第九七話:帰宅
「……良かったですね。これで出世できますよ」
「それだけは、なんとしてでも断りたいのですが」
焼津が戸惑いながら発した言葉に、佐藤は苦々しげな表情で返す。土御門が笑顔で告げた。
「ああ、そこは気にしなくてもいい。琴葉ちゃんの例を見ても分かるとおり、神々は欲がないことを重んじているからね。君の昇進については、言いだす人間はいるだろうけど、僕が阻止するつもりだよ。任せてくれ」
「……それは、どうも」
自分の近くに来た、狐と蛇を見つめながら。彼は眉間にシワを寄せる。2匹は彼には構わずに、机の端から飛び降りた。
「……話が一段落したところで、僕たちは帰ってもいいでしょうか」
玲哉が苦笑を浮かべながら口を開く。土御門はにこやかな表情のまま、頷いた。
「そうですね。長々と拘束してしまい、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、そんな。色々とお話を聞かせていただけて、嬉しかったです」
琴葉が微笑み、少年と共に席を立つ。机の上にいた暁明が、定位置に戻った。それを見て、佐藤もすかさず立ち上がる。焼津が上司に習って、椅子から離れた。
「お家まで、お送りします」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
玲哉が答えて、4人は揃って部屋を出る。床の上にいる2匹が、彼らを追って扉を潜った。土御門はその場から動かず、黙って部下たちを見送る。車のある方に向かって廊下を歩きながら、佐藤は足元に目を落とした。金と銀の小さな生物が、彼の後からついてくる。
「……ところで、ですね。私は政府に割り当てられた宿舎で生活しているのですが、そこには神棚が無く……」
「要らないよ。神であることを理解して接するのなら、それだけでいい」
床を歩く狐が、淡々とした声で返す。琴葉は優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、佐藤さん。暁明様も宵闇様も、優しい神様方ですから」
「…………そうですね」
彼女と彼では、状況が違う。役人はそれが分かっていたが、口にはせずに飲み込んだ。玲哉が見かねて、口を挟む。
「ねえ、琴葉さん。家に帰る前に、どこか寄りたいところはありますか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
琴葉は微笑み、車の後部座席に座る。隣に並んだ玲哉と顔を見合わせて、彼女は続けた。
「神様方と玲哉さんが一緒にいてくださるだけで、私は満たされていますから」
「……そうですか」
少年が嬉しそうにする。前の席でシートベルトを締めた佐藤たちは、2人が発する甘い空気に、多少居心地が悪くなりつつも我慢していた。




