笑顔の処刑場
守ると言われた。
大丈夫だとも言われた。
けれど、その優しさの先に待っていたのは、静かな恐怖だった。
地下へ閉じ込められた優実達の頭上で、村人達が集められていく。
笑顔のまま、感情のないまま。
この世界の“正しさ”が、ゆっくりと姿を現します。
今回は、第二章の空気が大きく変わる回です。
地下は静かだった。
湿った空気が肌にまとわりつき、石壁から滲む冷気がじわじわと身体を冷やしていく。
優実は鉄格子にもたれながら、耳を澄ませていた。
上が騒がしく、鎧の擦れる音や遠くで誰かが叫ぶ声、時折、何かを引きずるような音まで聞こえてくる。
「始まる」
ヨルは檻の奥に立ったまま、視線を上へ向けて呟く。
貞美は壁際に座り、静かに目を閉じていた。
地下に閉じ込められてから、時間の感覚が曖昧だった。
どれほど経ったのか分からないけれど、空気だけが変わっていく嫌な予感がする。
胸の奥をゆっくり締め付けるような感覚に、優実は無意識に鉄格子を握っても、冷たく、逃げ場はない。
「何するつもりなんだろ」
誰に向けた言葉か分からなかった言葉に、ヨルが低く返す。
「もう始まってる」
「え?」
その瞬間、上から大きなざわめきが聞こえた。
村人達、複数の声。
不安と困惑が混ざったような音に、優実は反射的に顔を上げる。
一方地上。
村の中央に、集められた男達は、互いに顔を見合わせていた。
農具を握る者。
拳を強く握る者。
視線を泳がせる者。
ざわめきは止まらない。
「何が始まるんだ」
「なんで俺達だけなんだ」
「アーカディアだぞアレ」
恐怖が広場を包でいて、誰一人も状況を理解できず異様な空気に耐えれず集まった村人達がザワザワと騒いでいる。
前方に立つ兵士の一人が、一歩前へ出る。
重い鎧が鳴らし、鋭い視線で村人達を貫いた。
「鎮まれぇぇぇッ!!!」
怒号が広場を裂くと、空気が震える。
腹の底まで響く声だった。
ざわめきが、一瞬で止まる。
誰も動くことも、息をすることもできなくな、静寂が広場を包む。
「ルミエル様準備が整いました」
兵士の言葉の後、女が静かに前へ出る。
足音だけが“コツンコツン“と一歩、また一歩と響く。
長い衣が揺れると、誰も目を逸らせない。
まるで、その場そのものを支配しているようだった。
やがて女は止まり、ゆっくりと視線を上げた。
その目には感情がなく、ただ冷たい。
そして、静かに口を開いた。
「 この世界は、秩序によって成立している
怒りは争いを生み、悲しみは停滞を生み、愛は執着を生み、欲望は奪い合いを生む
感情とは、人を不完全にする毒だ
故に排除された
苦しみを減らすため
争いを失くすため
世界を均一に保つため
感情は必要ない
我々アーカディアは秩序を守る
均衡を乱すものを排除し、異常を処理し、世界を正しい形へ維持する
それが私達アーカディアの役目だ 」
意味がわからず、理解も追いつかない村人たちの沈黙が走る。
男の一人が震える声で言った。
「何を言ってる」
一人が訴えを叫ぶと、皆が叫び出す。
「俺達が何をした!」
「ただ、生きていただけだ!」
「何が異常なんだ」
「俺達が何を壊した!」
ルミエルは村人の言葉を聞くと僅かに目を細め、冷たい視線を送る。
まるで観察するように村人たちを見て、そして再び口を開いた。
「 理解できないのか
今のお前達――その存在こそが異常だ。
その怒り
その困惑
その恐怖
今、この状況に抗おうとする意思
それ自体が、本来存在してはならない
本来、お前達は恐れない
本来、お前達は疑問を持たない
本来、お前達は従う
だが今、お前達は感情を持っている
つまり、既に汚染されている
なぜ皆が武器を持ってここにいる
これは裁きではない
処刑でもない
修正だ
世界を正常へ戻すための処理
秩序は乱してはならない
異常は許されない
故に――処理を開始する 」
静寂が数秒続いた時だった、その沈黙を破ったのは、一人の男だった。
農具を握ったまま前へでて、顔を強張らせ、叫ぶ。
「ふ、ふざけるな!」
誰も止めない。
男はさらに声を張る。
「俺達が何をした!!勝手なこと言ってんじゃねぇ!!」
怒りであり、恐怖だったその感情は理解できないという表れだった。
その瞬間、ルミエルの眉が、僅かに動いた。
感情ではなく、ただ、汚れを見るような不快そうな顔をして
「醜い」
次の瞬間――姿が消えた。
空気が裂け、風が遅れて揺れる。
男の頭部が吹き飛んだ。
血が舞い、身体だけが崩れ落ちる。
一瞬すぎて誰も声を出せなかった。
ルミエルは、すでに元の位置へ戻っている。
衣だけが揺れていた。
「感情は、秩序を乱す」
静かな声で放つその直後、兵士達が一斉に動いた。
剣が抜かれる音と鎧が鳴り、悲鳴と共に、広場が崩壊する。
男達が叫び、逃げようとする者や、農具を振るう者、拳を振るう者、何をしても届かない。
圧倒的だった。
ただ処理するようにアーカディアは迷いなく、感情なく、命を切り捨てていく。
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一方地下。
床が揺れると、優実の身体が跳ねる。
「っ!」
振動と共に悲鳴と、何かが壊れる音、遠くから聞こえる怒号に空気が変わる。
「始まったの?」
上で何かが起きているか見えないが、それでも分かる。
ヨルが目を閉じ低い声で返す。
「処理だ」
優実は鉄格子を震える指で掴んだ。
また悲鳴が響く。
今度は女の泣き叫ぶ声が近くに聞こえた。
「こっちの方に迫ってきてる」
叫び声の中に混ざる子供の声。
「え」
優実の呼吸が止まる。
「女の人も...子供までも」
上から響く断末魔は終わる気配がない。
扉が壊される音、走る足音、何かを引きずる音。
優実は目を見開いた。
「嘘でしょ」
ヨルは答えないが、唇を噛み締めている。
悲鳴は止まらない。
破壊音や怒号と共に村全体が壊れていくようだった。
「やばい、ここにいたら私達も...」
鉄格子を見るが、逃げ場はない。
地下の檻に閉じ込められている。
「どうするの」
焦りから息が浅くなる。
その時だった。
急に空気が重くなる。
地下全体が息苦しくなる。
優実は顔を上げた。
胸が圧迫され、空気が濁る。
冷たく、黒い、けれど見えない何かが優実達の方に流れ込んでくる。
ヨルが反応した。
「何が起きてるんだ」
その時優実が
「え?」
隣の貞美の異変に気づく。
貞美の肩が小刻みに震えている。
低い息の貞美。
「貞美?」
俯いたまま、身体が震えていて、呼吸が荒く、指先が震えている。
「ねぇ!どうしたの?大丈夫?」
返事はない代わりに、低い唸り声で
「……ぁ……」
貞美の声が聞こえると空気が歪みだす。
「クル……」
貞美の聞き覚えのある声に優実がレインとの時を思い出す。
「貞美もしかして...?」
優実の質問に
「感情だ」
ヨルが低く言った。
「死んだ奴らの感情が流れてきてる」
理解はできないが、空気がおかしく、地下全体が重くなったことで、異変は察知している。
苦しそうにする、貞美の震えが強くなる。
震えが強くなってきた貞美の髪が浮き、影が揺れると、黒いものが足元からバケツの水をひっくり返したように滲み出す。
「貞美!」
優実が近づくと、貞美がゆっくり顔を上げた。
その目は違った。黒く濁ったあの時の恐ろしい目。
その瞬間檻が軋んだ。
ミシ、と音が鳴り、鉄格子が歪み出す。
ヨルが叫ぶ。
「離れろ!!」
バキンッ!!!
檻が弾け飛んだ。
鉄が折れ、壁は砕け、爆音と共に地下が揺れる。
優実は驚きのあまり尻もちをついた。
貞美の周囲に形を表した黒い感情がが渦巻く。
呻き声に、怨念。
それらは止まらない。
貞美はどんどん苦しんでいく。
身体を必死に自分で押さえながらも、呼吸が乱れ、今にも感情共に暴走をしそうに震えている。
「……ぁ……っ」
今起きている、逃げ場のない感情を全て受けてしまっているような貞美に優実は震えた。
怖い。
近づけない。
でも、そんな貞美はすごく人間のように苦しそうだった。
「貞美」
ゆっくり手を伸ばす優実に、ヨルが叫ぶ。
「触るな!!」
ヨルの注意を聞くことなく、優実は動いた。
足が勝手に前へ出る。
“怖い“
それでも目の前で苦しんでいる貞美を見ていると、殺されたはずの存在なのに、体が勝手に飛び込んだ。
強く優実に流れてくる感情。
それでも強く、さらに強く、ギュッと貞美を抱き締める。
「大丈夫!!」
強く優実が叫んだ瞬間、景色が流れ込んだ。
広がる赤い血、壊れた家、ずっと泣き続ける少女の声、孤独な叫び、小さな手を暗い空に伸ばしている
呪い。
寒い。
痛い。
悲しい。
レインの時とは比にならない、絶え間なく頭の奥へ直接流れ込む、知らない記憶や、知らない痛みに息ができない。
その中奥底の先で、ポツリと、
『小さな貞美がいた』
独りだった、声を出すこともなく、ただひたすらに泣いていた。
ごく普通の女の子のように泣き続けていた。
次の瞬間、貞美の周りを取り巻く黒い影が崩れ、呪いが消えていく。
空気が戻り、貞美の身体から力が抜けたようにそのまま、優実の腕の中へ倒れ込む。
「貞美!?」
返事はない、でも息はあり、意識を失っていた。
その一瞬だけは辺りも静かだと感じた。
ヨルが急いで駆け寄り、周囲を見る。
壊れた檻に、開いた通路、それでもまだ遠くで響く夥しいほどの悲鳴。
「もう…時間がない」
低く言うと、貞美を背負い、優実に手を伸ばす。
優実はヨルの手を掴み、立ち上がった。
まだ足がガクガク震えている、けれど止まれない。
上では悲鳴が続いているが、地下もいつ崩れるか分からないほどボロボロだ。
ヨルが前を見る。
「今しかない。行くぞ」
優実は小さく頷き、振り返る
壊れた檻。
暗い地下。
まだ響く叫び。
唇を噛んで、三人は暗い通路の奥へ走り出した。
風が揺れ、空気が震える。
そして、その三人に向け、羽音が、小さく響いた。
今回も読んでいただきありがとうございます!
遂に動き出したアーカディア!
ルミエル様の読み上げ、、、恐ろしい!!
少しでも面白いと思っていただけたら是非、感想等評価もお待ちしております!




