囲まれた善意
朝は、いつも通りに始まった。
ただ、ほんの少しだけ違っていたのは――
その“善意”が、どこかおかしかったこと。
何気ない日常の中に、静かに混ざり込む違和感。
そしてそれは、気づいた時にはもう、逃げられない形になっていた。
第10話「囲まれた善意」
それは、本当に優しさだったのか。
朝は、いつも通りに始まった。
差し込む光はやわらかく、空気も穏やかで、昨夜の出来事が嘘のように静かだった。
優実はゆっくりと体を起こし、隣へと視線を向ける。
そこには、静かに眠る貞美の姿があった。
整った顔立ち。長いまつ毛がわずかに影を落とし、呼吸に合わせて胸が小さく上下している。
戦っていた時の姿とはまるで別人で、ただそこにいるだけで、妙に現実感が薄れる。
「本当に同一人物...なんだよね」
小さく呟く。
あの時の光景が、一瞬だけ脳裏をよぎるが、すぐに目の前の寝顔へと引き戻された。
少しだけ見入ったあと、ふっと息を吐く。
「起きないの?」
軽く声をかけると、貞美はゆっくりと目を開けた。
「なに」
いつも通りの、感情の薄い声。
「何って、朝だよって!」
「見ればわかる」
即答だった。
「いや、そうじゃなくてさ」
優実は軽く笑う。
「何か食べたくない?」
貞美は少しだけ間を置いたあと、短く言う。
「別に」
「出た、興味なし」
「でも、お腹減ってない? 昨日あんなに動いたんだし」
返事はない、けれど否定もない、そうともなれば、優実はそれを勝手に“OK”と受け取った。
「よし、じゃあ決まり」
そう言って立ち上がる。
「ヨルー、なんか朝ごはんないの?」
声をかけると、ヨルは片目だけ開けた。
「わがままかお前は、自分で用意しろ」
「えー、冷たい」
「まぁ、必要なら作る」
面倒そうに言いながらも、ゆっくりと体を起こす。
「よっしゃ!じゃあお願いします。」
深々と頭を下げて即答だった。
「はあ」
小さくため息をつきながら、ヨルは動き出すと、そのまま簡単な準備を始めた。
火を使う音。器が触れ合う小さな音が部屋に響くと、部屋の中にじんわりと香ばしい匂いが広がっていく。
「おー、いい匂い」
優実は鼻をひくつかせながら、少しだけ嬉しそうに言った。
こういう時間は嫌いじゃなかったし、むしろ、少し安心までもある。
だからこそ――
ふと、思い出した昨日の夜。
「そういえばさ」
何気ない調子で口に出す。
「昨日の夜、外から変な音してさ」
その瞬間だった、ヨルの手が、ぴたりと止まると、部屋の和やかな空気がガラリと変わる。
「どんな音だ...それは」
低い声で、さっきまでとは明らかに違う、張り詰めた響き。
優実は一瞬だけ言葉に詰まりながらも、記憶を辿る。
「なんかさ、こう、風みたいな音で、でも違くて、こう、バサッていうか羽の音みたいなのが聞こえてきたから、気になって外出たら、人がいてさ」
そこまで言って、少しだけ眉をひそめる。
「白い髪で、背が高くて、大きな羽があったの!そしたらいきなり“綺麗な瞳だ”とか言ってきてさ」
軽く笑おうとして、ヨルの表情が変わっているのを見てやめた。
無関心ではなく、それははっきりとした警戒。
「もう来てるのか」
ぽつりと落ちたその一言で、空気が一気に冷えた。
「え?何々?」
思わず聞き返す優実。けれどヨルはすぐには答えない。ただ静かに息を吐き、視線を落とす。
「そいつに、何かされてないのか?」
「いや!」
少し慌てて返す。
「普通に話して、帰っただけだけど」
その言葉に違和感を抱くヨル。
「帰った?」
「うん。ていうか、なんか急に消えた」
言いながら、自分でもその異常さに気づく優実。
「そうか」
短く返したあと、ヨルはしばらく黙り込み、ゆっくりと顔を上げた。
「いいか。これから言うことは、よく聞け」
その声には、はっきりとした緊張感があり、優実共に貞美も静かに耳を傾ける。
「俺達の今いるこの世界は、“感情を持つことが許されていない”」
「は?」
優実は眉をひそめる。
「怒りも、悲しみも、喜びも。全部だ。それを乱すものは“異常”と判断される」
わずかに間を置いて、
「そして――消される」
空気が、一瞬で冷えた。
「消されるって、それ」
声がわずかに震える。
「殺されるってこと?」
ヨルは答えない。ただほんの少し目を逸らした、それだけで十分だった。
「なにそれ、おかしいでしょ、そんなの。しかもそんなの誰に?」
ヨルは何も言わない。その沈黙が、逆に重くのしかかる。
その時、外に気配が走った。
「なんかいる」
優実は呟くと顔を上げ、ゆっくりと立ち上がる。
「待て!まさ...」
ヨルが止めようとしたが間に合わず、優実が外を見ると、そこにいたのは大勢の村人たちが居た。
ほとんど全員が、ただ静かにこちらを見ている。言葉もなく動きもなく、ただそこに“いる”。
その光景は明らかに異常だった。
その瞬間、脳裏にあの光景がよぎる優実。
“レイン“
炎、熱、逃げられない感覚に襲われて、心臓が跳ねる。
「やばい……来た……」
足がすくみ、逃げなければいけないと思うのに、動けない優実。
その様子を見て固まるヨル。貞美はその光景をじっと見ている。
村人たちは襲ってはこない、ただ、ゆっくりと近づいてくる。
「外に出ちゃだめ」
ぽつりと震える声が落ちる優実に対して近づく村人達の声が聞こえてくる。
「危ない」「ここにいろ」
優しい声で穏やかな言葉をかけられる。
「え?」
優実は戸惑いながらも村人に問いかける。
「なんで?何が狙いなの。」
優実の問いに、村人達は迷いなく答えた。
「守るから」「大丈夫」「恐れるな」「動くな」
即答だった。
それでも誰から、何から守られるのか、全く見当もつかない優実。
ヨルが小さく呟く。
「もう始まってしまっている」
「え?こんな時に何の事言ってるの?」
「感情が、出てる」
その言葉に、優実は周囲を見る。
「……だめ、外は……だめ」
震えて話す村人の一人。
確かに何かがおかしい。無表情のはずなのに、そこに“何か”が違和感のように滲んでいる。
村人たちは一歩ずつ、逃げ道を塞ぐように、囲むように、近づいてくる。
「ちょっと待って!それ以上来ないで!」
慌てて貞美とヨルの手を握って後ずさるが、背中が壁にぶつかった。
“逃げ場がない“
「大丈夫」「すぐ終わる」
外から聞こえてくる言葉と共に、村人達は部屋に侵入してくる。
言葉の意味が分からないまま、手を掴まれ顔に外を見れないように三人は押さえられる。
抵抗しようとしても数が違いすぎる。
「やめて!」
叫んだ所で、止まらない村人達。
「ここにいればいい」「守るから大丈夫」
同じ言葉が繰り返される。優しいはずの言葉が、どこか歪んで聞こえてくる。
捕まえられた三人は、何も見えない中、村人達の馬車に積まれるのが分かると、そのまま何処かに移動している事が分かる。
「貞美!ヨル!いる?」
優実は小声で聞くと
「うん」
貞美は小さく返す。
「あぁ取り敢えず何処かで切り抜ける何かをしないとまずいぞ俺達」
ヨルもまた何かを考えているかのように返す。
少しの移動を経て、荒く扱われる訳でもなく、何処かの建物の中へ押し込まれるのが分かると、顔に付けられてるマスクを取られる。
辺りを慌てて見ると、何処かの地下のような施設の檻の中に入れられていた。
檻の外の少し離れた所に人が居て、逃げられない。
「なにこれ、どうすんのこの後、私達このまま行くと殺されるって事なの?ヨル」
かすれた声で呟く優実に、ヨルが低く言った。
「いや違うんだ……アーカディアが来る」
その一言が、すべてを決定づけた。
今回も読んでいただきありがとうございます!!
ついに次回から第二章の名前でもある、アーカディアが現れます!一体何者なのか!!
皆様は優しさとは何だと思いますか?
そんなことを考えて読んでいただけたら凄く嬉しい、今回でした!!
ぜひ次回を楽しんで読んでいただけたら嬉しいです!
それでは次回で会いましょう!!
高評価、ブクマ、星など色々お待ちしております!!




