままあの樽に打ち込んでみろ」
指差す木の樽は、中に水を十分に詰めた訓練所を使う者達のための、
「いやいや無理ですよ」
「デコピンでもいい」
「急に雑になりましたね!?」
それでも言われるまま樽の前へ立たされ、先程の感覚を思い出す為に、深呼吸をさせられる。
感じ取る流れ、身体の中を巡る光、それを指先へ集めるイメージ。
まだはっきり見えるわけも無いが、何となく残る感覚を頼りに優実はゆっくり樽に構えた。
パチンッ!!
訓練場へ大きな音が響くと、優実自身が驚いた。
「うわっ!?」
ノエルも目を見開く。
「なんだ今の音」
樽を見ると、変化はないし、傷一つないけど、でも音だけは大きい物をぶつけた様にすごい音だった。
優実は少し肩を落とした。
「音は凄かったけど、流石に樽が壊れるとかは無いですよね〜」
だが、シエラだけは木箱をじっと見て、何も言わないが小さく頷く。
「まぁ良い」
シエラが立ち上がる。
「今日はここまでだ!」
優実の顔が明るくなる。
「やった!終わりですか?」
「いや」
シエラの即答に優実とノエルに、嫌な予感が走る。
「優実は正座」
「えぇ!?」
「流れを感じ続けろ」
「急に厳しい!」
シエラは楽しそうだった。
「何だ?文句か?」
その目は妙に輝いている。
「もっと厳しくしてもいいんだぞ」
「いや怖っ!!」
結果優実は正座、ノエルはシエラとの稽古、それを夕方まで続けた。
足の感覚が消えかけている優実の横で、ノエルは何度も地面へ転がされていた。
そして全てが終わった後、誰もいなくなった訓練場で、シエラは静かに樽の裏側へ回る。
そこには、弾丸で撃ち抜かれたような小さ穴が開いていて、樽の中に入っていた水が、ぽたぽたと地面へ落ちている。
優実も、ノエルも、勿論気付いていない。
シエラだけがそれを見て、小さく笑った。
「やはり面白いな」
静かな夕暮れの中、その言葉だけが小さく響いた。
今回も読んでいただきありがとうございます!!
ついに優実にも見えた力の形、それは弱い優実だからこそ得られた唯一の手法。
ただしそれは簡単に使えるわけもなく、これからの優実の修行の過程を見ていただけたらすごく嬉しいです!!
改めて読んでいただきありがとうございました!
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