守るための檻
守ると言われた。
大丈夫だと言われた。
けれど、その優しさはどこか歪だった。
地下へ閉じ込められた優実達。
逃げることも、外を見ることも許されない。
感情を持たないはずの村人達が見せる、静かな善意。
そして、その頭上では“本当に恐れるべき存在”が静かに近づいていた。
今回は、嵐の前の静けさのような回です。
「いや違うんだ......アーカディアが来る」
その一言が、すべてを決定づけ、優実は息を呑んだ。
『アーカディア』
さっき聞いたばかりの名前だった。
感情を消し、異常を排除する存在。
けれど、まだ現実味がなく、どこか遠い話だと思っていた。
だが今、その名前だけが妙に重く響く。
優実はゆっくりと周囲を見回した。
檻の中に、石造りの壁、湿った空気が辺りを覆い、足元は冷えていて、地下特有の重い匂いが鼻につく。
薄暗い空間の中、壁に掛けられた灯りだけがぼんやりと揺れていた。
「ここ、どこなの」
小さく呟く優実。
ヨルは檻の外へ視線を向けたまま答えた。
「ここは今地下だ」
「地下って」
「村の入口近くの建物だろうな」
「え!なんでそんな事分かるの?」
「音だ」
ヨルの短い返答を聞いて優実も耳を澄ませる。
すると確かに、微かに上から音が聞こえてくる。
複数の人の足音に、何かを運ぶような音が、低く響く振動している。
頭上に、人が動いている気配があった。
優実は鉄格子へ近づき覗いてみる。
細い通路に、ぼんやり灯る明かりと、通路の遠くには人影のようなものも見える。
完全に逃げ場がない。
「完全に閉じ込められてる」
ぽつりと漏れる。
さっきの光景が脳裏に蘇った。
囲まれた村人、なのに優しい声、守るという言葉、そして拘束。
「守るって言ってたのに結局、こうなるんじゃん」
ヨルも貞美も何も言わない。
ただ重たい沈黙だけが檻の中に落ちた。
少し経ってから耐えきれず、優実は続ける。
「やっぱりさ、あいつら最初から」
言いかけたところで、ヨルが小さく首を振る。
「違う」
「え?」
「それは違う」
それ以上は語らないヨルに、意味が分からなかった。
実際今閉じ込められているし、逃げ場もない、なのに違うとは何なのか。
その時だった。
上から音が檻の中に響いた。
複数の規則的な足音に、静かだが、迷いのない動き。
空気が変わる。
優実は反射的に顔を上げた。
「誰か来た?」
ヨルは返事をしない。
ただ、わずかに視線を鋭くする。
――その頃地上。
村の入口近く、建物の前には数人の兵士が立っていた。
全員が同じ方向を向き、整列をしていて、風が吹いても揺れないし、隊員の数とは思えない程に、異様なほど静かだった。
その中を、一人の女が歩いてくる。
足音だけが響く、ゆっくりと、真っ直ぐ、迷いなく。
長い衣の裾が揺れ、硬質な靴音が石畳を鳴らした。
待機していた兵士が皆一斉に頭を下げる。
「到着を確認しました」
女は足を止めるが、顔はまだ見えない、でよその場の空気だけはガラリと変わる。
重く、冷たく、張り詰める。
「反応は」
静かな声で、感情のない平坦な響き。
兵士が即座に答える。
「村周辺で確認済みです」
「ラクリマは」
兵士は腰元から小さな結晶を取り出した。
淡く青白く発光したその結晶の内部では光がゆっくり脈打っていた。
「異端因子反応は継続中、数値は安定しています」
女はわずかに視線を落とす。
結晶の光が、その瞳に映る。
「そうか」
短い返答だったが、それだけで兵士の背筋が伸びた。
その会話は地下まで響いていた。
優実は顔を上げる。
「ねぇねぇ」
小さく呟いた。
「今の、誰?」
明らかにその声の質も空気も異様だった。
優実は見えない天井を見上げると、何かがいる、ただそんな感覚だけがあった。
ヨルが小さく言う。
「あれが……アーカディアだ」
優実の呼吸が止まる。
「アーカディア!?」
さっきも聞いた名前。
感情を消す存在、異常を排除する者達
「そっか、あれが」
喉が乾く。
背中を冷たいものが這った、そう理解した瞬間だった、恐怖の向きが変わる。
村人じゃない、違う、本当に怖いのは――上にいる。
その時再び声が響いた。
「ラクリマ反応上昇、範囲内に異端因子存在、残滓反応はなし」
断片的な言葉に意味は分からない、けれど、不快な響きだけが耳に残る。
「誰かを探してる」
優実が呟くと、ヨルは静かに目を閉じる。
「まだ見つかってない」
「え?」
「俺たちは」
優実は顔を上げた。
「じゃあ、なんで」
「村人が隠したからだ」
理解が追いつかない。
隠した?守った?閉じ込めたのに?頭の中で矛盾が渦を巻く。
地上では再び会話が続いていた。
「今月だけで、何度目だ」
女の静かで、冷たい声に、兵士は答えない。
「最近、妙に多いな」
わずかな沈黙が落ちる。
「ようやく捕らえられるか、悪の根源を」
風が吹き、衣が揺れた。
その言葉が地下まで落ちてくる。
優実は意味も分からないまま、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
空気が重く、呼吸が浅くなる、その時だった。
再び、地上から声が響く。
「領主に伝えておけ、すぐに村人を全て中央へ集めろ、誰一人欠ける事なくなと」
短く、それだけ告げられると、次の瞬間、複数の足音が一斉に動き出した。
鎧が擦れる音、規則的な足取り。
兵士たちが建物の前から離れ、村の方へ向かっていく気配が伝わってくる。
その音が遠ざかるにつれ、地下には再び静けさが戻った。
優実は鉄格子を握る。
「何する気なの」
誰に向けた言葉か、自分でも分からなかったその言葉に返事はない。ただ、遠くで何かが始まろうとしている気配だけがある。
その時、通路の奥で小さな足音が響いた。
檻の近くに立っていた村人のもとへ、別の村人がやってくる。
小さく声をかける声が聞こえて、先程の話通り、呼びに来たのだと分かった。
見張り役だった村人は、小さく頷くが、すぐには歩き出さず、ほんの少しだけ迷うように立ち止まり、ゆっくりと振り返り、視線を優実たちへ向ける。
笑っていた。
けれど、その口元は微かに震えている。
「怖くない、ここにいろ」
笑顔なのに、その目だけが泣きそうだった、それを見た優実は言葉を返せない。
村人はゆっくりと背を向けると、足音が遠ざかる、通路の奥へ。
やがて、完全に消えると、静寂だけが残る。
優実は動けなかった。
理解できない、怖い、なのに優しい。
優しい、なのに怖い。
「なんなの」
小さく漏れた声は、誰にも届かず、返事はない。
ただ、地上から聞こえる無数の足音だけが、ゆっくりと何かに向けて増えていった。
今回も読んでいただきありがとうございます!!
お話いかがでしたでしょうか??
村人達からの「守る」と言う言葉から、入れられた檻はどんな意味を成すのか、、
そして最後現れたアーカディアとは、、
いよいよ第二章も後半戦へ!!
そして次は作者自身特に読んで欲しい回なので是非読んでください!!
改めて今回もありがとうございました!
高評価、ブックマーク、星等々お待ちしております!!




