第百話:渡り
クリスマスも、お正月も。琴葉は祝い事に参加せず、日々を過ごした。そしていよいよ、その日が来る。
「……さて。では、行きましょうか」
2人は50日祭には出席しなかった。代わりに、その日は家に閉じこもっていたから。だから、それは51日目の早朝だった。場所は桜花の社と、橘花の社のちょうど中間。ビルが立ち並ぶ、何の変哲もない路地裏だ。
「おはようございます、琴葉さん。お見送りにきましたよ」
「……すいません。上司がどうしてもと言いまして」
2人の他にそこにいたのは、役人たちと暁明だけ。それでも琴葉は、嬉しかった。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
微笑む彼女は、玲哉と手を繋いでいる。路地裏を囲むビル群が、光に包まれて形を変える。左側に桜並木、右側に橘の木が並ぶ道へと。奥にあったビルは、消え去って更に道が伸びた。薄桃色の桜の花と、白い橘の花が、道の周りに咲き誇る。
「……そんな顔をしないでください。神様は、私がそうしたいのなら、いつでも現世に返してくださるそうですから」
神域に続く真っ直ぐな道に、足を踏み入れながら。琴葉は佐藤に向かって言う。彼は眉間のシワを深めた。
「……こちらの声が、あなたに伝わる保証はないのに?」
呟く声は、彼の後ろにいる部下と、足元にいる神使にしか聞こえない。それほどに小さな音だった。焼津はアスファルトの上にいる小動物に、目を向ける。彼らは無表情だった。その顔を見て、彼女は上司の正しさを知る。琴葉を想って、目を伏せる女とは違って、土御門は興味深げに2人を見ていた。
「この先が、神域に続いているのか。俺も流石に、初めて見たな」
琴葉と玲哉が、手を繋いで道を進む。2人が道の中ほどまで来たところで、暁明が彼女の肩から下りて、隣を歩いた。その姿が段々と伸びて、人の形になっていく。それと同時に、玲哉の中から銀色の靄が抜けて、青年の姿に変わっていった。
「なるほど。途中で切り替わるのではなく、段々と神域に近づいているのか。ということは……」
土御門が、道の入口に手を入れようとする。その手は見えない壁に弾かれた。指先が焼かれて、煙が上がる。だが、それでも。彼は楽しそうにしていた。
「やっぱり結界が張ってある。この道を進むこと自体が、人を神域に近づける儀式となっているんだな」
4つの人影は、既に豆つぶよりも小さくなっている。その影は、やがて道の先へと消えていった。周囲の景色が、変化する。長い道から、路地裏に。それを見て、土御門が声を上げた。
「儀式は終わったようだね。ここに、彼女たちはいない。もう用は無いし、俺たちも帰ろう」
「……分かりました」
上司の言葉に、佐藤が頷く。彼の近くにいる動物たちは、相変わらず言葉を発さなかった。
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