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11 ため息


 ノートパソコンの前で、はぁ~……と大きなため息を吐く。

 配信中のマイクにその音が入るかもしれないのに、俺はもう一度、深いため息をついた。


『ポコン』という通知音とともに、誰かがコメントを投稿する。俺は慌ててチャット欄を見た。


『やっほ~! コウさん久々に来たよ! って、どうしたのため息なんかついちゃって』

『お。マツさんじゃん。おひさ~! コウさんは今、青春してるんだよ』

『どういうこと?』

『恋わずらい……ってやつ?』

『他人の恋バナで酒が美味い!』


 俺はため息をついただけなのに、チャット欄はいつも以上に盛り上がっている。

 でもまぁ、その気持ちはちょっとわかる気がする。他人の恋愛話って何であんなに面白いんだろうな?

 自分が当事者になると、そんな気持ちには中々なれないというのに。


 もう一度ため息を吐きそうになる。

 さすがにそれはまずいだろう、と思った俺は、口を押えて、ため息を封じた。


『久々に来たら面白いことになってるじゃん! 詳細はよ!』

『ねぇねぇコウさん。完全に相手のこと好きって自覚したってことでいいんだよね?』


 配信開始から一時間。リスナー同士の情報交換が活発で、途中参加の人にも俺の状況が伝わっていく。

 けれど、うまく伝わらず混乱している人もいるようだった。

 だから俺は、もう一度はっきり伝えた──自分に、好きな人ができたんだ、と。


「ちょっと前まで気になってた人が好きなんだって、今日気づいたところ」

『うお! 今日気づいたの!? これは、おめでとうでいいのか?』

『今日だったんだ? でも、なんでこんなにコウさんは、へこんでるの? それがわからん』


 俺は目の前にあるマグカップに手を伸ばす。カフェオレをゴクリと一口飲み込んだ。

 ふぅ、と息を吐きながら、その問いに答える。


「……俺がその人のことを好きって気づいたのは、その人に好きな人がいるって知ったからなんだよぉ!」

『あああああああ』

『それはツラいぃいいいい』


 慰めのコメントが一気に流れていく。

 その中で流れを変えるような一言がポツリと書き込まれた。


『でもさ、向こうも好きな人がいる……ってだけなんだよね? 付き合ってるわけじゃないなら、勝算はあるんじゃないの?』

『サルさん! 確かに!!』

『相手に好きな人がいるってだけで、付き合ってるかは確認したの?』


 どうなんだ!? とコメントが大合唱する。俺はそれに素直に答えた。


「いや、確認はしてない」


 コメントでは『イケる!』とまた大合唱が始まった。俺はその発言に待ったをかける。


「確認はしてないけど、もし、その人が相手に告白をしたら……相手は断らないと思うんだ。綺麗な人だし」

『相当な美人……なのか? コウさんの好きな人って』

「たぶん。俺は今まで見たことある人間の中で一番綺麗だと思ってる」

『マジか。そんな相手なら、すぐにでも誰かと付き合いそうだよな……?』

「う、うう……だよなぁ……」


 ローテーブルの上に顎を乗せ、背中を丸める。母さんが今の自分の姿を見たら「姿勢が悪い!」と言って、叩くだろう。我ながらウジウジしているなぁと思っていたそのとき、『ポコン』という音と共に新たなリスナーが現れた。


『こんばんは~! って、あれ? コウさんどうしたの?』

「あ。シンさん、こんばんは~。今、皆にちょっと俺の話を聞いてもらったところ」

『えっ? なに……何かあったの?』

『なんかね、コウさんが気になるな~って思った相手のことを好きだと気づいたんだけど、どうやら相手には好きな人がいるみたい。そんで、コウさんの失恋が確定しそうで、へこんでる』

『マジ!?』


 シンさんが話に食いつく。皆のやり取りを見ながら、俺はこのままじゃいけないと、背中を伸ばし、自分の頬を叩いた。


「シンさんは恋愛経験ある? もし、自分が好きになった人に好きな人がいるってわかった場合、どうする? 諦める? 諦めた経験があるのなら、どうやって諦めた?」

『うーん……コウさんは、諦める、でいいわけ? もしかすると、その相手が好きな人ってコウさんだったりすることは考えないの?』

「俺ぇ? ……ない、んじゃないかなぁ」


(皆には言ってないけど……相手は男なんだよね)


 例えば俺が女の子だったら、もう少し夢を見れたかもしれない。

 現実とは非情なもので、俺は真よりも背が高く、声も低い。どこからどう見ても、『男』の俺が、真とどうにかなる……なんて、とんでもなく望みが薄いことに思えた。


『とりあえず、相手に恋人がいるのかいないのか。まずそこを確定させてから考えてもいいんじゃない?』

『それもそうだよな』

『もし、まだ付き合ってなさそうだったら、ご飯に誘ってみるとか……そういうので、脈ありかどうか探りを入れてみたら?』

『諦めるのはいつでもできるんだから、すべてをやりつくしてからでも遅くはなさそう』

『そうそう。コウさん大学生でしょ? まだまだ若いわ』


 リスナーの皆が、俺の恋の背中を押す。彼らが諦めるには早いと教えてくれた。


『まだ、何もしてなんでしょ? だったら足掻いてみたら?』

「シンさん……。そうだなぁ……確かに俺、まだ何もしてないや」


 マグカップを手に取り、カップの中に半分ほど残っていたカフェオレを一気に飲み干した。腹に力を入れて「よし!」と気合を入れる。


「諦めるのは後回しにして、まず、恋人がいるかどうか確かめてみる。皆ありがとう。もし、フラれたら慰めてくれよな?」


 冗談めかして、笑いながら言ってみた。チャット欄が『おう! 任せろ!』と頼もしい言葉がいくつも返ってきた。それを見た俺は、ハハッと声を出して笑う。

 配信をやっててよかった。もし、ひとりきりだったら、悶々として膝を抱え、布団に転がって丸まっていただろう。


 ノートパソコンの右下に表示された時間を確認すると、日付が変わりそうになっていた。

 俺は皆に「相談に乗ってくれてありがとう」とお礼を言ってから、配信を終える。マイクの電源を切り、ノートパソコンをパタンと閉じると立ち上がって、学習机の上に置いた。ケーブルを刺して充電を開始する。


 ローテーブルの上にある空になったマグカップを手に取ると、部屋を出て階段を下りた。

 キッチンへ行き、軽く洗ってから、洗面所へ向かい、歯を磨く。


(週末に一緒に遊ぼうって、誘ってみるか……)


「真のホラーゲームプレイを見せてよ」とか何とか言ってみようか?

 きっと遊びに誘っても自然なはずだ。そこで何気なく、それとなく、質問してみよう。


(よっし! これでいこう!)


 ガラガラとうがいをして、吐き出す。

 明日学校へ行ったら、週末の予定を聞いてみよう。


 そう考えた俺は、リビングでテレビを見ている母さんに声をかけてから自室へ戻り、布団の中に入るのだった。

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