第九九話:明日の話をしよう
「好きにしなさい」
琴葉の話を聞いた八葉は、淡々とした声で告げた。
「あなたが居なくなったとしても、私は特に困らないわ」
追い打ちをかけられて、琴葉が黙る。彼女は受話器を持った状態で固まった。玲哉が横から手を伸ばして、電話を奪う。
「ありがとうございます。それでは、これで」
早口で言いながら、彼は受話器を元の位置に置いた。その横で、女が安堵の息を吐く。
「……すみません」
「謝らなくていいですよ」
こうなることを予想していた少年は、彼女の背中を撫でながら言った。定位置に座る狐が、笑顔で口を開く。
「やっぱり、報告なんて必要ないね。橘花には伝えないでおこう」
「……え、ええと。でも、あの」
「大丈夫。そちらは僕が、連絡します」
戸惑う琴葉に、玲哉は微笑みながら返す。そして彼は、言葉を続けた。
「琴葉さんがお別れを言うなら、後は佐藤さんたちでは? 僕はお手伝いさんからスマホを借りて、お祖父様と話しますから……。そちらはお任せしていいですか?」
「……っ、はい!」
女は表情を明るくして、再び受話器を取る。そして番号を押そうとして、首を傾げた。少年が黙って、090から始まる番号を入力する。コール音の後に、手元から聞き覚えのある声がした。
「はい。佐藤ですが」
「……あ、あの。桜花琴葉です」
「……ああ、はい。お疲れ様です。何か?」
「実は私、喪が明けたら神域に渡ることを決めまして……まだ先ですが、ご報告をと」
通話口から、微かに息を飲む音が聞こえる。沈黙の後に、彼はそれまでよりも低い声をだした。
「……私が口を出すことではないのかもしれませんが、それは本当に、ご自身で決められたことなのですか?」
「え? ええ、そうですが……」
「でしたら仕方がありませんね。上司には報告しておきます」
淡々とした口調。けれど琴葉は、それに感じ入ってしまった。親族にも見放されている彼女を気にかけてくれたのは、彼だけだったから。
「……ありがとうございます、佐藤さん」
電話の向こうにいる人には、その意味は伝わりきらない。それは理解していたが、彼女は精一杯の気持ちをこめて、感謝の言葉を口にした。一方で、佐藤は少し面食らったが、そこは流石というべきか。事情は分からずとも、彼は彼女の思いを察して答えた。
「……どういたしまして」
その言葉を最後に、電話は切れる。琴葉は先に祖父との通話を終えていた玲哉に向かって、弾んだ声で話しかけた。
「玲哉さん……! 色々とありがとうございます。やっぱり佐藤さんたちは、優しい方々ですね」
「そうですね」
何となく、こうなるだろうと思っていた少年は。柔らかな笑顔で、彼女の言葉を肯定する。その場に温かな空気が流れて、暁明も満足げに笑っていた。




