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12 週末の誘い


「朝陽! 今週末の予定って空いてる!?」


 昼休みになってすぐ、真が俺のクラスに現れた。

 俺の席までまっすぐ歩いてきて、机に手をつくと開口一番そう言った。


 俺はポカンとしながらも「空いてる」と答える。すると、真は、ほっと息を吐き、「よかった」とつぶやいた。昼休みになったら、週末に真を誘うぞ! と意気込んでいた俺は、先回りされたようで、なんだか拍子抜けしてしまった。


「あれー? まこっちゃんがいる」


 トイレから教室に戻ってきた吾妻が、俺たちの元へやってくる。

 俺は自分のカバンの中から弁当を取り出した。今日の天気は曇り。窓の外をチラッと見れば、どんよりと重苦しい雲が広がっていて、いつ雨が降るかわからない。


「吾妻。今日はこのまま教室で食べるか?」

「そうだねぇ~。今日、朝陽の隣の席、休みで空いてるし、いいんじゃない?」


 吾妻は机をガタガタと動かして、俺の机にぴったりくっつけた。真も俺の隣の空いた席を引き寄せて座る。


 ──特進クラスの真が、うちのクラスにいる。


 そのことは、クラスメイトたちもだいぶ慣れた。それだけ、お互いの教室を行き来していたからだ。

 しかし、慣れたと言っても、目の保養となる人間がやって来ると拝みたくなるのが人というものらしい。チラチラと真に飛んでくる視線は、途切れることを知らなかった。


 俺たち三人とも、その視線にいつの頃からか気にしなくなった。特に害があるわけでもない。それに、気にしたところで、どうにかできるものでもなかった。

 俺はいつものように弁当を開き、手を合わせる。「いただきます」と小さく言ってから、箸を持った。


「そうだ。まこっちゃん、今度の土曜日って空いてる?」


 吾妻が唐揚げを口に放り込んだあと、真に尋ねる。

 ほんの数分前に、真に誘われていた俺は、ドキッと心臓が跳ねた。


「あ、ごめん。週末は予定が入ってるんだ」

「あらら~そうなの? ざんねーん。一緒に合コンでもどうかなって思ったのに」

「ええ……? オレ、好きな人いるって言ったのに……? 合コンに誘うのって、どうなの……?」

「へへっ! 実は、客寄せパンダになってもらおうと思ってました~!」

「……素直なのは吾妻のいいところだけど、オレは今後も合コンには参加しないからね?」

「ええっ!? マジで!?」

「マジで」


 吾妻は「ガーン」と言うと、玉子焼きを口に運んだ。

 真はそんな吾妻を見ながらクスクスと笑い、俺と目が合うと、小さなウインクを飛ばしてきた。


(──うぐっ!)


 一瞬で心臓を射抜かれる。好きだと自覚してしまったせいだろうか?

 カッと顔が熱くなるのを感じた俺は、慌てて水筒に手を伸ばす。ゴクゴクと喉を鳴らし、ふぅと息を吐いたが、熱が収まった気がしない。

 そのとき、制服ズボンのポケットに入れているスマホが震えた。それを取り出し、画面を見ると新着のメッセージが届いていた。送り主は真。メッセージ内容を確認すると『週末の詳細はこっちで決めよう』と書かれていた。こっち──つまり、スマホのやり取りでひっそりと決めようということだった。


(いつの間にメッセージ打ったんだ……)


 チラッと視線だけ真に向ければ、真は、まばたきを数回繰り返したあとでニコッと微笑んだ。


(あー……くそっ!)


 真の小さな仕草や動きにイチイチ動揺する自分に困る。平常心、平常心と心の中でつぶやきながら、俺は先ほどのメッセージに『OK』と打って、返した。


「なぁ~! まこっちゃんがダメなら、朝陽は~? 週末、ヒマ?」

「は? 俺?」

「朝陽も彼女欲しいだろ? 行こうぜ、合コン」

 

 真がダメならば、と俺にお鉢が回ってきた。吾妻が箸を置いて、両手を合わせ、「お願い!」と拝んでくる。俺は吾妻に向かって、大きなため息を吐いた。


「……その流れで、俺が行くと思ってるのかよ。お前は」

「あ、やっぱりぃ? ダメ?」

「真がダメだから、俺って……そもそも俺じゃあ客寄せパンダにもならんだろ。むしろ、デカいから女子は怖がるんじゃないか? 他を当たれ」


 吾妻は「やっぱりダメかぁ」と言いながら箸を持ち、口の中にご飯を放り込む。噛みながら、教室を見回し、「ん!」と声をあげた。


「吉田! あいつを誘うか!」


 吾妻は口の中のものを飲み込むと、ちょっと誘ってくると言って席を立つ。クラスメイトの吉田がいるグループへ突撃して、合コンメンバー募集しに行った。

 俺も真もそんな吾妻を見て、苦笑しながら、自分の昼飯を食べ進める。また、スマホがブルッと震えた。メッセージの送り主は真だ。


『また朝陽の家に遊びに行きたい』

『わかった。時間はどうする?』

『この前と同じくらいの時間でいいかなと思ってるけど、朝陽のほうは? お家の都合とか』

『俺の家は大丈夫。両親もその時間には出かけてそうだし……』

『じゃあ、十時にあのモニュメントの前で』

『おっけ』


 俺たちはメッセージの送り先となる人物が目の前にいるというのに、スマホでやり取りしながらご飯を食べ続けた。なんだろう……なんだか、机の下でひっそりと誰にも気づかれずに手を繋いでいるような、そんな気分だ。ふたりだけの秘密──そんな気持ちになって、また胸の内側がドキドキと音を立てた。


 吉田を合コンに誘うことに成功した吾妻が、ホクホクとした笑顔で席へ戻ってきた。

 箸をもう一度持つと、唐揚げを頬張る。吾妻はモグモグと口を動かしながら、チラッと真を見た。それから俺を見て、また真を見て──そんな視線の往復を何度か繰り返す。

 箸で俺たちを交互に指しながら、首を小さく傾げた。


「ふたりで何してたんだ?」

「何って、なんだよ……?」

「いや、だって、朝陽も真もちょっと顔赤くない? 気のせい?」

「気のせいだよ。オレたち、普通に喋ってただけだし。な! 朝陽!」

「そ、そうそう! 別に普通に喋ってただけ。もしかして教室がちょっと暑いのかも? 窓開けるか?」


 俺はガタッと立ち上がる。吾妻が慌てて制止した。


「窓は開けなくていいって! 今日ちょっと寒いし!」

「……そうか?」

「そうだよっ! やめてよ。俺、風邪ひいちゃう……!」


「週末に合コンに行くのに、鼻水とか勘弁してくれ~!」と吾妻がぼやく。

 俺は肩をすくめ、窓を開けるのを諦めた。腰を下ろそうとしたとき、真と目が合った。


 吾妻が言っていたように、頬の辺りがほんのりと色づいている気がした。それがまた真の魅力を引き立てているようで、胸の鼓動が止まらなかった。

 なんだか、真も自分と同じ気持ち……つまり、好意を持っているんじゃないかって錯覚しそうになる。


 ──真は男で、俺も男。


 軽く頭を振って、甘い希望を追い出す。現実はそんなに甘くないはずだ。

 自分を叱り飛ばし、気持ちを切り替えるために、水筒に残っていたお茶を飲み干した。


 それでも、心は勝手にふわふわと浮かれ始める。

 もしかしたら……もしかすると……なんて、そんな考えが湧いてくるんだ。


 俺は弁当も全部食べ終え、片付けると「ちょっとトイレ」と言って、一旦教室を出た。トイレの手洗い場でバシャバシャと顔を洗う。ハンカチで顔を拭いて、それからポケットのスマホを取り出した。


 さっきの真とのやり取りをじっと見つめる──鏡に映った自分の顔は、驚くほど締まりがなかった。

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