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13/17

13 土曜日、天気は曇り


 ピピピ、とスマホが鳴る。

 俺はスマホに手を伸ばすと、アラームを止めた。薄目を開けて時間を確認すると、画面に表示されていた時刻は、八時だった。


 今日は土曜日。真が家に遊びに来る日だ。

 俺はガバッと布団をはいで、まだ微睡んでいたい空間から、なんとか抜け出す。

 本棚で微笑んでいる兄貴に向かって「おはよう」と声をかけると、部屋のカーテンを開けた。背伸びをしながら、空を見上げる。青空は見えず、どんよりとした雲が広がっていた。


 部屋を出て、リビングのドアを開く。「母さん」と声をかけたが、部屋はシン……と静まり返っていた。食卓テーブルの上には、ラップに包まれたおかずとおにぎりのお皿、その下にメモが添えられていた。

 俺はそのメモを手に取り、書かれた内容を読む。メモをテーブルに置くと、冷蔵庫を開けペットボトルの水を取り出した。食器棚からコップも取ってテーブルに戻りる。ラップを外して、俺は朝食を食べ始めた。


(母さんたちはもう出かけたのか。早いな……)


 テーブルの上に置いてあったリモコンに手を伸ばし、テレビをつける。

 適当な情報番組をBGMにしながら、俺はポケットのスマホを取り出した。普段なら「食事中にスマホを触るなんて!」と母さんに怒られる案件だが、今日は誰もいない。たまにはいいだろう。


 スマホを開くと、吾妻と真と俺の三人で作ったグループSNSに、新着のメッセージが届いていた。

 メッセージの送り主は吾妻。『合コンの服はこれで行こうと思うけど、どう?』といった内容だった。


 鮮やかな赤色のシャツが目をひく。

 吾妻という明るいキャラクターにはピッタリだと思った俺は『いいんじゃね?』と返した。すると、すぐに既読がついて、真から『吾妻に似合ってるよ』というメッセージが届く。


 真──二時間後には会う相手の名前を見て、うっと息が詰まる。


 俺は急ぎ朝食を食べ終えた。シンクにお皿を下げ、軽く洗い、テーブルの上をウエットティッシュで拭くとテレビを消して、自分の部屋に戻る。

 窓を開け、床に積みっぱなしだった漫画本を本棚に戻した。学習机の上やベッド周りを整え、掃除機を掛けた後は、スプレータイプの消臭剤を撒く。


(いくらなんでも、浮かれすぎだろ……俺……!)


 いそいそと掃除をして、ピカピカになった部屋を見た俺は、何をやっているんだと頭を抱えた。

 初めてできた彼女が家に遊びに来るのを待つ中学男子か!? と、思わず自分にツッコミを入れずにいられない。

 右手で自分の顔を覆う。……手のひらに伝わる熱は熱かった。


 スマホで時計を確認すると、あと少しで九時といったところだった。

 駅前まで迎えに行くにはまだ早すぎるが、それまでになんとか、この熱を落ち着けなければならない。


「……シャワーでも浴びるか」


 滝行もどきで頭を冷やそう。そう考えた俺は、着替えを手に取った。


『──合コンの服はこれで行こうと思うけど、どう?』


 吾妻のメッセージがふと脳裏によぎる。手に取ったTシャツを、無意識に広げていた。特に何の変哲もない黒いTシャツだ。いつもの俺であれば、この上にパーカーを着て終わる。


「…………」


 クローゼットの中を開ける。他にちょっと見栄えのいい服はあっただろうか?

 カチャカチャとハンガーを動かし、一枚一枚服を再チェックする。


(いやいや、家で遊ぶのに気合いを入れるのもどうなんだ?)


 ハタッとそのことに気づいて、服を選ぶ手が止まった。

 ああ、やっぱり浮ついている。そう思った俺は、黒いTシャツと下着を持って、急ぎ階段を駆け下りて、浴室に入った。


 **


「おじゃましまーす」

「真は先に上に行ってて。俺の部屋は覚えてる……よな?」

「うん。大丈夫」

「飲み物持ってくるけど、何がいい? ラインナップは前回と同じ」

「それじゃあ、ブラックコーヒーお願いしてもいい?」

「おっけー。わかった」


 真が階段を上っていく。俺はキッチンへ向かい、飲み物を準備した。真にはブラックコーヒー、俺はカフェオレ。マグカップを両手に持って階段を上る。

 部屋の前で「開けて」と声をかけると、真がドアを開けてくれた。

 整えられた部屋に足を踏み入れ、「どうぞ」と言ってマグカップをテーブルに置く。

「ありがと」と真が言い、それに手を伸ばして口をつける。俺もそれにならって、カフェオレをひと口飲んだ。



 俺は滝行もどきという名のシャワーを浴びたあと、着替えて、家を出た。

 九時五十分。モニュメントの前で立って真を待っていると、「あのーすいません」と見知らぬ女性から声をかけられた。どうやら道に迷ったらしい。話を聞くと、どうやら彼女は駅の出口を間違えたようだった。出口を間違えている──そのことを説明していると、真がやってきた。


「朝陽~! おはよう~! ……って、どうしたの?」

「ああ、おはよう。いや、どうやら道に迷ってるみたいだったから、それを教えてたところ」

「ふ~ん……そうなんだ?」


 真が女の人のほうを見る。すると、彼女はビクッと身体を揺らした。

 慌てたように「ありがとうございました」と言うと、小走りに去って行く。

 俺は彼女のうしろ姿を首をかしげながら眺める。すると、真がいつもの優し気な声色から一変して、わずかに低い声を出した。


「……ったく、油断も隙もないなぁ。朝陽はもうちょっと気をつけて?」

「お、おう?」


 わけもわからないまま、そう返事をする。真が歩き始めたので、俺はその背中を追いかけた。

 うちに向かって歩いてる途中で、実はあの女の人、ナンパだったらしいと真に教えてもらった。


「……わかんなかった。ナンパって……マジ?」

「マジ。だって道に迷ったっていうなら、駅が目の前にあるんだから、駅員さんに聞いたほうが確実じゃない? たぶん、オレが来なかったら、『よかったら案内してもらえませんか?』って言われてたと思うよ」


 真がナンパされるっていうのならわかる。けど、まさか自分がされる側になると思ってなくて、まったく疑いもしなかった。歩きながらそのことを真に伝えると、呆れ顔と深いため息が返ってきた。


「朝陽って自分のことわかってなさすぎ。高身長で顔つきは男らしく、声も低くてかっこいい。女子からすると、自分のこと守ってくれそう……って雰囲気がめちゃくちゃ出てるんだよ?」

「……そう、なのか?」

「そうだよ」


 そんなこと初めて聞いた。パチパチとまばたきを繰り返す。真はまた深いため息を吐いた。ボソボソと何か喋っていたけれど、俺は聞き取れなかった。


「え? なに? もっかい言って?」

「こっちの独り言だから気にしないで。あーあ! 朝陽にモテ期が来ちゃいそうだよな~!」


 真が両手を上げ、背伸びをするような仕草で歩き出す。

 そのとき、なんとなく後ろを振り返った俺の視界に、一台のバイクがこちらへ向かってくるのが映った。


 前を向くと、真の手は下ろされかけていて、左手が道路側にはみ出していた。

 危ない——そう思った俺は、とっさに真の肩を掴み、自分のほうへ引き寄せる──直後、バイクが俺たちのすぐ脇をすり抜けていった。

 俺はほっと息をついて、真の肩からそっと手を離した。


「悪い。バイク来てたから」

「…………」

「真? どうした?」

「そういうとこ! 朝陽の、そういうとこがさあ……もう、ずるい!」


 真が突然わけのわからない言葉を発する。「ああああ」と言うと両手で顔を覆って、今度は天を仰ぎだした。ブツブツと「学食のときも……」とか何とか言っている。俺のそういうとこって、何だろう?


 そんな会話を交わしながら、ようやく家に到着する。俺の部屋に入って、温かい飲み物でまず一息ついた。


「さてと、真さん? 今日はお前にホラーゲーム、やってもらうからな?」


 俺はノートパソコンを取り出し、起動させ、ゲームを立ち上げた。


「ほほう? 受けて立ちましょう」


 真はそう言って不敵な笑みを浮かべる。


 俺は昨晩、真が家に来たあと、何をするのかずっと考えていた。そうして導き出した答えは、『ホラーゲームをやってもらう』ことだった。前回は俺だけがプレイして、真はやっていなかった。だから、ちょうどいいと思った。


(け、決して、涙目になった真の顔が見たいとか、困ってしがみつかれるのを期待してるとか、そんなこと考えてないんだからな……!)


 誰にも何も聞かれていないのに、心の中で言い訳する。

 真がゲームスタートボタンを押す。俺はちょっとだけドキドキしながら、真の横顔を見守った。


 ──数分後。


 真のスーパープレイを目の当たりにし、自分の目論見が外れて、俺が涙目を浮かべることになったのは言うまでもないのだった

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