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10 そして自覚


 翌日の昼休み。いつものように吾妻と一緒に特進クラスを訪れる。

 今日は中庭で弁当を食べようということになった。空は晴天。雲一つなく、気持ちがいいが、直射日光は避けたかった俺たちは、木陰に座って食べることにした。


 三人で囲むようにして座る。俺と吾妻は地面に直に、真はコンビニの袋を尻の下に敷いて座った。

 弁当の蓋を開けると、「いただきます」と手を合わせてから箸をつける。玉子焼きを口に運び、咀嚼する。

 その様を真に、じぃっと見つめられた。何か言いたげな視線にギブアップした俺は、ゴクンと飲み込むと口を開いた。


「……なに? 俺の顔に何かついてる?」


 じとっとした睨みつけるような眼差しに、箸を持ったまま、俺はポリポリと頬を掻いた。


「ん~……特に何もついてないよ?」

「そうなのか?」

「そう」


 真は、サンドイッチにかぶりつく。視線が逸れた。俺も弁当を食べるのを再開する。しかし、気づけばまた、真はじぃっと俺を見つめていた。


「まこっちゃん、どうした~? 今日は何か機嫌が悪い?」


 吾妻が口をモゴモゴと動かしながら、真に質問する。真はサンドイッチを飲み込んでから、口を開いた。


「機嫌が悪いっていうか……うーん……何て言ったらいいのかなぁ? 朝陽って、水くさいよなぁって」

「朝陽が水くさい? おっ? お前何かやらかした?」

「ええ……? 俺ぇ……?」


 何かしたっけ?

 首をかしげてみる。右、左と傾けてみたが、思い当たるようなことはなかった。

 俺は箸を持ったままの手を軽く左右に振る。記憶にございませんとアピールして、ウインナーを口に運んだ。


「──朝陽ってさ、いま、気になってる人がいるんじゃないの?」


 真が爆弾発言をかます。俺は、ぐっと喉を詰まらせ、ゲホゲホと咳き込んだ。

 吾妻が恋バナの予感に目を輝かせ、前のめりになり、話に食いつく。


「なになに!? 何の話!? 朝陽に気になる人!?」


 俺は水筒を手に取り、中に入っているお茶を一口飲んだ。その後で、数回ほど咳をしてから、やっと落ち着く。ふうっと呼吸を整える。そして、俺は真の顔を見た。


「何で、真がそれを知ってるんだよ!?」

「やっぱり。そうだったんだ」

「朝陽の気になる人って誰? めっちゃ気になる!」


 ──カマをかけられた。


 やっぱり、と言われて、俺は自分が墓穴を掘ったことを知る。吾妻は横で、どんな人なのかとしつこく聞いてきた。この流れは昨晩の配信でもあったな……と思い出しながら、少しだけ答える。


「気になるって言っても、なんとなく……ってだけだし」

「ふーん。オレが知ってる人?」

「可愛い? 美人? なぁ! どんなタイプ?」

「可愛いか美人かっていうなら、美人かな」

「…………へぇ」

「美人系か~! となると、やっぱ年上?」


 いつの間にか俺は弁当を持っている自分の手を見つめていた。

 顔を上げて正面を見ると、そこには、長いまつ毛と目元に小さなホクロのある美しい顔があった。

 真と目が合った──俺は咄嗟に目を逸らす。


「た、たぶん。同い年……かも?」

「…………」

「おお! 同い年! ってことは、同じ学校のやつ? え~……誰だろう? 美人系かぁ」


 吾妻が両腕を組んで、青空を見上げながら考え込む。

 そろそろ自分の話題から逃れたいと思った俺は、話のバトンを吾妻に渡した。

「お前の好きな人は?」と聞くと、吾妻は「女の子は全員大好きだからな~」なんて言い出した。


「まこっちゃんは? 転校してきて、そろそろ慣れた頃だろうし、好きな人とか気になる人ってできた?」

「えっ? オレ?」


 ──真の好きな人。


 思いがけない方向に話が進んで、俺の心臓がドキッと跳ねる。

 その答えを聞きたいような、聞きたくないような、でも、気になって真の顎先をチラッと見た。

 視界に入った口元が、ふっ、と笑い、艶やかな唇が答えを告げる。


「好きな人ならいるよ」

「えーっ!? マジぃ!? 誰だれ!?」

「まだ、内緒」

「そこを何とかぁ~! 俺が好きになった相手が、まこっちゃんの好きな人だったら勝ち目ないじゃ~ん!」

「あれ? さっき、女の子全員好きって言ってなかったっけ?」


 真がクスクスと笑う。その様を見ながら、俺は弁当をガツガツとかきこんだ。

 味がしなくなったご飯を全部食べ終わると、空になった弁当を弁当袋に入れた。水筒に入ってるお茶をゴクゴクと飲み、「ごちそうさま」と手を合わせる。


「……俺、ちょっと先に教室に戻るわ。ふたりはゆっくりしてて」

「朝陽、もう行くの?」

「ん?  あれ? お前、今日当番か何かだったっけ?」


 ふたりの問いには答えず、俺は立ち上がった。「じゃあな」と言って、踵を返す。

 真たちから少し離れたところで、尻のズボンを叩いた。地面に直に座っていた、といっても雑草と芝生の入り混じった地面だ。さほど汚れてはいないだろう。

 本校舎と別棟を繋いでいる渡り廊下へと差しかかる頃、俺は後ろから呼び止められた。


「──朝陽!」

「真……?」


 振り返ると真が走ってこっちに来た。どうしたんだ? と思うと同時に、真が右手をスッと差し出してきた。


「これ、落としたよ」


 そう言って見せてきたのは、俺の家の鍵……?

 俺はズボンのポケットに手を突っ込んでみる。そこにあるはずの感触がなかった。さっき立ち上がった時に落としてしまったのかもしれない。


「すまん。ありがとう」


 俺は右手を差し出す。

 チャリッと小さな金属音を立てて、真の手から俺の手に鍵がそっと移った。


 ──真の指先が手のひらに触れる。


 触れられた場所にほんのりとした熱が生まれた。……そんな気がした。

 

「朝陽はあのキーホルダー、家の鍵につけてたんだね」

「ん? ああ、これか」


 真と初めて一緒に遊んだ日に買ったお揃いのキーホルダー。俺は、それを家の鍵につけていた。

「邪魔にならないサイズでちょうど良かったんだ」と言えば、真がニコニコと笑った。


 その笑顔を見て、心臓が胸の内側を小さく叩く。

 真は自分のポケットをゴソゴソと探ると、俺にもう一つの鍵を見せてきた。


「実はオレも家の鍵につけてたんだ。オレたちって、考えること一緒だね」


 少しだけ恥ずかしそうに、でも、嬉しそうに微笑む真を抱きしめたい衝動に駆られる。

 これは恋なのだろうか? それとも、友情なのだろうか? 

 ハッキリとした境界線のない想いが、俺の衝動を抑えていた。 


(もし、恋だったとしても……)


 ──真には好きな人がいる。


 俺は自分の淡い恋心に気づいたとき、己の失恋が確定していることを知った。

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